第52話 工人展の外(前編)
お読みいただきありがとうございます。
新しいお話です。ここから少し、大きな話が始まります。
二度目の工人展が来た。
王都の職人が一年の仕事を持ち寄る、年の瀬の大市だ。去年のリオはラティス運送の腕章を付けて、搬入口から出入りしていた。挑戦状と、初雪の冬だった。
今年は、客の列に並んで表から入った。
物見としてではなく、応援としてだ。
「――魔道具の間、三十六番卓! ロックウェル工房です! よろしくお願いします!」
入口で揉みくちゃになりながら、テッサが刷り物を配っていた。
今年のテッサは、今年も売る側だった。
去年は学生枠の代表だった。王都の全部の技能校を合わせて毎年たった三人、一年生の選出は十何年ぶりという枠で、つたえ筒の改良型を出して、会場の端から端まで声を飛ばして見せた。
今年は学生枠ではない。去年の特別賞で名工の名簿に名前が載って、その実績で実家のロックウェル工房が初めて、工房として卓をもらった。その看板娘だ。
卓に並んでいるのは、三本繋ぎの光の筒。学園祭で客席の上に川を渡した、あの仕掛けの改良版だった。
「去年は声を届けたから、今年は光なの」
「見て。ここ、繋ぎ目」
テッサは筒の継ぎ目を外して見せた。
「学園祭で弾けたでしょ。あれから作り直したの。誰でも外せて、誰でも直せる繋ぎ目。壊れない道具より、直せる道具。……うちの実家の流儀」
「売りは、もう一つあるの」
テッサは筒の端を指で塞いだ。光が途切れて、離すと、また伸びる。長く、短く。
「区切り方を決めておけば、光が言葉になるの。丘の上の家からふもとの家へ、『帰る』の合図。火事の煙の中でも、光なら届く。……光の文字って呼んでる」
「玩具かと思ったら、道具なんだな」
「玩具にもなるよ! 子供は光らせるだけで喜ぶから、そっちでも売れる!」
「壊れたところから良くなったわけだ」
「そう! カイル、今日いいこと言うね!」
「俺はいつもいいことを言ってる」
言っていない、と三人の声が揃った。セナとリオと、刷り物を受け取った通りすがりの客だ。
セナは今日、フワも連れていなかった。人混みに小型を連れ込まない。教本通りの判断だった。
リオのポケットも、空だった。あかりは帳場で留守番だ。
誘いはした。首を横に振られた。
去年のあの子は、この祭りの会場で、箱の中にいた。良い思い出のない場所へ、無理に連れて来るものでもない。
◇
会場は、去年より広かった。
大展示場の脇に天幕の列が足されて、搬入口には大物が並んでいた。鍛冶の間の大看板、織物の間の機織り機、組み上げ前の風車の羽根。
その搬入口で、大きな影が動いていた。
ストーンライノだった。岩甲犀とも呼ばれる、灰色の装甲の大型魔物だ。
その大型が二頭、荷橇を曳いて風車の羽根を運んでいる。曳き手の合図は声だけで、手綱はない。二頭は人混みの脇を、荷車より音を立てずに歩いた。
「……見て。シュタム先輩よ」
セナが搬入口を指した。
二頭の間に、大柄な男子生徒が立っていた。学園の外套の上からでも肩幅が分かる。三年のベルント・シュタム。テイマー科の主席で、ストーンライノ二頭の使い手として学園では知らない者がいない。
「主席って、搬入のバイトもするのか」
「毎年よ。シュタム先輩の二頭じゃないと運べない大物があるの。工人展のほうから頼まれてるって聞いたわ」
「へえ。……あれ、ノアもいる」
カイルの言う通り、搬入口の端に一年のノアがいた。ゼルは連れていない。帳面を持って、ベルントの搬入を懸命に書き写している。
「シュタム先輩に弟子入り志願中なんですって。断られ続けてるけど」
「詳しいな」
「後輩の動向は、把握してるの」
把握されている後輩はこちらに気づいて頭だけ下げ、視線はすぐ帳面に戻った。
学園の、一年の一番と二年の一番と、三年の一番。
三人が同じ会場にいることを、この時のリオは何とも思わなかった。
◇
視線に気づいたのは、昼前だった。
魔道具の間の人混みの中に一つだけ、動かない目があった。
印象に残らない中年の男だ。地味な上着、地味な帽子。卓を冷やかすでも買うでもなく、柱の脇に立って、時々手元の小さな帳面に何かを書いている。
目が合わない。
合わないように、できている。リオが見る前に外れて、外した先が自然だ。素人の目つきと違った。
リオは、テッサの卓の脇で欠伸をした。
欠伸をしながら、考えた。
――俺か。
去年の工人展で、エルムは素顔のリオを見た。面談でも見た。白庭は覆面を探していて、覆面は若い学生だと知っている。素顔と覆面は、まだ繋がっていない。繋げたい側が素顔の周りに目を置くのは、順当だった。
なら、やることは一つだ。
何もしない。
いつも通りの、眠そうな学生でいる。獣の寄る裏道を避け、テッサの筒に詳しい顔をせず、搬入口のストーンライノにも近づかない。覆面に繋がる癖を、全部殺す。
それは、できた。
一年半やってきたことだから、できた。
男の帳面のどこに自分が書かれているかまでは、リオには分からなかった。
◇
男の帳面には、こう書かれていた。
三年、ベルント・シュタム。ストーンライノ二頭。大物の搬入を一手に請ける腕。体格、良。搬入口に出る日は相棒と離れない。ただし二頭は会期の間、会場の検疫舎に預けられる。
二年、セナ・ラティス。契約十二。学年一の数。秋の学園祭では講堂の騒ぎを鈴一つで収めたと、生徒の噂。十二匹は自宅の獣舎。登下校は徒歩、供は一匹のことが多い。今日は、いない。
一年、ノア・ヴェルナー。特待生。刃爪の走竜一頭。竜は放課後、学園の獣舎に預ける決まり。
三人の記述の後に、線が一本引かれ、別の欄が作られていた。
運送屋の小僧。去年の搬入手伝い。名はアルクス。腕は本物。ただし覆面とは別口と見る。覆面は多頭を操る。小僧は一頭も連れ歩かぬ。当日は会場に近づけさせぬこと。
候補の欄ではなく、障害の欄だった。
頁の最後に、職人の手らしい几帳面な字で結論が書いてあった。
――テイマーは、テイムした魔物が居ない間は、ただの学生。
その下に、もう一行。
――三人のうちのどれかが覆面である公算、高し。
帳面は閉じられた。
男は財布から銅貨を出して通りすがりの卓で飴を一袋買い、客の顔をして人混みに消えた。
買った飴の数まで、几帳面だった。
◇
午後、テッサの卓に小さな行列ができた。
呼んだのは、皮肉なことに去年の事故だった。学園祭で筒が弾けたのを観ていた客が「あの光の川か」と足を止め、直せる繋ぎ目の実演で財布を開いた。
「三本で銀貨二枚! 繋ぎ目の替えは銅貨五枚! 壊れたら、直せます!」
テッサの声が嗄れ始めた頃、卓の前にクラリスとエリアナが現れた。二人は別行動で回っていたらしい。クラリスは筒を三本、迷わず買った。
「来年の劇の、川の場面に使います」
「来年もやるんだ……」
「やります」
エリアナは買わなかった。買わない代わりに、扇子の先で筒の継ぎ目を指した。
「ロックウェルさん。これ、侯爵家の夜会で使えるかしら。庭の水路の上に、光の川」
「つ、使えます! 長さはいくらでも繋げます!」
「では、商談は後日。……ごきげんよう」
去り際、エリアナの視線がリオの上を一度だけ通った。
通って、止まらずに流れた。止まらないことが、この人の挨拶だった。
「……すごい。侯爵家から商談が来た」
「よかったな」
「うん。……ねえ、リオくん」
テッサが声を落とした。
「今日、何回か、変な目を感じるんだけど。気のせいかな」
気のせいなものか、とリオは思った。この人の目は魔力の流れを見る。人の視線にも、たぶん同じくらい敏い。
「……俺も感じてる」
「誰を見てるんだろ」
「俺だと思う」
リオは短く答えた。
「俺は、ほら。去年もここの搬入で働いてたから。顔を覚えられてる。……大丈夫だ、何もなければ何も起きない」
テッサは納得しない顔で、それでも頷いた。
何もしなければ、何も起きない。
この日のリオの読みは、半分だけ合っていた。
何も起きなかったのは、リオの周りだけだった。
◇
閉場の鐘が鳴って、会場を出た。
冬の日は短い。外はもう薄暗く、帰りの人の流れが大通りへ吸い込まれていく。
門の外で、仕立てのいい使いの男がリオの前に立った。
「リオ・アルクス様で」
「……はい」
「主人より、お手紙を」
差し出された封書には、見覚えのある商会の封蝋が押してあった。
シラード商会。
開くと、整った字が三行。
『工人展は、いかがでしたか。約束通り、工人展の外で、お茶などいかがでしょう。明日の午後、大市場の北の茶房にて。 エルム・シラード』
約束した覚えは、リオにはなかった。
あの人の中では、あれは約束だったらしい。
「……お返事は」
「伺う、と」
使いは一礼して、人混みに消えた。
セナが封書を覗き込んだ。
「シラード商会って、留学の」
「ああ」
「……行くの?」
「行かないと、角が立つ相手だから」
リオは封書を畳んで、鞄に入れた。
鞄の底で、何かが動いた気がした。
気のせいだと思った。
家に帰ったセナが獣舎で頭数を数えて、鈴尾鼬が一匹足りないことに気づくのは、その夜のことになる。
慌てはしなかった。契約の糸は、離れていても感情の向きくらいは伝えてくる。十二本を読み分けるのは、学年一の得意分野だ。
スズの糸の先は、満ち足りて、ぬくぬくと眠っていた。怯えも、痛みも、欠片もない。
心当たりは、一つしかなかった。
「……明日、回収するわ」
スズは、リオの鞄の底で丸くなって寝ていた。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
【登場人物メモ】
ベルント・シュタム……三年のテイム術科主席。ストーンライノ二頭の使い手。
テッサ・ロックウェル……魔導具工学科の二年。実家は町の魔道具修理屋(第23話)。
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次回、後編です。




