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一体契約のテイマーと十三番窓口〜眠そうな学園生は、裏で魔物案件を片付ける〜  作者: じぇいじぇい


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第23話 覆面くんを探せ(前編)

お読みいただきありがとうございます。


大きな依頼の後の、学園のお話です。

 試験週間が、来た。

 学園の空気は張り詰め、図書室は満席になり、食堂では単語帳を睨みながらパンを齧る生徒が続出する。


「いいか、お前ら! 今回の試験、俺は学年五十番以内に入る! 宣言する!」

「ネイトの宣言、入学式から数えて何個目かしら」

「今回は本気だ! なにせ俺には、トトの図鑑ノートがある!」

「僕のノート、返してくれる気ある……?」


 リオはといえば、いつもの調整に頭を悩ませていた。

 学科は、真面目にやれば良い。問題は契約術の実技である。全力でやれば目立つ。手を抜きすぎれば推薦生の立場が揺らぐ。「上の下あたりで、印象に残らない及第」という、妙に高度な芸を、毎回の試験で要求されるのだ。

 今日の実技は「指定された小型魔物との、模擬契約」だった。相手は試験用に慣らされた角兎で、正直、糸を出すまでもなく懐いてくる子である。リオはわざと一度目を空振りし、二度目で少し手間取った顔を作り、三度目で繋いでみせた。試験官の帳面に「及第・可もなく不可もなし」と書かれるのが、覆面の下ならぬ、素顔の仕事の完成形である。

 ある意味、窓口の仕事より疲れる。


「――あーっ!! いたいた!!」


 昼の食堂に、聞き覚えのある声が響き渡った。

 赤毛にゴーグル、つなぎではなく制服姿のテッサが、隣のクラスの領域からずんずんと越境してきて、リオの向かいの席にどかりと座った。


「この前の、祭りの! えーと、リオくん、だっけ。ほら、あの時会ったのに、ゆっくり話せなかったからさ!」

「……どうも」


 クレールの祭りの夜、素顔で捕まった、あの縁である。あれ以来、廊下で会えば手を振られる仲になっていた。手を振り返すたび、心臓に少し悪い。

 カイルとセナが、フワごと固まってこちらを見ていた。


「リオ。……誰?」

「隣のクラスの、テッサさん。この前のバイト先で、その、ちょっと」

「テッサ・ロックウェル! 魔導具工学科! よろしく!」


 嵐のような自己紹介を済ませると、テッサはリオの袖を、くいくいと引いた。


「ちょっと、いい? 二人に話したいことがあって……あ、違う。リオくんに、二人で話したいことがあって!」


 言い直した方が、余計に誤解を呼ぶ言い方だった。

 カイルとセナの視線が突き刺さる中、リオは食堂の隅の席へ連行された。


「で、本題なんだけどさ。リオくん、調査団にいた、覆面のテイマーの人、覚えてるでしょ」


 リオの背筋が、静かに冷えた。


「……覆面の」

「そう! 覆面くんのこと、ずっと調べてるんだけど――」

「……覆面、くん?」

「だって、背格好と動きの感じ、絶対私たちと同年代だもん。現場で間近で見たから分かるの。だから覆面くん! ……で、ねえ、聞いて。すごいんだよ」


 テッサは、鞄から分厚いノートを引っ張り出した。表紙に几帳面な字で『覆面くん調査記録』とある。

 嫌な予感しか、しなかった。


「私の実家、魔道具の修理屋なんだけどさ。職人の世界って、裏の噂が集まるんだよね。で、覆面のテイマーの噂を集めてみたの。……いい? いくよ?」


 ノートが、めくられる。


「一つ! 建国祭の竜技団の代役! 覆面の騎手が一人で十二頭の竜を舞わせたって、興行の裏じゃ大騒ぎ! 『覆面の竜使い』!」


 俺だ。


「二つ! 谷の牧場に時々現れる、伝説の多頭テイマー! 何十匹もの獣を一度に懐かせるとか!」


 それも俺だ。しかも尾ひれが付いている。


「三つ! これ好きなんだけど、とある酒蔵の柱に貼ってある請求書! 『熊(就寝中)の搬出』! 寝てる大熊を、覆面の若いのが一人で、樽一つ割らずに運び出したんだって!」


 なぜ請求書のことまで知っているのか。蔵人たちは相当方々で自慢したらしい。


「四つ! これは笑ってほしいんだけど、本人、名乗る時は『ただの配送屋です』って言うらしいの! 配送屋なわけないでしょ!? 熊とか竜とか配送する屋があるか!」


 あるのである。ここに。


「で、五つ! ミラーレイクの調査団にいた、覆面のテイマー! ……ね、気づかない? 背格好、若い、覆面、テイマー、めちゃくちゃ腕が立つ。――これ全部、同じ人だと思うんだよね!!」


 名探偵であった。

 リオは、湖の水より冷たい汗を、背中に感じていた。


「……偶然じゃ、ないかな。覆面の人なんて、いっぱいいるだろうし」

「いないよ!? 普通いないよ覆面のテイマー!?」


 ごもっともである。


「でさ、業界だと結構な有名人なんだよ、覆面くん。なのに、誰も正体を知らないの。どこの誰なのか、どこに住んでるのか、名前すらも。……ロマンだと思わない? 王都のどこかに、伝説のテイマーが隠れて暮らしてるんだよ?」

「……壮大な人違いだったりして」

「だから確かめるの!」


 テッサは、ノートをぱんと閉じた。


「リオくん、今日、学校終わったら暇? ――一緒に探そうよ、覆面くん!」


     ◇


 断る理由が、見つからなかった。

 正確には、断る理由なら山ほどあるのだが、口に出せるものが一つもなかった。「俺がその覆面くんなので」が言えない以上、「調査団で一緒だったよね、手がかり持ってるかもだし!」という誘いを断るのは、かえって不自然なのである。

 かくして放課後、リオは自分を探す旅に、同行することになった。

 道すがら、テッサがふと言った。


「ところでリオくんってさ、獣に好かれるよね。さっきから、犬に三匹、猫に二匹、屋根の鳩に一羽、挨拶されてるんだけど」

「……気のせいだと思う」

「気のせいで犬がお辞儀する?」


 王都の獣たちには、今度まとめて「往来では他人のふりをしてほしい」と頼んでおく必要があった。

 最初の聞き込み先は、東門前の鹿見まんじゅう屋だった。


「覆面のテイマー? ああ、いたねえ、神鹿様の騒ぎの時に。獣医師会の腕章してた子だろ」

「それです! どんな人でした!?」

「どんなって……覆面だからねえ。眠そうな目だったよ」

「眠そうな目!」


 テッサはノートに書き付け――そして、書く手を止めて、じっ、と隣を見た。

 リオの、眠そうな目を。


「……リオくんも、眠そうだよね。いつも」

「……よく言われる」


 心臓が、嫌な音を立てた。


「…………あはははは、ないない! ないでしょ! 覆面くんは寝てる大熊を一人で運ぶんだよ!? リオくんが!? この、いかにも徹夜が三日続くと倒れそうな感じの!」

「……そうだね」


 失礼な言われようだが、命拾いした気分だった。テッサの中の「リオくん」は、ひょろりとした眠そうな学生である。その見立てこそが、今のところ最強の覆面だった。

 二軒目は、竜技団の王都事務所である。


「覆面の代役様の連絡先!? 教えられるわけないでしょう、というかこっちが知りたいくらいで……ああでも、座長は妙に気に入ってましてね。『あのバイトだけは辞めるんじゃねえぞ』って、送り出す時に笑ってたから」

「バイト! 覆面くん、バイトなんだ!」


 テッサはノートに書き付け、また、手を止めた。


「バイト……そういえばリオくんも、バイト漬けなんだよね? 調査団の雑用も、バイトだったんでしょ」

「……普通の、配達のバイトだよ」

「配達……配送……」


 ノートの「ただの配送屋です」の行の上で、テッサの視線が、二拍ほど止まった。

 リオは、まんじゅうを買って顔の下半分を隠した。


「――いやいやいや! ないない! うん、ない!」


 テッサは自分の頭を振って、ノートを閉じた。


「危ない危ない、探偵ってすぐ身近な人を疑っちゃうんだよね。よくないよくない」


 その勘は、よくないどころか、二度も正解を踏んでいた。

 三軒目の瓦版屋では、逆に取材を受けそうになった。


「覆面のテイマー!? お嬢ちゃんもあれを追ってるのかい! うちも建国祭からずっと追ってるんだよ。正体を抜けたら一面ものなんだがねえ、これがまあ、尻尾も掴めない」

「同業がいた……!」

「情報交換しないかい、お嬢ちゃん」

「しません! 私が先に見つけるので!」


 聞き込みのたびに、情報が増えていく。増えるたびに、リオの寿命が縮んでいく。おまけに、瓦版屋まで自分を追っていると知ってしまった。一面。一面は、まずい。

 そして、その一行の後ろを――

 物陰から物陰へ、器用に隠れながら付いてくる、二つの影があった。


「……おい、セナ。あれ、昼間のテッサって子だよな。り、リオが、女子と二人で、放課後に、歩いてる」

「落ち着きなさい。声が大きいわ」


 セナの腕の中では、フワが呑気に羽づくろいをしている。


「な、なあ、あれって……で、デートってやつなのか?」

「……さあ」

「さあって、尾行しようって言い出したのはお前だろ!?」

「私は、ただ」


 セナは前を見たまま、少しだけ早口になった。


「リオが、試験週間に遊び歩くような人だったかしら、って思っただけよ。何か事情があるはずでしょう。だから確かめるの。……調査よ」

「調査ぁ?」

「他意は、ないわ」


 他意の有無を聞かれる前に答えるのが、他意である。

 その腕の中で、フワが不意に、ぴょこ、と伸び上がった。雑踏の先のリオへ向かって、今にも飛んで行きそうに羽を広げる。


「あなたは黙ってて」


 セナは慌てて毛玉を抱え込んだ。尾行の一番の弱点は、正直者の毛玉だった。

 他意しかない尾行が、雑踏に紛れて続いていた。


     ◇


 日が傾き始めた頃、三軒の聞き込みを終えたテッサは、往来の隅でノートを睨んでいた。


「うーん……目撃談は増えたけど、肝心の『どこにいるか』が出てこない……」

「ほら、やっぱり幻の人なんだよ。今日はもう――」

「――あ」


 テッサが、顔を上げた。

 その目が、嫌な輝き方をしていた。何かの機構を解いた時の、あの目である。


「そうだよ。本人を探すから駄目なんだ。……仕事を探せばいいんだ」

「……仕事?」

「覆面くんは、依頼で現れる。竜技団も、湖も、熊も、ぜんぶ『依頼』だった。つまり、覆面くんに仕事を回してる『どこか』がある。……で、うちの実家の常連の錠前屋のおじさんがね、酔うと言うんだよ」


 テッサは、声を落とした。


「『王都にはな、どうにもならない困りごとを持ち込む、最後の場所がある』って。――『十三番窓口』っていう屋号、リオくん、聞いたことある?」


 錠前屋のおじさん。

 どこの誰とは聞くまでもない。じゃらじゃらと鍵束を提げた、あの工房の常連客あたりだろう。職人の世界の噂の網は、リオの想像より、ずっと窓口の近くまで張られていた。


「……さあ。聞いたこと、ないけど」


 嘘の下手なリオの、今日一番の大嘘だった。

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