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一体契約のテイマーと十三番窓口〜眠そうな学園生は、裏で魔物案件を片付ける〜  作者: じぇいじぇい


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幕間 西の主の思案

お読みいただきありがとうございます。


今回は少し変わった、とある魔物の視点の幕間です。

本編は次回から再開します。

 わしは、西の霧山の主である。

 大角鹿、と人間どもが呼ぶ生き物の、いちばん古くていちばん大きいのが、わしだと思ってもらえばいい。角は左右に張り出して若木ほどもあり、この角で退かせなかった相手は、もう二十年はおらん。

 主というのは、別に偉いわけではない。その山にいちばん長くおって、いちばん強いのが、そう呼ばれるだけのことだ。仕事は一つ。山の勝手が壊れんように、目を配ることである。

 長く生きた。

 左の後ろ足には、若い頃に人間の罠で貰った古傷がある。雨の前になると、今でも疼く。わしの人間嫌いは、頭で覚えたものではない。体で覚えたものだ。

 さて、長く生きると、山におっても、余所の話がよう届くようになる。

 尾根の塩舐め場には季節ごとに諸方の獣が寄るし、渡りの鳥は北と南の便りを運ぶ。川は川で、水系づたいに水獣どもの話を上らせてくる。人間は知らんだろうが、山と山とは、そうやって繋がっておるのだ。

 さて。

 近頃、その便りの中に、妙な話が混じるようになった。

 人間の話である。

 先に言うておくが、わしは人間が好かん。奴らは山に罠を張る。火を焚く。煙を流す。話が通じん。通じんくせに数だけは多い。関わらんのが一番の相手だと、わしは百年かけてそう学んだ。

 その人間の話が、近頃、やけに届くのだ。

 しかも、どの話も、様子がおかしいのだ。


     ◇


 最初の便りは、渡りの雁が運んできた。

 東の山で、主同士が睨み合いになったという。

 古い主の山に、北から流れてきた若い大物が入った。よくある話だ。そしてよくある話の常で、行き着く先は殺し合いと決まっておる。山が一つ荒れて、勝った方も傷を負って、冬を越せずに終わる。ああいうのは、勝っても負けるのだ。

 ところが、だ。


「殺し合いには、ならなかった」


 と、雁は言う。


「間に、人間が立った」

「……人間が?」

「二晩目の夜に山へ入ってきて、古い主と若いのの間を、朝まで行ったり来たりした。それで話が、ついた」


 わしは、聞き間違いかと思った。

 主同士の睨み合いの間に立つ。それは、両方の牙の届く場所に立つということだ。人間がやれば、挽き肉になる仕事である。


「若いのは、山二つ向こうの空いた谷を貰った。人間が、実際に歩いて案内したそうだ。水場と、餌場と、冬の風の向きまで見せて回ったと」

「古い主の方は」

「顔が立った。『若いのは自分から出ていく』という形に、人間がしてくれたのでな」


 両方の顔を立てて、山を一つも荒らさずに収める。

 群れの長でも、なかなかできん裁きである。


「……どこの、何者だ。その人間は」

「それがな」


 雁は、羽づくろいをしながら言った。


「子供よ。それも、いつも眠そうな顔をした、ひょろりとした子供」


 子供。

 わしは、しばらく黙った。

 話の分かる人間がいる。それだけでも御伽噺だというのに。

 しかも、子供だという。


     ◇


 次の便りは、川を上ってきた。

 王都とやらの大きな橋の下に住み着いた水獣の話である。

 こやつは背中の鱗の生え替わりで、夜ごと橋の桁で背中を掻いておったらしい。それが人間どもに「橋の幽霊」と騒がれた。騒がれれば、次に来るのは槍と網だ。哀れなことよ、と聞いておったら、話は思わぬ方へ転がった。


「槍は、来なかった。代わりに、人間の子供が川に入ってきた」

「入って、どうした」

「背中を、掻いてくれたそうだ」

「…………」

「胸まで水に浸かって、生え替わりの掻き残しを、ひとところずつ丁寧に。それから、川底のちょうどいい岩場まで教わったと。……今では毎晩そこで背中を擦って、橋はもう鳴らんそうだ」


 人間が、水獣の背中を流す。

 わしの百年の知恵の、どこを探しても、そんな話は載っておらん。


「その子供、眠そうな顔をしておらなんだか」

「よう知っておるな。あくびを噛みながら掻いてくれたそうだ」


 同じ子供である。


     ◇


 三つ目の便りは、街道筋の犬どもの噂だ。

 山賊に飼われて、旅の者を襲わされていた犬が三頭おった。それがある夜を境に、そろって鞍替えをしたという。


「今は大きな商家の倉庫番だ。屋根の下で寝て、飯は日に二度。仕事は吠えるだけ」

「……鞍替えのきっかけは」

「襲った相手が、悪かった。眠そうな子供でな。走りながら目が合った途端、先頭の一頭が『こっちの雇い主の方が条件がいい』と寝返った」

「条件で寝返ったのか」

「約束の干し肉も、その場で耳を揃えて払われたそうだ。……あの子供、払いが律儀だと、犬どもの間じゃ評判よ」


 なお、腕の方も聞いた。

 西の山仲間の、あの大猪の爺――灰をまぶしたような毛並みの、気難しいので有名なあやつが、一度その子供と山でやり合ったらしい。


「どうだった」

「わしの突進をな」


 大猪は、忌々しそうに、しかしどこか楽しそうに鼻を鳴らした。


「紙一枚の半歩で、流しよった。二の突きの前に、こちらの苛立ちの底まで読まれた。……気づいたら寝不足の愚痴を聞いてもらって、食料庫を一つ貰って、手打ちよ」

「勝ったのか負けたのか、分からん話だな」

「わしにも分からん。分からんが、悪い気はせなんだ」


 話が通じて、腕も立つ。

 いよいよ、御伽噺めいてきた。


     ◇


 極めつけは、南へ渡る鳥どもの目撃談である。

 王都の北西の谷に、妙な牧場があるという。

 柵の中に、行き場のない獣ばかりが集められた谷が。


「上から見たがな。鎖の痕のある大蛇が、日向で腹を出して寝ておった。あれは飼われて肥えた艶だ」

「灰色の狼が二頭、人間の手のひらから飯を食っておったぞ。あの手つき、狼の方から寄っていっとった」

「闘技場の匂いの染みた山猫もおったな。あれが、誰に追われるでもなく、意味もなく走り回っておった。……ああいう走り方は、幸せな獣しかせん」

「それとな、主どの。脚を一本失くした若い鹿がおった。革の義足を誂えてもらって、三本と一本で、跳ねて遊んでおったよ」


 ……鹿と聞いては、他人事ではない。

 脚を失くした鹿は、山では冬を越せん。それが跳ねて遊んでおるという。

 鎖の痕。闘技場の匂い。

 どれも、人間に壊された獣の印だ。

 その壊された獣どもが、人間の谷で、毛並みを取り戻しておるという。

 壊すのも人間なら、直すのも人間か。

 都合のいい話だ、と鼻を鳴らしかけて、やめた。

 罠を張る足と、背中を流す手が、同じ生き物の中にあるだけの話だ。考えてみれば、獣とて同じこと。山を荒らす若造もおれば、山を保つ主もおる。

 わしは、塩舐め場の岩の上で、長いこと考え込んだ。


     ◇


 整理しよう。

 王都とやらのあたりに、話の分かる人間がおる。

 それも、子供だ。

 主二頭の間に立って山の裁きをやり、水獣の背を流し、犬の雇い替えに立ち会い、払いは律儀で、あの気難しい大猪の突進を紙一枚で流す腕を持ち、壊れた獣の行き着く谷に出入りしておる。

 ……眠そうな顔で。

 百年生きて、人間は関わらんのが一番と学んだわしの知恵が、この歳になって、初めて揺らいでおる。

 ときに。

 ここからは、わし自身の話だ。

 近頃、右の奥歯が痛い。

 齢のせいで根が緩んでおるのだ。堅い木の実が噛めん。冬ごもり前に食い溜めができんのは、わしの図体には、笑い事ではすまん話である。

 山の獣に、歯は治せん。

 塩を舐めても、痛みは引かん。

 さて、どうしたものか。

 わしは岩の上で角を一度振り、西の空の向こう、人間の国のある方角を、長いこと眺めた。


「……困ったら、人間の国に行ってみるのも、面白いかもしれんな」


 むろん、わしの図体で街道を歩けば、人間どもは腰を抜かすだろう。夜に、山伝いに行けばよい。急ぐ旅でもなし、噛める木の実を探しながら、ゆるりとな。

 着いた先で、あの眠そうな子供とやらが、どんな顔をするか。

 それを見るのも、長生きの余禄というものだ。

 霧山の主が山を降りたのは、それから半月ほど後のことである。

 が、それはまた、別の話。


ここまでお読みいただきありがとうございます。


次回から本編を再開します。


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