幕間 帰ってきた二人
お読みいただきありがとうございます。
幕間です。留学組、帰還。
一年ぶりの王都は、門から匂いが違った。
「……帰ってきたなあ!」
ダリオは乗合馬車を降りるなり、往来のど真ん中で伸びをした。隣でガルフが同じように伸びをして、通行人が三人よけた。
「騒ぐな。まだ入国の判をもらう列がある」
ヴァンスは相変わらず端正な顔で書類を揃えている。その頭上の高いところを、嵐鷲が大きく旋回していた。一年でさらに増した翼の影が往来を横切るたび、通行人が空を見上げた。
ルヴィナでの一年は、長かった。
教える側として招かれたくせに、最初の半年は教わることばかりだった。狩る国の流儀。獣との距離の取り方。何もかも逆さまの国で、それでも最後には、ダリオの教練を受けたいという現地の若いのが列を作った。
そして、後半の半年には、別の仕事が増えた。
王都から届いた一通の手紙が始まりだった。差出人はリオで、頼みごとは一つ。十年前、賊の討伐だと騙されて死んだ冒険者たちの、遺された家族を探してほしい。
「……なあ、ヴァンス。俺たちの紙、ほんとに効いたんだな」
「効いたらしい。審問の記録に、僕らの名前が載っている」
「はっ。留学の成果が、まさか紙とはねえ」
探し当てた遺族は、最初は誰も口を開かなかった。十年前に家族を亡くし、嘘の英雄譚の陰で、文句を言う相手さえ分からずにいた人たちだった。ダリオの不器用な説明と、ヴァンスの正確な説明を根気よく重ねて、ようやく一人が話し、一人が話せば二人目は早かった。
騙されて死んだ側にも、二十一人と同じように、名前と家族があった。
それを紙に書いて王都へ送るのが、留学生の最後の課題になった。
◇
帰還の挨拶に出向いた商会で、二人は面食らった。
「お帰りなさい。長旅、ご苦労さまでした」
出てきたのは面談官のエルムだったが、看板が違った。白庭の名はどこにもなく、シラード商会の真新しい字が掛かっている。
「……行く時と帰る時で、雇い主の看板が変わってるんだけど」
「商いには、よくあることです」
「よくあるか?」
エルムは涼しい顔で、二人の報告書を受け取り、最後まで読んだ。それから、珍しく長く頭を下げた。
「良い仕事でした。……あの紙がなければ、切り分けられなかった。ルヴィナと、白庭を」
「切り分け?」
「国と商会です。あなた方の集めた声が、ルヴィナを敵にせずに済ませた。これは王都とルヴィナの、これからの商いの土台になります」
顔を上げたエルムは、もう商人の顔だった。
「ところで、お二人とも。卒業後の進路はお決まりですか。シラード商会は、ルヴィナを知る人材を――」
「断る」
「断ります」
声が、揃った。
「……三度、お誘いすることになりそうだ」
◇
学園の獣舎に顔を出すと、先客がいた。
「ダリオさん! ヴァンスさん!」
ノアが飛んできて、その後ろからリオが歩いてきた。
一年ぶりの同級生は、あまり変わっていないように見えた。眠そうな目も、ゆっくりした歩き方も。
ただ、ダリオには分かった。獣と長く居る人間は、立ち方に出る。何かをずっと警戒していた人間の硬さが、この男から消えていた。
「……おう。手紙の件、世話になった」
「こっちの台詞だ」
リオは頭を下げた。
「あの紙のおかげで、全部の筋が通った。……ありがとう」
「やめろやめろ、同級生に頭下げられると調子が狂う」
ガルフが挨拶代わりにリオへ体当たりし、嵐鷲が一声鳴いて屋根に止まった。獣舎の魔物たちが一斉にこちらへ首を伸ばして、ノアが点呼を諦めた。
「晩飯、眠り鹿でいいか。積もる話がある」
「いい。……ルヴィナの話、聞かせてくれ」
「おう。まずは向こうの飯のまずさからだ」
「あれは君の注文が悪いだけだと、何度言えば」
夕方の獣舎に、一年ぶりの声が揃った。
帰る場所は、変わらずにそこにあった。変わったのは、帰ってきた二人の背負ってきたものの方だった。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
次回もよろしくお願いいたします。




