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一体契約のテイマーと十三番窓口〜眠そうな学園生は、裏で魔物案件を片付ける〜  作者: じぇいじぇい


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第17話 最後の丘 〜老獣騎兵の最後の依頼〜(前編)

お読みいただきありがとうございます。


今回は、少し静かなお話です。


 その週のリオは、大工の棟梁の屋根裏に住み着いたフクロウ一家の引っ越しを済ませ、火酒の蔵の樽の隙間で冬眠しかけた蛇の移送を終えたところだった。依頼書の品目欄には「蛇(半分寝ている)の搬出」とあった。半分とは何なのか。

 そして週の終わりに届いた依頼書は、いつもと様式が違った。

 夜の事務所。彫りの深い顔の帳の主は、書類の山の向こうから、一枚の依頼書と、一通の古い手紙を並べて置いた。


「今回の依頼は、うちの中から出た指名だ。……ラウルが、お前を連れて行きたいとよ」

「ラウルさん、帰ってきてるんですか」


 顔は、すぐに浮かんだ。子供の頃から、事務所で何度も会っている。黒い服の、静かな人。会うたび、袖の中から飴を一つ出してくれた。ここ数年は南方の弔いの長旅とやらで、王都にいる方が珍しかったのだが。


「先月な。……で、だ。お前、あの人の裏の仕事、中身までは知らねえだろう」

「葬送楽士、というのは聞いてます。それだけですけど」

「だろうな。あの人の現場に、子供は連れて行かれねえ」

「窓口はな、リオ。持ち込まれた困りごとの、始まりから終わりまでの面倒を見る。……それは人も、魔物もな。その一番終いの仕事を担ってるのが、あの人だ」


 グラントは、古い手紙の方を指で押し出した。


「依頼主は、マーゴ・レンフィールド。元・王国軍の獣騎兵だ。女の獣騎兵がまだ一人もいなかった時代に、大型の軍馬型と組んで国境を二十年駆けた人でな。今は王都の外れで隠居してる」


 グラントは、そこで一度、言葉を切った。


「……俺が駆け出しの頃、国境の仕事でしくじって、雪の中で立ち往生したことがある。拾ってくれたのが、あの婆さんと、あの馬だ。背中に乗せられて、峠を越えた。……だからこの依頼は、俺の借りの清算でもある」

「その相棒が……」

「寿命だ」


 手紙は、震える手で書かれた、短いものだった。

『ブランが、そろそろ旅支度を始めました。つきましては、十番様の弔いの一曲を、お願いしたく』

 旅支度。

 その言葉の意味を、リオは一拍遅れて理解した。


「五十年連れ添った相棒の、看取りの依頼だ。あの人の演奏で送るのが、この婆さんのたっての願いでな。……で、あの人から条件が一つ。『獣の望みを聞ける通訳を、一人借りたい』とよ」

「……俺、ですか」

「お前だ。粗相はするなよ」


 グラントは、そこで少しだけ声を落とした。


「言っておくが、あの人は、ナンバーズの中でも別枠だ」

「別枠」

「あの人の楽器はな、めったに、送り以外じゃ鳴らねえ。……だが、鳴った時のことなら、覚えてる」


 グラントは、書類に目を落としたまま言った。


「相手は、武装したごろつきが十二人。低い音が、一節。それだけだった。誰一人、倒れなかった。十二人が十二人、剣を抜いた奴も抜けなかった奴も、立ったまま、動かなくなった。……ありゃあ、戦いってツラじゃねえ。立ったままの、葬式だよ」

「…………」

「まあ、心配するな。あの人の楽器は、味方にゃ世界で一番優しい。それだけ覚えとけ」


 帳の主は、それ以上を言わなかった。


     ◇


 翌日の夕方、指定された場所は、歌劇場の地下だった。

 シェラの舞台の下に、こんな場所があるとは知らなかった。石造りの長い廊下の突き当たり、防音の重い扉の向こうに、その部屋はあった。

 壁一面の棚に、楽譜ではなく、細長い木箱がぎっしりと並んでいる。箱の一つひとつに、小さな札。読める範囲の札には、名前と日付だけが書かれていた。

 部屋の中央に、男が一人、立っていた。

 長身痩躯に、喪服のような黒の正装。白髪まじりの長い髪を首の後ろで結び、指先だけが彫像のように白い。歳の頃は、四十とも、もっと上とも見える。

 そして、その背に、黒い楽器箱を背負っていた。

 人の子供がひとり入りそうな、細長い黒塗りの箱である。棺を背負っているようだ、と裏の世界で噂されるあの箱だ。事務所で何度も見てきたが、蓋の開いたところは、一度も見たことがない。


「――久しいな。大きくなった」


 男は、一拍の間を置いてから、口を開いた。

 低い、よく響く声だった。急がず、削がれ、弔辞のように整った話し方をする。昔と、何も変わっていない。

 黒い袖が、す、と持ち上がり、指先に飴が一つ、載っていた。


「……どうも」


 これも、昔と変わっていなかった。リオは素直に受け取って、袋に仕舞った。


「仕事で組むのは、初めてだ。……この度は、手を借りる」

「あの、俺は何をすれば」

「聞いてほしいことが、一つだけある」


 ラウルは、また一拍置いた。


「ブランに――旅立つ前に、望みが残っていないかを」

「望み」

「人は、言い残す。獣は、言い残せない。……私の楽は、望みの残った者を送ると、重くなる。軽くして、送ってやりたい」


 棚の木箱を、ラウルは静かに見渡した。

 名前と、日付。

 あの箱の数だけ、この人は誰かを送ってきたのだ。

 棚は、奥へ行くほど日付が古い。一番奥の暗がりの箱には、十五年以上前の日付が並んでいるようだった。

 リオの視線に気づいたのか、ラウルは静かに棚の前へ立ち、視界を遮った。


「――古い箱の話は、また今度だ」


 一拍の間の後の、それだけだった。


「明朝、迎えに行く。……ああ、それと」


 ラウルは黒い楽器箱を降ろし、蓋を開けた。

 中に収まっていたのは、深い飴色の、六本弦の大きな弦楽器だった。長い年月に磨かれて、木目が水面のように光っている。


「怖がらなくていい。これは、送るための道具だ」


     ◇


 マーゴ・レンフィールドの家は、王都の南のはずれ、街道を見下ろす小さな丘の中腹にあった。

 石積みの小さな家と、家より立派な厩。厩の壁には手入れされ切った馬具が整然と掛けられ、磨き込まれた鞍が一つ、上等な布を掛けて祀るように置かれていた。もう乗ることのない鞍を、毎日磨いている暮らしが、それだけで見えた。

 柵の中の草地に、その相棒はいた。

 大きい。

 軍馬型の魔物、ウォーホース。肩までの高さが普通の馬の倍近くあり、若い頃はさぞ立派だったろう漆黒の毛並みは、今は胸から下が霜のように白い。

 老いた巨体は草地に足を畳んで座り、うつらうつらと、街道を行く荷馬車を眺めていた。


「おやまあ、ようこそ」


 家から出てきたのは、小柄な老婦人だった。背筋は年齢のわりにしゃんとして、日に焼けた顔に人懐こい皺が刻まれている。ただ、杖をつく手と、リオたちを迎える笑顔の端に、隠しきれない疲れが滲んでいた。


「十番様。わざわざ、こんな遠くまで」

「マーゴどの。……ご無沙汰している」

「二十年ぶりですかねえ。うちの人を送ってもらって以来だ」


 老婦人は、こともなげにそう言って、柵の方へ首を巡らせた。


「ブラン。お客様だよ」


 老馬の耳が、ぴくりと動いた。

 首がゆっくりと持ち上がり、白く濁り始めた目が、来客を順に確かめる。ラウルを見て、リオを見て――それから、マーゴを見て、安心したように、また少し目を細めた。


「歳はもう、五十と三です。ウォーホースの寿命は、とうに超えてます。医者は、ひと月保てば上等だと」


 マーゴの声は、静かだった。

 老婦人は、柵に寄りかかって、少し自慢げに続けた。


「これでもね、若い頃は国境一の脚だったんですよ。雪の峠で隊が立ち往生した時なんか、この子ときたら、一晩で三度も峠を往復して、全員ぶんの毛布と薪を運びましてね。朝には隊の連中が並んで、この子に敬礼したもんです」


 昔話をする声は、明るかった。明るい声で話せるようになるまでに、二十年かけて少しずつ済ませてきた覚悟の分だけ、明るかった。


「覚悟は、できてるんですよ。ただねえ……最後に、この子が心残りなく行けるようにだけは、してやりたくて」

「そのために、参った」


 ラウルは頷き、リオに目配せをした。

 出番だった。

 リオは柵の中へ入り、老馬の傍らに膝をついた。近くで見ると、その体には古い傷痕がいくつも走っている。国境の二十年の、勲章の痕だ。

 糸を細く撚って、一瞬だけ、触れさせる。

 ――こんにちは。あなたの望みを、聞きに来ました。

 触れた糸の向こうは、驚くほど、静かだった。

 怒りも、恐れも、痛みへの怯えもない。長い一日の終わりの、日向のような温度だけがある。満ちて、澄んで、もうほとんど、支度の済んだ心だった。

 その澄んだ静けさの底に、ひとつだけ。

 小さな熾火のように、消え残っている望みがあった。

 触れた一瞬、流れ込んでくる。

 夕陽の色。丘を渡る風の匂い。背中の上の、軽い重み。少女の笑い声が、風を追い越していく――遠い遠い、宝物の日の断片だった。

 リオは、それを受け取って、思わず老馬の顔を見た。

 白く濁った目が、じっとこちらを見返している。頼む、というように。


「……どうだった」


 柵の外から、ラウルの静かな声が問うた。

 リオは立ち上がり、振り返って、聞いたままを伝えた。


「――もう一度だけ、あの丘を走りたいそうです」


 マーゴの杖が、こと、と鳴った。


「若い頃、二人で駆けた丘があるでしょう。夕陽の見える、風の通る丘。そこを、もう一度だけ。……それも」


 望みの続きを、リオはそのまま口にした。


「――背中に、『あの子』を乗せて」

「…………あの子、って」


 マーゴの声が、掠れた。


「あなたのことです。この子の中で、あなたは五十年、ずっと『あの子』のままです」


 老婦人は、口元を手で覆った。

 皺だらけの手の甲に、ぽた、と一粒落ちて、乾いた土の色を変えた。

 夕暮れの柵の中で、老いた軍馬は、静かに主を見つめていた。

 肩まで普通の馬の倍もある巨体は、しかし、もう自力で立ち上がることさえ、ままならないはずだった。

 走る。この体で。あの子を乗せて。

 望みは聞けた。聞けたが、どうやって――


「――方法は、ある」


 リオの思考を読んだように、ラウルが言った。

 黒い楽器箱を、地面に静かに降ろしながら。


「そのために、私が来た」

ここまでお読みいただきありがとうございます。


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次回もよろしくお願いいたします。

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