↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
一体契約のテイマーと十三番窓口〜眠そうな学園生は、裏で魔物案件を片付ける〜  作者: じぇいじぇい


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
128/144

第62話 生まれた村(後編)

お読みいただきありがとうございます。


第62話です。前話の続きからです。

「……どこで会った」

「南の湿地の、池の工事です。始末のあとに、覆面の俺へ寄ってきて、言っていきました。あの時、何が何でも殺しておくんだったな、と」

「意味は」

「分かりませんでした。今、分かりました」


 グラントはしばらく黙っていた。


「……そいつは、あの朝を見てる。竜と、竜に守られたガキをな。その上で、竜の池に立つ覆面に、そう言い残していった。どこまで繋げてるかは分からん。だが向こうの帳面じゃ、お前はもう死んでねえ」

「……」

「次に会う時は、向こうも勘定を済ませて来る。そのつもりでいろ。……それも含めて、話は最後までやる」


 日は沈みかけて、二十一の灯りの方が水面より明るくなっていた。


「次は、お前が泣かなかった理由だ」


     ◇


 夜が、森の輪郭を呑み始めていた。獣たちの気配は夕方より近い。遠巻きの輪が一段縮まって、送り火を囲む形になっていた。


「先に断っとく。ここから先は、俺が見た話でも、紙の話でもねえ。ネムの見立てと、池の子の言葉の継ぎ接ぎだ」


 グラントは、石碑の前の灯りを見たまま言った。


「お前はあの夜、竜に糸を繋いだ。五つか六つのガキが、真竜とだ。糸ってのは、繋がれば通う。お前が一番よく知ってる通りだ。お前の中にあったものが、そのまま竜に流れ込んだ」

「……俺の中の」

「ネムは、怒りと悲鳴だと言ってた。体の外に出る悲鳴じゃねえ。中で上がる方だ。竜はそれを浴びて、池の水ごと立ち上がった。……そして朝になって、浴びたものをどうするか決めた」


 グラントはそこで、言葉を選ぶ間を取った。


「竜は、お前の記憶を眠らせた。あの夜のことも、村のことも、親の顔もまとめてだ。奪ったんじゃねえ。ガキの頭が五つや六つで持つには重すぎるものを――預かったんだ」


 リオは、灯りを見ていた。


「だからお前は、泣かなかった。泣くための元を、持ってなかったからだ。南の池で思い出したものがあったろう」

「……夏の午後の。池で、誰かが笑ってる」

「返してもらったんだ。預かりの、端の方をな。竜は利子をつけるつもりかもしれん」

「糸が一本しか出ないのも」

「同じ夜の話だ。ガキの時分に真竜と結んじまった糸は、竜に届く太さになった。太すぎて、二本は出ねえ。一本の代わりに、どんなものにも届く。……お前のものさしが世間と合わねえ理由は、全部あの夜にある」

「……残りは」

「竜が決める。預かり物ってのは、そういうもんだ」


 グラントは、湿地のある南の闇へ顎をやった。


「ただ、端を返してきたってことは、返す気はあるのさ。器が育つのを待ってるんだろう。……会いに行く日が、いつか来る」


     ◇


「蓋のことを知ってたのは、俺とネムだけだ」


 グラントは続けた。


「お前は小さい頃、眠るのが怖いと言った。目を閉じたら、また何か、なくなってる気がすると。……ネムの歌は、寝かしつけじゃねえ。蓋が軋む夜に、軋みを鎮めてた。あいつは十年、お前の眠りの水位を見てたんだ」

「……知りませんでした」

「知らせなかったからな」


 グラントは、初めて石碑からリオへ目を移した。


「開ける話も、二人で何度もした。開けなかった。壊れないためだと、理屈はつけた。だがやってたことは同じだ。親の名前も村の場所も蓋のことも、知る筋はお前にあった。それを十年、俺とネムで握ってた」


 声は、帳場で依頼を断る時と同じ高さだった。同じ高さのまま、続けた。


「恨んでいい。そのために、ここへ連れてきた」


 風が、灯りを順に撫でていった。

 リオはすぐには答えなかった。答えの代わりに、池を見た。主のいない水面は暗くなりかけて、灯りの映りだけが残っている。


「……理不尽だとは、思います」


 出てきたのは、その言葉だった。


「竜一匹のために、村一つ。帳面の右側だけ見て、二十一人。筋が、どこにも通ってない」

「ああ」

「でも、それはやった側の話です。黙ってた側の話じゃない」


 リオは、グラントを見た。


「親の顔は、思い出せません。それでも、魔物といると胸のここがあったかくなる。白い中で、名前を呼ぶ声がする。中身は聞こえないのに、怒られてる気はしない。……それで、足りてました。足りるように育ったのは、帳場と、宿と、歌のおかげです」

「……」


 リオは一度だけ、焼けた村の方を振り返った。緑に呑まれた礎石の並びはもう夜の底に沈んで見えない。それでも井戸の跡のあたりだけは、分かる気がした。


「黙っててくれたから、普通に育てられた。だから、恨みません」


 グラントは何か言いかけて、やめた。

 代わりに長い息を一つ吐いた。十年分の長さだった。


「……怒らねえのか。俺にじゃなくて、白庭にだ」

「置き場所は、決めました」


 リオは、池から目を離さずに言った。


「会った時に、出します。それまでは、仕舞っておきます」


 膝の上で、あかりの光がゆっくり戻った。細くも赤くもない、いつもの色になった。


「……二人は、どんな人でしたか」

「ヨナスは無口で腕っぷしが強くて、飯を山ほど食った。エマはよく笑って、人の話を最後まで聞いた」

「俺は、どっちに似てますか」

「半分ずつだ。……寝てばっかりなのは、どっちにも似てねえ」

「じゃあ、そこだけが俺です」


 グラントが、短く笑った。この場所で笑っていいと分かる、笑い方だった。


「りお。かなしい?」

「……いや。大丈夫だ」

「じゃあ、よかった」


 長い話が、終わった。


     ◇


 帰り支度の間に、あかりが二十一の灯りを一つずつ仕舞っていった。

 最後の一つの前で、止まった。


「ひとつ、おいてく」

「……なんで」

「るすばん」


 石碑の前に、灯りが一つ残った。夜の森の中で、そこだけが小さく明るかった。

 森を抜ける間、獣たちが途中まで付いてきた。来た時と同じ距離で、同じ数だけ。見送りの作法を知っている森だった。

 湿地の縁に繋いだ馬は、二人を覚えていて鼻を鳴らした。

 出る前に、マルタの包みの残りを分けた。夜の空気の中で食う飯は、塩がよく効いていた。


「……あいつの飯は、塩加減が上手い」

「知ってます」


 馬車は、暗くなった街道を北へ戻った。

 御者台のグラントは、ほとんど喋らなかった。行きと同じ喋らなさに見えて、違った。長い間仕舞ってあったものを、ようやく下ろした後の喋らなさだった。

 隣で、リオの頭が揺れ始めた。

 揺れて傾いて、グラントの肩に当たった。

 グラントは、手綱を持ち替えただけだった。

 月の下の街道を、馬車の音だけが進んでいく。グラントは前を向いたまま、眠った横顔へ口の中で言った。

 番人が毎晩、池に伝えていた文句だった。


「変わりはない。今日も誰も来ない。……ゆっくり眠れ」

ここまでお読みいただきありがとうございます。


両親編の核になる三話でした。ここまで読んでくださった方に、心からお礼を。もし「続きが気になる」と思っていただけたら、ブックマークや評価で応援いただけると、この先の執筆の励みになります。


次回もよろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。