↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
一体契約のテイマーと十三番窓口〜眠そうな学園生は、裏で魔物案件を片付ける〜  作者: じぇいじぇい


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
131/144

幕間 帳面の読み方

お読みいただきありがとうございます。


幕間です。エルム・シラードの話。

 夜更けの執務室で、エルム・シラードは帳面を開いていた。

 従者はもう下げてある。燭台が一つと、茶が一杯。商会の名代の机には、昼間は決して載らない種類の紙が夜だけ載る。

 帳面の読み方は、あの家で習った。

 若い頃のエルムに、白庭の古株はこう教えた。帳面は嘘をつかない。人は嘘をつくが、金の動いた跡は消えない。だから紙を読め。人の顔より、紙を読め。

 良い教えだった。

 あの家で貰ったものの中で、あれだけは今も値打ちがある。


     ◇


 十年前の経費帳を見つけたのは、この春のことだ。

 瓦版の仕込みで古い金庫の棚卸しがあり、名代の立場で立ち会った。目当ての紙の二段下に、焼けた村の年の綴りがあった。

 読んだ。

 口入れ屋への支払いが一件。宛名は偽名で、人数分の前金。注文書が一件。特注の檻、一基。竜を生かしたまま運ぶための寸法。生かしたまま、の一文には二重線の念押し。それから、後始末の払いが数件。

 帳面は、嘘をつかない。

 あの年、あの家は竜を買いに行って村を一つ焼いた。

 帳面の右側には、それだけの金額が並んでいるだけだ。村の名前も死んだ者の数も、左側のどこにも書いていない。書く欄が、最初からない。

 その欄のなさを、エルムは長く眺めた。

 自分が何の帳面をつけてきた家なのか、眺めながら考えた。

 会議で、エルムは何度も反対してきた。焼却に反対し、実験に反対し、干拓に反対した。反対が通ったことは一度もない。それでも、決まったことは完璧にやった。雇われ者とはそういうものだと、割り切ってきた。

 だがこの経費帳は、割り切りの外にあった。

 村一つの代金を払った家に、知らずに仕えていたのだ――ここまでは、まだ言い訳が立つ。知らなかったのだから。知った上で同じように仕え続けるなら、それはもう割り切りとは言わない。共犯と言う。


     ◇


 冬の、子供の件を思い出す。

 学園の娘を三人、倉庫に閉じ込めた仕事だ。あれはエルムの帳面を通らずに動いた。通っていれば、止めていた。止められなかったので、後から怒った。あの家に入って初めて、人前で声を荒らげた。

 商いには、線がある。

 線のない商いは、商いではなくただの略奪だ。略奪の帳面をつける人生は、若い頃に思い描いたどの人生とも違う。

 だからエルムは、春からずっと別の帳面をつけている。

 誰にも見せない、売り物の帳面だ。


     ◇


 売り物は、先日の茶会で仕上がった。

 仕上げたのは、本人の黙秘だ。

 出身を言わない。両親を言わない。竜との距離を言わない。言わない場所が綺麗に並んで、十年前の経費帳に欠けていた左側へぴたりと収まった。

 焼けた村には、子供がいた。

 生きて王都で学生をやっていて、夜は覆面で獣を従える。

 どの帳面にも載っていない一行を、いまエルムだけが持っている。

 売り先の片方を、エルムはよく知らない。

 剣と呼ばれる男について知っているのは三つだけだ。十年前の生き残りで、ルヴィナでは英雄で、あの家では一番高い給金が帳面に載っている。給金の額は、腕の額だ。帳面は、嘘をつかない。

 売り先は、二つある。

 一つは窓口。警告として売れば、恩が立つ。もう一つは、あの家の剣。確証として売れば、忠義が立つ。どちらに売っても、エルムは嘘を言わない。嘘のない商人のまま、どちらの顔も立てられる。

 ――そして、どちらに売っても、同じことが起きる。

 剣と、竜の子がぶつかる。

 あの家の武力の頂点と、あの家が十年買えなかったものが正面から勘定を合わせる。帳面の右側しか見ない家は、その勘定だけは紙の上で済ませられない。

 そしてぶつかれば、勝っても負けても、あの家は大きく欠ける。

 欠けた商い――ルヴィナとの販路、王都の商権、仕入れの筋――は宙に浮く。宙に浮いた商いは、落ち先を先に決めていた者が拾う。拾うための器なら、もう用意してある。シラードの名で立つ、あの家の判子の要らない商会だ。

 勝つのは、おそらく窓口の側だ。

 竜がついている子は、殺せない。殺せない相手に、あの家は一番高い剣を振り下ろす。そういう盤面を、エルムは組んでいる。勝つ側に恩を売り、潰れる側の商いを拾う。

 万一、窓口の側が潰れたところで――王都で一番手強い商売敵が一つ消えるだけのことだ。どちらに転んでも、エルムの帳面に損の書きようがない。

 どちらに転んでも儲かる取引だけをやりなさい。

 それも、あの家で習ったことだ。

 エルムは茶を一口飲んだ。

 茶会の最後の答えを、エルムは気に入っている。

 バイト先です、飯がうまい。嘘がなく、何も渡さず、それでいて全部を言っていた。あの窓口は、あの子の居場所だ。

 居場所というのは、高く売れる。

 冷めた茶は、茶会の日の味がした。嘘のない茶は何よりの贅沢だと、あの日は本当のことを言った。良い取引相手には長生きしてほしいというのも、本当のことだった。

 本当のことだけで組んだ商いが、一番強い。

 それも、あの家で習ったことだ。


     ◇


 帳面を閉じて、懐の内側に仕舞う。

 売り時は、まだ先だ。紙の雨が降り切って窓口が一番安くなった日が、この商品の一番高い日になる。

 商品は、寝かせると値が上がる。

 窓の外に、王都の夜の灯りが並んでいた。あの灯りのどこかで、眠そうな学生が今夜もまかないを食っているのだろう。

 エルムは燭台の火を消した。


「……私はあの家で、帳面の読み方を習いました」


 暗がりの中の声は、誰に向けたものでもなかった。


「習ったものは、使うためにあります」

ここまでお読みいただきありがとうございます。


次回もよろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。