第55話 言いたいことが十二個
お読みいただきありがとうございます。
第55話です。
倉庫街の路地を、二人と二匹で歩いた。
先頭にセナ。半歩後ろにリオ。リオの肩にスズ。しんがりに、契約を解かれたはずの灰色の狼。
セナは倉庫を出てから、ひとことも喋っていなかった。
喋らないまま、夜明け前の道を四つ曲がった。
五つ目の角で、立ち止まった。
「……言いたいことが、十二個あるわ」
「十二個」
「今、歩きながら数えたの」
振り向いたセナの目は、まっすぐだった。
「一つ。約束したわよね。この力のことで何かあったら、必ず私にも言うこと。一人で抱えるのはなしって。あなた、頷いたわよね」
「……頷いた」
「狙われてたんでしょう。ずっと。工人展の変な目も、あなただったんでしょう。それ、何かあったらの、何かじゃないの」
「……そうだな」
「二つ。覆面のこと。三つ、窓口の夜の顔のこと。四つ、危ないことを仕事にしてたこと。五つ――五つ」
セナの声が、そこで一度つかえた。
「……五つ。今夜、扉から堂々と入ってきたこと。囲まれたら、どうする気だったのよ」
「囲まれなかった」
「結果の話はしてないの」
声の最後が揺れて、セナは下を向いた。
一粒だけ、落ちた。
一粒で、顔を上げた。
「……怒ってる途中で泣くのは、ずるいから。今のはなし。数に入れない」
「分かった」
「どうして言ってくれなかったの。私、厩舎で測ったあの日に、知ってる側になったはずよ」
リオは少し考えた。ごまかせる間合いではなかった。
「……力のことと、仕事のことは、別の棚に入れてた。力を知ってる側は、セナが昼の側の最初の一人で。仕事を知ってる側は、全員が夜の側で。……セナを、そっちの棚に入れたくなかった」
「棚が多すぎるのよ、あなたは」
セナは言った。言ってから、長い息を一つ吐いた。
「六つから十一は、歩きながら言うわ。細かいのばっかりだから」
「十二個目は?」
「最後に取ってあるの」
セナは歩き出した。歩き出した背中の上で、空の端が白み始めていた。
◇
六つから十一は、本当に細かかった。
覆面の布の洗濯は誰がしているのか。変な声の出し方はどこで覚えたのか。屋根の上を走って、靴は何足だめにしたのか。バイト代は、危険の分が上乗せされているのか。
リオは半分くらいしか答えられなかった。答えるたびに、後ろの狼が相槌のように鼻を鳴らした。
「……ところで、この子はいつまで付いてくるの」
「さあ」
「契約は」
「倉庫で、もう解いた」
「解いたのに付いてくるのね」
「……縁が、残るんだ」
「知ってるわ」
セナは狼を振り返って目を細めた。
「契約は道具で、縁は貯金。ミラさんがそう言ってたわ。あなたは契約を一つも持たないくせに、縁の貯金だけは王都一の金持ちだって。……今夜ので、また増えたわね」
灰狼は分かっているのかいないのか、尻尾を一度だけ振った。
第十三厩舎は、朝の掃除の時間だった。
ミラは二人と二匹を順に見て、狼の首の輪の擦れた痕を見て、何も聞かなかった。
「……預かるわ。傷と、薬の抜けるのが治まるまで」
「頼みます」
「治ったら、山ね」
ミラが狼の鼻先に手の甲を出すと、狼は匂いを確かめて一歩だけ柵の中へ入った。入ってから、振り返ってリオを見た。
「飯を食って、寝ろ。……元気になったら、帰れ」
布越しではない声で、リオは言った。
狼は、今度は振り返らずに柵の奥へ歩いていった。
◇
ラティス家の門が見えた時、吠え声が聞こえた。
十一匹分と、一匹分。
門の内側で、フワが柵に前脚をかけて跳ねていた。開けた途端にセナの胸へ飛び込んだ。続いて全員が順番に飛び込んできて、セナはしばらく毛玉の山の底にいた。
父親が門柱の脇に立っていた。
夜通し立っていた顔だった。何か言おうとしてやめ、娘の頭に一度だけ手を置いた。
「……朝までに、って約束だったからな。窓口の」
「守られたわ」
「ああ。見て分かる」
父親はそれから、リオを見た。
「送ってくれたのか」
「友達が、途中まで一緒だっただけよ」
セナが先に答えた。父親は深くは聞かず、ただ頭を下げた。
「世話になった。……ラティス運送の腕章、まだ取ってあるぞ。いつでも戻ってこい」
「はい」
門の前で、セナが振り返った。
「今日は、ちゃんと休みなさいよ」
「俺はいつものように、学校で寝る」
リオはそう言って、スズを肩からセナの腕へ渡した。渡して、歩き出した。
いつものように。
その一言が、門の前に残った。
いつものように、ということは、いつもこうだったということだ。
誰かのために夜を走って、何食わぬ顔で登校して、一限の机で眠る。入学からずっと隣の席で見てきたあの眠気の中身を、セナは今夜知ってしまった。
席に着くまでが登校よ。
入学からずっと言い続けてきた小言を、思い出した。
「……もう、言えないじゃない」
呟きは、朝の光の中に溶けた。
腕の中のスズが、欠伸を一つして丸くなった。
十二個目は、まだ言っていない。
言う場面は、自分で選ぶと決めていた。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
面白い、続きが気になると思っていただけましたら、ブックマークや評価、感想をいただけると励みになります。
次回もよろしくお願いいたします。




