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一体契約のテイマーと十三番窓口〜眠そうな学園生は、裏で魔物案件を片付ける〜  作者: じぇいじぇい


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第25話 招かれた学生(後編)

お読みいただきありがとうございます。


お茶会のお話、後編です。

 薔薇の庭は、よく手入れされていた。

 小径の石は白く、花は盛りで、少し歩けば東屋のクラリスからも給仕たちからも、ちょうど声の届かない距離になる。

 この距離まで、計算ずくなのだろう。


「アルクスさん」


 エリアナは、薔薇のひとつに指先で触れながら、こちらを見ずに言った。


「うちの家のことを、少しだけお話ししますわね。……ローウェン家は、古い家ですの。古い家というのは、心配性なんです。だから――娘に近づいた方のことを、調べますの」


 来た、と思った。


「先日の一件のあと、家の者があなたのことを調べました。学園での成績、お住まいの宿、お人柄の評判。……それから」


 エリアナは、そこで初めてこちらを向いた。


「半年ほど前の、とある夜会の、給仕の名簿も」


 庭の風が、一拍だけ止まった気がした。


「妙ですのよね。あの夜、わたくしを助けてくださった覆面の給仕さん。歌劇団から派遣された臨時の方、という記録までは辿れたのに、その先が、どうしても霧の中。プロの仕事ですわ、と家の者は悔しがっておりました」


 シェラの仕事は、侯爵家の諜報にも破れなかったらしい。それは、朗報である。

 朗報なのだが。


「ですから、確かめることにしましたの。……今日、この席で」

「…………」

「注ぎ方。あれで、確信いたしましたわ」


 はめられた。

 空のカップも、ポットの位置も、お代わりの促しも――全部、仕掛けだったのだ。

 リオは、観念して息を吐いた。嘘の下手な自分が、この人の前で言い逃れを重ねても、傷が深くなるだけである。


「……いつから、疑ってたんですか」

「教室にお邪魔した日。あなたとお話しして、誰かを思い出す、と申し上げたでしょう。あのあと屋敷に帰って、気づきましたの。声でも、顔でもなく――立ち方でしたわ。壁際に立つ時の、気配の消し方。給仕さんと、同じでしたの」


 人は着ているものと立場しか見ない、と思っていた。

 この人は、その先を見ていたらしい。


「アルクスさん。……いえ」


 エリアナは、ドレスの裾をつまみ、完璧な礼をした。

 夜会の礼法にある、最上級の感謝の形だった。


「あの夜の給仕さん。お礼が、言いたかったの。……ずっと、ずっと」


 顔を上げた彼女の目は、学園の有名人のものでも、侯爵家の令嬢のものでもなかった。


「あの夜のわたくし、香のせいで、立っているのがやっとでしたの。周りは誰も気づいてくださらなくて、声も出せなくて。……怖かった。あんなに怖かったのは、初めてでしたわ。そこに、あなたが来てくださった。何も聞かずに、水と、風のある席と、帰りの口実をくださった」


 一息に言って、彼女は少しだけ笑った。


「命の恩人に、お礼も言えないままなんて。……侯爵家の名折れですもの」


 一年、探し続けた理由は、それだけだった。

 それだけのことを、この人は半年、抱えていたのだ。


「……俺は、仕事をしただけです」

「存じております。ですから、余計に」


 エリアナはまっすぐにこちらを見た。


「お仕事の分のお礼は、あの夜の主催がお支払いしたのでしょう。これは、わたくし個人の、言いそびれたお礼。――ありがとうございました」


 風が薔薇を揺らし、遠くで、クラリスが心配そうにこちらを窺っているのが見えた。


「……一つだけ、お願いがあります」


 リオは、頭を下げた。


「今の話、内緒にしてもらえますか。家の人にも、学園でも。……あの仕事は、そういう決まりなので」

「ええ、もちろん」


 エリアナは、あっさりと頷いた。


「その代わり、と申し上げてよろしいかしら」

「……交換条件が、あるんですか」

「時々、こうしてお茶に付き合ってくださいな。学園のお友達として。――助けられっぱなしというのは、性に合いませんの。昔から」


 完璧な微笑の下の、素の顔だった。

 断れる気配は、どこにもなかった。


「……お手柔らかに、お願いします」

「ふふ。考えておきますわ」


     ◇


 東屋に戻ると、クラリスが立ち上がりかけた腰を、そっと戻した。


「お、おかえりなさいませ。……その、お話は」

「ええ。とても実のあるお話でしたわ。ねえ、アルクスさん」

「……はい」


 クラリスの視線が、二人の間を三往復した。何があったのかは分からない、しかし何かがあったことだけは分かる、という顔である。


「クラリス。そんなに心配なさらなくて大丈夫よ。……あなたが何も仰らなかったことも、ちゃんと存じておりますわ」

「!」

「お友達の秘密を守れる方、わたくし、好きよ」


 クラリスは赤くなったり青くなったりした後、蚊の鳴くような声で「恐れ入ります」と言った。誓いを二つ抱えた令嬢の胃に、今日も新しい負担が増えた。


     ◇


 門を出たのは、日が傾き始めた頃だった。

 見送りに立った門の外に――大袋を三つ積んだ手押し車と、見覚えのある二人組がいた。


「よ、よう。リオ。……奇遇だな」

「……その大荷物で、こんなところで何してるの」

「奇遇なんだよ」


 カイルの目が泳いでいる。セナは腕を組んで、まっすぐにリオを見た。その肩からフワが飛び立ち、当然の顔でリオの肩に着地する。


「……で。貴族のお茶会? 美女二人と? 正装で?」


 カイルが、こらえきれずに聞いた。


「先日、ちょっとした人助けをした縁で。お礼のお茶会に呼ばれただけだよ」

「人助けって、お前この前もローウェン様に焼き菓子もらって……あれと同じやつか?」

「同じやつ」

「詳しく!」

「言えないやつ」

「またそれか!」


 騒ぐカイルの隣で、セナは静かだった。

 静かなまま、ぽつりと言った。


「……二時間と、四十分」

「え?」

「あなたが門に入ってから、出てくるまで。……ずいぶん、長かったのね」

「……数えて、待ってたの?」

「待ってないわ」


 セナは、ぷいと前を向いた。


「数えてただけよ」

「それを待ってたって言うんだぞ、普通は」

「カイルは黙ってて」


 帰り道は、餌の大袋を分担して運ぶことになった。リオが二袋、カイルが一袋。手押し車を押すセナの機嫌は、袋を三分の一ほど運んだあたりから、少しずつ直った。

 肩の上のフワだけが、最初から最後まで、上機嫌だった。


     ◇


 ――同じ頃。ローウェン邸の応接間。

 夕陽の差す窓辺で、エリアナは冷めた茶を前に、頬杖という淑女らしからぬ姿勢をしていた。人払いした部屋では、時々こうなる。


「楽しかったわ」


 誰にともなく、言う。


「学園というのは、いいところね。肩書きの外で、お友達ができますもの」

「ようございました」


 控えていた老家令が、静かに応じた。

 それから、一歩進み出る。


「お嬢様。……例の調査の件で、一つ、お耳に入れておきたいことが」

「あら、まだ何か?」

「調べる過程で、妙な噂を拾いました。――近ごろ、王都の裏で『覆面のテイマー』なる者が活躍しているそうで。建国祭の竜技団の代役、ミラーレイクの調査団の凄腕。姿は覆面、素性は一切不明。裏の界隈では、ちょっとした有名人だとか」

「まあ。腕のいい方も、いらっしゃるのね」


 エリアナの返事は、他人事だった。

 夜会の給仕と、覆面のテイマー。彼女の中で、その二つはまだ、繋がっていない。

 老家令は、一拍置いて、続けた。


「……これは、ただの勘なのですが」

「あなたの勘、当たるのよね」

「あのアルクス様という学生は――給仕の技どころではない何かを、まだお隠しのように、わたくしには思えます」


 エリアナは、頬杖のまま、窓の外の夕焼けを見た。

 それから、鈴の音の大きさを超えない笑いを、一つ。


「……あら。それは」


 カップを取り上げ、冷めた茶を一口。


「――ゆっくり、確かめて差し上げませんと」


 こうして、リオの知らないところで、次のお茶会の口実が、また一つ増えたのである。

ここまでお読みいただきありがとうございます。


【登場人物メモ】

 ローウェン家の家令……先の事件(第24話)を取り仕切った初老の家令。勘が鋭い。


面白い、続きが気になると思っていただけましたら、ブックマークや評価、感想をいただけると励みになります。


次回もよろしくお願いいたします。

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