第23話 覆面くんを探せ(後編)
お読みいただきありがとうございます。
第23話の後編です。
翌日の放課後、テッサは戦果を引っ提げて食堂に現れた。
「場所、割れたよ」
「……はやっ」
「実家の常連網は伊達じゃないからね。西の三番通りの裏、古道具屋の角を曲がった行き止まり。真鍮の板に『十三』とだけ彫ってある扉。……それが、十三番窓口」
完璧な住所だった。リオが週に何度も通っている、あの扉である。
「というわけで、行こう! 今日! 今から!」
「い、行くって、何しに」
「決まってるでしょ。――覆面くんに、会わせてくださいって頼むの!」
直球であった。
止めるべきか、一瞬考えて、やめた。ここで必死に止める方が、よほど怪しい。それに――あの扉の向こうにいるのは、王都で一番、こういう客のあしらいが上手い人である。
腹を括って、リオは自分の職場へ、客として向かうことになった。
そして、その後ろ。
「……おい、また二人でどっか行くみたいだぞ」
「今日も調査よ」
尾行の名手(自称)二人と毛玉一羽も、雑踏に紛れて続いた。
◇
西の三番通りの裏は、日の傾きが早い。
古道具屋の角を曲がると、往来の音が急に遠くなり、行き止まりの正面に、古びた木の扉が現れる。真鍮の板の「十三」の彫りを、テッサはノートの記述と三度見比べた。
「……ここだ。うわ、ほんとにあった。ちょっと緊張してきた」
「……今からでも、帰るなら」
「行くよ!?」
テッサは深呼吸を一つして、扉を、叩いた。
「はい、どうぞ」
開けた先は、こぢんまりとした受付の間だった。カウンターの向こうで、初老の事務員が眼鏡を上げる。
「ご用件は」
「ひ、人探しの相談です! 覆面のテイマーの人を! あの、ミラーレイクの調査団で一緒だった、テッサ・ロックウェルといいます!」
事務員は眉一つ動かさず、「少々お待ちを」と奥へ消え――思いのほか早く、戻ってきた。
「……主任が、直接伺うそうです。奥へどうぞ」
通された奥の間は、リオには夜にしか来たことのない、見慣れた部屋だった。壁の棚、灰色の封筒の束、そして奥の大机に、彫りの深い顔の大男。
テッサは敷居をまたいだ途端、目をまん丸にして、部屋中を見回した。
「(……すごい、この部屋。棚の箱、半分くらい術式入り。あの灰色の封筒も……何、あの封筒、開けた人しか読めない編み方してる……!)」
小声の独り言が、全部聞こえていた。この目は、窓口の備品の秘密まで視えるらしい。
グラントは、帳簿から顔を上げ、二人の学生を眺めた。
リオのことは、一瞥もしなかった。
「……ほう。学生さんが二人。うちは進路相談はやってないぜ」
「じゅ、十三番窓口、ですよね! どうにもならない困りごとの、最後の場所!」
「誰に聞いたか知らんが、まあ、そんなような看板だ」
グラントは机の上で手を組んだ。
「で、お嬢ちゃんの、どうにもならない困りごとは」
「人を、探してます!」
テッサは、ノートを胸に抱えて、まっすぐに言った。
「覆面のテイマーの人です! ここのお仕事を受けてる人だと思うんです! ミラーレイクの調査団で一緒だった、魔導具工学科のテッサ・ロックウェルと言えば、分かると思います! ――会わせてください!」
事務所が、静かになった。
リオは壁際で、置物になりきっていた。心臓の音が客に聞こえないのは、覆面がなくても顔に出ない性分の、数少ない利点である。
「……お嬢ちゃん」
グラントの声は、低く、しかし邪険ではなかった。
「うちは受付だ。困りごとを預かって、然るべき腕に回す。それだけの商売だ。だからな、二つ、できないことがある」
指が、二本立った。
「一つ。人の斡旋はしてない。腕を貸すのは仕事に対してで、人に対してじゃねえ。二つ。うちの仕事を請けた人間のことは、名前も、素性も、居場所も――依頼人にだろうと、王様にだろうと、売らん。それを売ったら、この看板は明日から芥子粒ほどの値打ちもなくなる」
「……で、ですよね。そうですよね」
テッサは、しゅんと眉を下げ――それでも、引かなかった。
「じゃあ、あの、会わせてもらえなくていいので! 伝言だけ、お願いできませんか! 私、別に正体を暴きたいわけじゃなくて……いや、糸の機構はめちゃくちゃ知りたいんですけど! そうじゃなくて!」
ノートを抱える手に、力がこもった。
「湖で、ちゃんとお礼を言えてないんです。装置を止める時、私、本当は膝が震えてて。隣にあの人がいたから、手が動いたんです。……それだけ、伝えたくて」
グラントは、しばらくテッサの顔を見ていた。
値踏みの目だった。リオはその目を知っている。腕の立つ職人を見る時の、帳場の目である。
「……言伝なら、預かってやる」
「! ありがとうございます!」
テッサはノートを一枚破り、机の隅を借りて、さらさらと書き付けた。
書き終えて、折って、渡す間際、一瞬だけ迷って、やめて、そのまま渡した。
「お願いします!」
「確かに」
グラントは折り紙を受け取り――それから、指を一本、立てた。
「ときに、お嬢ちゃん。ロックウェル、と言ったな。ミラーレイクの報告書に、その名前があった。焼き付いた水送りの装置を、器を割らさず止めた学生がいた、と」
「え……は、はい! それ、私です!」
「うちの仕事には、時々、魔道具の目利きが要る。古い術式、怪しい道具、壊れた仕掛け。……どうだ。手が空いてる時だけでいい、うちの仕事を手伝わないか。腕のいい魔道具士として、な」
テッサの目が、まん丸になった。
「わ、私が、ですか? でも、それと覆面くんと、何の関係が……」
「察しが悪いな、お嬢ちゃん」
グラントは、にやりともせずに言った。
「――うちの仕事場には、あいつが出る。会いたきゃ、探すより、同じ現場に立つのが確実だ」
「やります!!」
即答だった。
「時間、空いてます! 試験も終わったので! なんなら今日このあと空いてます!」
「今日は店じまいだ。……追って、報せる」
壁際の置物と化していたリオは、内心で頭を抱えていた。
探されるだけでも寿命が縮むのに、これからは同じ現場に、あの目が立つのである。
グラントは折り紙を机に仕舞い、それから、ようやく壁際の置物に目を向けた。
「……で、そっちの坊主は。連れか」
「つ、付き添いです」
「そうかい。彼女の付き添いとは、感心なこった」
「か――」
彼女ではない、と言いかけた、その時だった。
事務所の扉が、勢いよく開いた。
「リオ! 無事か!!」
飛び込んできたのはカイルで、その後ろにフワを抱えたセナがいた。
「あんたたちが怪しい路地の怪しい店に入ってくのが見えて、その、心配で……えっと、ここ、何の店だ?」
「……何でも屋の、受付だよ」
グラントは、増えた学生たちを見回して、面倒くさそうに息を吐いた。
その時である。
セナの腕の中のフワが、ぴょこん、と跳ねた。
そして、まっすぐグラントの机に飛んでいくと、大男の組んだ手の甲に、当然の顔で着地した。
「フワ!? こら、駄目でしょ、初対面の方に……!」
初対面の大男に懐いた――のでは、たぶん、ない。
この机に、この部屋に、フワの大好きな誰かの気配が、染みついているのである。毛玉は気配の一番濃いあたりを選んで、安心しきった顔で羽を畳んだ。
リオの心臓が、今日何度目かの嫌な音を立てた。
グラントは眉一つ動かさなかった。
「……人懐こい毛玉だな」
大きな手が、慣れてないふりの、実に慣れた手つきで毛玉を摘まみ上げ、セナに返した。
「ほら。……さて、学生さんたち。もう店じまいだ。冷やかしはここまでにしてくれ」
「は、はい! 言伝、お願いします!」
「おう。届く時に、届く」
一同は、ぞろぞろと事務所を追い出された。
扉が閉まる間際、リオは一度だけ振り返った。
帳簿に戻った大男は、こちらを見もせずに、指先で「行け」と払う仕草をした。
◇
帰りの往来は、賑やかだった。
「収穫あり! 窓口は実在した! 言伝も預けられた! 今日はいい日!」
「なあ、そろそろ説明してくれよ。何なんだよ、人探しって」
「テッサさんの、知り合い探しに付き合ってただけだよ」
「な……なんだ、そうか! そういうことか! いやあ、心配して損した!」
カイルの安堵は、あまりにも顔に出ていた。
「あ、そうだ。リオくん、二日も付き合ってくれてありがとね」
テッサはノートを鞄に仕舞いながら、からりと笑った。
「聞き込みの旅は、いったん休止! これからは、お手伝いのお仕事で現場に通って、覆面くん本人に会いに行く作戦だからね!」
作戦の切り替えが早い。そして、その作戦の行き着く先を思うと、今から胃が重い。
「でもさ、リオくんが隣にいると、聞き込みってなんかうまくいくんだよね。安心感? みたいなのがあってさ。だから、また何か調べる時は、お願いね!」
「……次も、あるんだ」
「あるよ!? 私の調査は、まだ始まったばかりだよ!?」
即答であった。
セナは半歩後ろで、フワの頭を撫でながら、静かに何かを考えていた。
「……ねえ、リオ」
「ん?」
「フワって、初対面の人に、あんなことする子だったかしら」
「……人懐こいから、フワは」
「そうよね。人懐こいのよね、この子」
セナはそれ以上、何も言わなかった。
言わないことが、一番怖かった。
◇
夜、リオは覆面をつけて、裏口から職場に入った。
帳簿を付けていたグラントは、顔も上げずに、机の端の折り紙を指で滑らせてよこした。
「――お前宛だ、覆面くん」
「その呼び方、やめてください」
折り紙を開くと、几帳面で元気な字が、並んでいた。
『湖の時は、ありがとう。膝が震えてたのは内緒ね。糸と素顔の約束、忘れてないから。いつか絶対、答え合わせしようね。――魔道具士見習い テッサ・ロックウェル』
迷って書かなかった何かの跡が、一行目の上に、うっすら消し残っていた。
「……律儀な子ですね」
「良い目をしてやがった」
グラントは、帳簿を閉じた。
「魔力の視える目に、装置を止めた腕に、あの押しの強さ。うちの商売じゃ、十年に一人の玉だ」
「……で、勧誘したんですか。俺の目の前で」
おかげで今後、依頼のたびに、あの目が隣に立つかもしれないのである。時限爆弾を抱えて仕事をするようなものだ。
「ああするのが、一番安全だからだ」
グラントは、事もなげに言った。
「あの手の目と押しの強さは、外に置いとくと、いつまでもうちを外から突つき回す。なら、内に入れて、仕事で忙しくさせておく方がいい。……それにな、リオ。ああいうのはどうせ、いつかはお前に追いつく。なら、追いつかれる場所くらいは、こっちで選んでおくもんだ」
「……俺の寿命の話、してもいいですか」
「却下だ。……それとな、リオ」
帳の主は、初めて少しだけ笑った。
「次から、自分を探す探偵の助手はやるな。寿命が縮むぞ」
「……誰のせいでもないのが、困ってます」
帰り際、扉に手をかけたところで、背中に声が届いた。
「――友達と、うまくやってるようだな」
「え?」
振り返ると、グラントはもう帳簿に目を落としていた。今夜のこの人は、心なしか、書き物の筆が軽い。
「なんでもねえよ。ほら、帰った帰った。……学生は、寝る時間だ」
追い払う手つきだけが、妙に機嫌よさそうだった。
理由はよく分からないまま、リオは夜道を宿へ歩いた。
◇
数日後、試験の結果が張り出された。
リオは狙い通りの、中の上。目立たず、沈まず、印象に残らない及第である。この芸も堂に入ってきた。
ネイトは五十三番だった。宣言の五十番まで、あと三人。悔しがるネイトの隣で、トトがようやく図鑑ノートを返してもらっていた。
そして、掲示板の一番上。
学年首席の欄に「テッサ・ロックウェル」とあった。
「しゅ、首席!? あのゴーグルの子、首席なのか!?」
カイルが掲示板の前でのけぞった。
「……テッサさんって、首席なんだ」
「え? うん。それより聞いてリオくん、覆面くん探しの次の作戦なんだけど!」
学年首席は、順位にはまるで興味がなさそうに、ノートの新しい頁を開いた。
その表紙の題字に「調査記録・二冊目」とあるのを見て、リオは遠い目をした。
覆面は、当分、外せそうにない。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
面白い、続きが気になると思っていただけましたら、ブックマークや評価、感想をいただけると励みになります。
次回もよろしくお願いいたします。




