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一体契約のテイマーと十三番窓口〜眠そうな学園生は、裏で魔物案件を片付ける〜  作者: じぇいじぇい


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第21話 湖底の村(中編)

お読みいただきありがとうございます。


第21話の中編です。

 島は、動いていた。

 夕闇の水面を、音もなく、ゆっくりと。

 リオは岸に立ったまま、目を凝らした。あれを島だと思っていたのは、上に土が乗り、苔が生し、小さな木まで生えているからだ。だが、輪郭が違う。あの丸みは、岩の丸みではない。

 甲羅の、丸みだった。

 エルダートル。ラーゴと同じ種である。ただし、大きさが違う。ラーゴが荷車なら、あれは砦だ。エルダートルは死ぬまで成長を止めない。ならば、あの大きさになるまでに、いったい何年――いや、何百年かかるのか。

 地元の伝承を、リオは思い出した。湖の中央の島は、主の背中だ、という与太話。

 与太話では、なかったのだ。

 リオは、まず、ザンとの契約を一時、解いた。

 同時に練れる糸は、一本きりである。軽い挨拶程度なら契約と並べられなくもないが、千年の主に触れるのに、片手間の糸では礼を欠くし、何より、こちらの集中が保たない。

 空いた一本を、撚り直す。届くぎりぎりの距離まで細く長く伸ばし、一瞬だけ、そっと触れさせる。

 触れた瞬間、糸の向こうの広さに、膝が笑いそうになった。

 深い。広い。古い。西の主の百年でも底が見えなかったのに、これは、その何倍も下まで続いている。千年。たぶん、それくらいの心だった。

 そして、その千年の底が――怒っていた。

 静かに、重く、岩漿のように。怒りの向きは、こちらではない。湖の北東、そして、村の方角。人間の、音のする方。

 リオは糸を離し、長い息を吐いた。それから岸を離れる前に、ザンと契約を結び直した。

 幸い、と言うべきか――主は、まだ動いていない。

 起きてはいる。眠りは、とうに破られている。それでも主は、装置を睨み、村を掘る音を数えながら、手を出さずに堪えている。千年を生きた者の、忍耐だった。

 だが、湖の水が減り続ける限り、その忍耐がいつまで保つのかは、誰にも分からない。

 脳裏に、池のラーゴの顔が浮かんだ。六十年もので、あの貫禄である。あれの十何倍を生きた同族が、怒っている。……これは、依頼の重さが、一段変わった。

 その晩のうちに、報せは早馬でグラントへ、グラントから財団へ走った。

 翌朝、調査団に通達が出た。曰く、残った水域への接近を禁ず。曰く、湖で見聞きしたことは他言無用。

 主の存在は、伏せられた。水不足に喘ぐクレールの町に「湖に千年の主がいて、怒っている」と知れたら、どんな騒ぎになるか分からないからである。

 その日の夕方、リオは補給の荷を受け取りに、クレールの町へ下りた。

 水の綺麗さで知られた町の広場には、配給の水樽の列ができていた。桶を提げた子供らが、行儀よく並んでいる。湖の魚を焼く匂いの染みついた通りに、焼く魚がもうないのだと、宿の女将が笑って言った。笑うしか、ないのである。

 ひと月、とテッサは言った。

 あの列の桶が空になるまでの猶予が、それだ。


     ◇


「――見えた!!」


 昼、ザンに石を運ばせていたリオの背後で、素っ頓狂な声が上がった。

 振り向くと、テッサが、目を皿のようにして立っていた。


「今! 今の、見えた! あなたから大猿くんに、線が伸びた! 魔力の線! ……テイマーの糸って、こんなに太いものなんだね!?」

「……見えるんですか、あれ」

「初めて見えたの! 学園の実習でテイマー科の契約なら何度も見てるけど、糸なんて一度も見えたことない! 普通の人の糸は、たぶん細すぎて、私の目でも拾えないんだよ。……でも、あなたのは見えた。はっきり見えた。なにあれ、糸っていうか、ツナじゃん! 魔力をあの太さで練って、なんで形が散らないの!?」


 早口の洪水を浴びながら、リオは覆面の下で観念した。

 この目からは、隠しようがない。


「……テイムの糸は、魔力です。魔力を糸の形に練って、相手の心に繋ぐ。それだけの技術です。俺のは……その、人より太いだけです」

「太いだけ、って言った今!? 魔力の形を保ったまま太くするのが、どれだけ――」


 テッサはそこで急に黙り、じっとこちらの覆面を見た。


「……あなた、何者?」

「ただの、テイマーです」

「ナンバーズってやつ? ほら、裏の世界にいるっていう、番号持ちのすごい人たち」

「違います」


 これは、嘘ではない。リオに番号はない。


「ふうん。……まあ、いいや。今は」


 今は、の三文字が、少し怖かった。

 だが、この目は使える。リオは、声を落として聞いた。


「テッサさん。その目で、聞きたいことがあります。……この湖の水、どこかへ『流れて』いませんか。魔力の流れとして」


 テッサの目の色が、遊びから仕事に変わった。


「……北東」


 即答だった。


「初日から、ずっと気になってたの。湖の北東の水底に、変な澱みがある。細ーく、ずーっと、魔力を吸い続けてる何かが、水の下にいる。生き物の魔力じゃない。もっと規則的な――魔道具の吸い方」


 湖の、北東。

 主の怒りが向いていた方角と、同じだった。


     ◇


 翌日、財団の許可を取り、二人と二頭は湖の北東へ向かった。

 泥の平原を渡り、浅瀬を迂回した先。半分水に沈んだ岩場の陰に、それは、あった。

 石積みの台座。その上に据えられた、樽ほどの大きさの魔道具。中央には人の頭ほどの魔石が嵌まり、濁った赤黒い色で明滅しながら、低い唸りを上げて回り続けている。

 台座の下の水が、渦を巻いていた。装置は今この瞬間も、湖の水を、どこか深い地の底へ送り続けているのだ。

 背後で、ザンが喉の奥から低い唸りを出した。理屈は分からずとも、あれが湖の水を盗む道具であることは、山の若者にも分かるらしい。ドドは台座の方へ一歩踏み出しかけ、テッサに首根っこを掴まれていた。


「……ひどい」


 テッサの声は、怒りで硬かった。


「水送りの術式。それ自体は、灌漑にも使う普通の術式だよ。でもこの規模、この出力……こんなの、湖一つ相手に使う道具じゃない。見て、器の縁。術式が焼き付いてる。積んでる魔石の魔力が、器の限界を超えてたんだ。……これ、もう止まらないよ。止める術式ごと、焼き切れてる」

「魔石が尽きるまで、回り続ける」

「そう。で、あの魔石の残りだと……あと、ひと月」


 ひと月で、残りの一割も消える。湖は死に、クレールの町の水も終わる。

 テッサは装置に駆け寄ろうとして――リオが、肩を掴んで止めた。


「駄目です」

「なんで! 近くで術式を見れば、まだ何か――」

「あれを見てください」


 装置を囲む浅瀬の水面に、リオは顎で合図した。

 水面のあちこちが、不自然に泡立っていた。

 装置を遠巻きに、円を描くように。人の背丈を超える大魚の影が、いくつも、いくつも、装置の周りを回り続けている。湖の古株たちだ。この浅くなった水で、逃げもせずに。


「……主の、目です」


 リオは、糸を使うまでもなく読めた。あの整然とした回り方は、獣が自分の意思でやる動きではない。


「湖の古い魚たちが、主に言われて、あの装置を見張ってる。自分たちの水を抜き続ける、憎い道具を。……今あそこに人間が近づいたら、装置の仲間だと思われます」

「じゃあ、どうやって止めるの!」

「――主に、話を通します」


 それしか、ない。

 装置を止めるには近づかねばならず、近づくには、千年の怒りに、先に筋を通さねばならないのだ。


     ◇


 その夜、リオは財団経由で、二つの増援を要請した。

 一つは、祭殿の扉のため。日中、テッサが扉の術式を検分して、こう言ったのだ。


「この扉、千年前のなのに、術式がまだ生きてる。しかも……錠の仕掛けと結界の編みが、絡めて組んである。片方だけ壊すと、もう片方が死ぬやつ」


 錠と結界の、連動。

 聞き覚えのある構造だった。千年前の治水の民と、百年前のギデオン。時代は違えど、守りの極意は同じところに行き着くらしい。

 ならば、呼ぶべき人は一人である。

 もう一つは、警備のため。グラントの言っていた「身元の知れない一団」と、テッサの見つけた古い足場杭。先客は、いる。いて、今は姿を消している。……戻ってこない保証は、どこにもない。

 三日後の夕方、王都からの街道を、二つの人影が歩いてきた。

 一人は、腰の鍵束と札束をじゃらつかせた作業眼鏡の男。

 もう一人は、大剣を背負った、欠伸まじりの偉丈夫。


「――おう、久しぶりだな。千年物の、開かねえ扉があるんだって?」


 リッツは道中の埃を払いもせず、もう祭殿の方角に目を向けている。ギデオンの蔵以来、この人の中で「開かない扉」は完全にご馳走の扱いである。


「俺も聞いたぜ。きな臭え先客がいるんだってな」


 ガルドは大剣を担ぎ直し、首をごきりと鳴らした。


「機材持ちで、遺跡狙いで、逃げ足の早い一団。……そりゃあ、夜会の晩の発掘屋の一味だろうよ。あの大男、覚えてるか。俺と一戦やって、笑って逃げてった野郎だ」

「覚えてます」

「あの晩な、あいつと約束したんだわ。今度は仕事抜きでやろうや、ってな」

「……ガルドさん。今回も、思いっきり仕事中ですけど」

「そうなんだよなあ」


 偉丈夫は、心底残念そうに頭を掻いた。


「まあいい。仕事の帰りにでも果たしゃいいさ。逃がさなけりゃ、いつかは仕事抜きになる」

「約束の扱いが雑すぎませんか」


 軽口を叩き合う二人の周りだけ、緊迫した現場の空気が少し緩む。ナンバーズというのは、裏ではだいたい、こういう調子なのである。

 七番と二番。開ける人と、止める人が、現場に揃った。


     ◇


 ――同じ頃、とある街道筋の宿。

 灯りを絞った部屋で、大柄な男が、面白くもなさそうに酒を舐めていた。


「……で、どうすんです。装置は置き去り、扉は開かず、うちの若いのは一人、夜の湖で泥ごと引きずり込まれかけた。ありゃあ、主持ちの湖だ。千年物の、化け物のな。だから一度、引いたんだ」

「賢明な判断です」


 応じる声は、旅装でも柔らかかった。


「装置の暴走は、想定の外でした。水位は遺跡が出る程度に留めるはずが……道具に、身の丈を超える仕事をさせた私たちの落ち度です。おかげで騒ぎが大きくなり、財団に先を越された」

「連中、動きが早すぎまさあ。ギデオンの一件から、目の色が変わってやがる」

「ええ。……ですが、悪いことばかりではありません」


 柔らかい声の主は、窓の外の、湖のある方角を見た。


「装置は回収せねばなりませんし、祭殿の中身も、諦めるには惜しすぎる。幸い、水に困った町が、あそこにはあります。……今度は、正面から参りましょう。困っている方々の、お力になりに」


 善意の形をした足音が、湖へ向かって、一歩近づいた。


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