幕間 二通の手紙
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幕間です。海の向こうの、留学組の話。
三年の教室の最初の朝、クラリスが一通の封書を掲げた。
「ルヴィナのダリオ・ヴェッセルさんから、クラス宛てに手紙が届いています。……ご本人の希望により、原文のまま読み上げます」
原文のまま、のところで教室が少し笑った。
クラリスは咳払いを一つして、読み始めた。
『よう、二年ども。もう三年か。早えな。
こっちはひでえ国だ。最初に書いとく。
ガルフを連れて歩くだけで人だかりができる。見世物じゃねえっつってんのに、ガキがパンを渡してきて、ガルフが食ったら、ガキの親が泣いた。魔物に飯をやって、食われなかったのが初めてなんだとよ。そういう国だ。
教える側ってのは、思ってたより地味だぞ。講義なんかやらせてもらえねえ。やってるのは、毎朝宿の前でガルフの世話をやって見せることだけだ。餌をやって、ブラシをかけて、爪を切る。それだけだ。それを、黙って見てる連中がいる。最初は三人だった。先週数えたら、二十一人いた。
一番前にいるのは、パンをくれたガキだ。この前、初めてブラシを持たせた。ガルフは嫌がらなかった。ガキは次の日、一日中自慢して回ってたらしい。
ヴァンスは相変わらず喋らねえ。だが嵐鷲のほうが有名人だ。国境の壁の上に、半日とまる。壁ってのはこの国じゃ、魔物を入れねえための壁だ。その上に、堂々ととまってやがる。下ろせって役人が来たが、ヴァンスは「あいつが選んだ場所だ」としか言わねえ。役人は十日通って、十一日目から来なくなった。今じゃ壁の鷲を見に、観光の馬車が出てるらしい。
商会の世話は、気味が悪いほどいい。家も飯も上等だ。ただな、時々、妙に親切な奴が来て、妙なことを聞いてくる。糸はどうやって練るのか。何匹まで結べるのか。離れてても効くのか。……俺は世話の話しかしねえことにしてる。糸の話が聞きたけりゃ、まず糞の始末を覚えろって言ったら、来なくなった。
エルムの旦那は月に一度顔を出す。あの人を信用していいのかは、俺には分からねえ。分からねえが、ガルフはあの人の前で腹を見せて寝る。参考までに書いとく。
体に気をつけろ。特に、寝てばっかりの奴。
ダリオ・ヴェッセル』
教室が、あちこちで笑っていた。
笑いながら、何人かは笑っていなかった。妙に親切な奴、のくだりで、セナとリオは一度だけ目を合わせた。合わせて、どちらも何も言わなかった。
「追伸が、二つあります」
クラリスが紙をめくった。
「一つ目。ノア・ヴェルナーへ。『考えてから決める癖、続けてるか。続けてるなら、春からお前も先輩だ。ちゃんとやれ』……だそうですよ、ヴェルナーさん」
「……っす」
戸口で聞いていたノアが、妙な姿勢で頭を下げた。手紙に頭を下げる奴を、リオは初めて見た。
「二つ目は……アルクスさん宛てです。こちらは、直接お渡しします」
折り畳まれた小さな紙が、リオの机に置かれた。
開くと、二行だった。
『ここの連中は、獣の水も飯も人任せだ。俺は全部、自分で見てる。誰かさんのおかげで覚えた癖だ。礼は言わねえ。』
リオはその紙を二度読んで、鞄の内側に仕舞った。
クラリスが、最後にもう一通を掲げた。
「それから、ヴァンスさんからも届いています」
封書は、薄かった。
読み上げは、三行で終わった。
『無事だ。
嵐鷲は、壁の上が気に入っている。
糸は、一本で足りている。 ヴァンス』
「……短っ!」
誰かが言って、教室が笑った。ダリオの手紙に相変わらず喋らねえと書かれていた男は、紙の上でも喋らなかった。
封筒には、手紙のほかに羽根が一枚入っていた。嵐色の、風切りの羽根。言葉の代わりらしかった。クラリスはその羽根を教卓の上にそっと置いて、しばらく誰も触らなかった。
一本で、足りている。
リオはその一行を、もう一度だけ目でなぞった。一体を深く。別の道で同じ答えを探している男の、これが途中の報せだった。
窓の外は春で、ルヴィナはここから馬車で二十日の距離にある。
その国の宿の前には、毎朝、牙狼の世話を黙って見ている二十一人がいる。国境の壁の上に、鷲が一羽、好きでとまっている。
正面から見せに行った男と、一本の糸で確かめに行った男。
「……どっちも、らしいわね」
セナが小さく言った。
「ああ」
返事をしながら、リオは春の窓の外を見ていた。
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