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一体契約のテイマーと十三番窓口〜眠そうな学園生は、裏で魔物案件を片付ける〜  作者: じぇいじぇい


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第50話 ものさし 〜リオのテイムを測る回〜(中編)

お読みいただきありがとうございます。


第50話の中編です。

 奥の柵を見に行く前に、セナが帳面を開いたまま言った。


「その前に。もう一つ、測りたいことがあるの。……ずっと気になってたこと」

「なんだ」

「あなた、糸を使っていない時でも、獣が寄ってくるでしょう」


 リオは少し考えた。


「……そうか?」

「そうよ。フワは初対面であなたの膝に乗ったわ。うちの庭では十二匹が走ってくる。ゼルは合図なしで落ち着く。学園の演習じゃ、鎧角牛があなたの隣で寝たって備考に書かれてる。面談の時だって――」


 セナは言いかけて、やめた。


「とにかく。あれは、テイムの腕なの? それとも、別の何かなの?」

「考えたこと、なかった」

「でしょうね。だから測るの」


 実験は単純だった。

 厩舎の運動場の真ん中に、リオが一人で座る。糸は一本も出さない。手も出さない。餌も持たない。ただ座る。

 ミラが立会いで、糸の気配がないことを確かめる。セナは柵の外で時計を見る。


「はじめ」


 リオは座った。

 面談の時と同じだった。何もしない。眠そうな目で、地面を見ている。

 最初に来たのはロロだった。顔見知りだから実験にならない。セナが帳面に「参考外」と書いた。

 次に、翼を布で吊られた鳥型が水場からぴょこぴょこと歩いてきた。

 脚に添え木をした山羊型が続いた。

 療養柵の中の大蛇が、柵の隙間から頭だけ出した。頭だけで届く距離ではないのに、出した。

 百呼吸たつ頃には、リオの周りに七匹いた。

 どの子にも、糸は繋がっていない。ミラが首を横に振って、それを保証した。


「……はい、そこまで」


 セナは時計を閉じ、柵を乗り越えて、リオの隣に同じように座った。

 糸なし。手なし。餌なし。同じ条件。

 百呼吸たって、誰も来なかった。

 ロロだけが義理のように近くへ来て、セナとリオの間に伏せた。顔は、リオの方を向けて。


「……言っておくけど、私、十二匹にはちゃんと好かれてるのよ」

「知ってる」

「庭では走ってくるのよ」

「見た」


 セナは立ち上がって、スカートの土を払った。払いながら、帳面に新しい頁を作った。


「結論。これは、テイムの腕とは別の何かだわ。糸の技術なら、糸を使わなければ出ないもの。あなたの場合、座ってるだけで出てる。……二つあるのよ、あなたの変なところ。契約の糸が規格外なのと、獣に好かれる体質と」

「体質」

「体質としか言いようがないでしょう。匂いなのか、気配なのか、心臓の音なのか。教本に項目すらないわ。正直に言うとね」


 セナはペンの尻でリオを指した。


「糸の方より、こっちの方がよっぽど不思議よ」


 リオは、周りに残った七匹を順に見た。

 鳥型が袖を甘噛みしている。山羊型が背中に顎を載せている。確かに、糸は使っていなかった。


「……家系だと、聞いたことがある」

「家系?」

「代々、獣に好かれる家だったと。……詳しくは、知らない」


 セナのペンが止まった。

 止まって、何も聞かずに「家系(詳細不明)」とだけ書いた。聞かない線引きの正確さは、今日も変わらなかった。


     ◇


「解いた後の話も、しておきなさい」


 昼の片付けをしながら、ミラが口を挟んだ。


「この子の一番変なところは、そこだと思うわよ。私はね」

「解いた後?」


 セナが帳面を構え直した。


「教本では、契約を解いた魔物は他人に戻る。糸が消えれば、繋がりも消える。覚えているのは、せいぜい餌をくれた記憶くらい」

「リオ君のは、消えないのよ」


 ミラは布巾を畳みながら言った。


「一度結んで解いた子が、次に会った時、覚えてるの。それも、餌の記憶じゃなくて……なんて言えばいいかしらね。貸し借りの記憶?」

「貸し借り」


 セナがリオを見た。

 リオは答える代わりに、思い出していた。

 建国祭の空を一緒に飛んで解いた相棒は、一年後にまた頼った時、覚えている、というように一声鳴いた。山で矢を抜いた野生の獣は、去り際に借りだ、と言って消えた。歯を抜いた西山の主は、困ってもいないのに来た人間を変わった子だと笑った。

 どれも、糸はもう繋がっていなかった。


「……解いても、覚えてる。向こうも、こっちも」

「それ、縁って言うのよ」


 ミラが布巾を置いた。


「契約は道具で、縁は貯金。この子は契約を全然持たないくせに、縁だけは王都で一番の金持ちなの。……獣医を三十年やってるけど、こういう貯め方をする子は初めて見たわ」


 セナは「縁が残る(消えない)」と書いて、その横に小さく、王都一の金持ち、と書き足した。


     ◇


「次。できないことを書くわ」


 午後の日が傾き始めた頃、セナは帳面の新しい頁に線を引いた。


「できることばかりの表は、信用できないもの。限界も項目よ」

「……あるぞ、ちゃんと」

「挙げて」

「人間には、糸は結べない。心が読めるのは魔物だけだ」

「はい」


 セナが書いた。


「それから、話の通じない相手もいる。聞ける相手なら聞く。聞けない相手もいる。……国境で、一度見た」

「対話不能の個体あり、と」

「あと、一度に一体。これは知ってるな」

「今日ので、唯一の教本通りね」


 その時、ポケットの中から小さな声がした。


「けいやく、って、なに」


 あかりが帽子の下から顔を出していた。昼寝から起きたらしい。

 セナの手が止まった。


「……あかりちゃんは、契約、してないの?」

「してない」


 答えたのはリオだった。


「したこと、ない。できるのかどうかも、知らない」

「じゃあ、あの子は何で一緒にいるの」

「……いるだけ」

「いるだけ」

「いたいから、いる」


 あかりが補足した。補足になっているのかは、分からなかった。

 セナはしばらくあかりを見て、それから帳面に書いた。精霊は契約の外。糸ではなく、本人の意思でいる。


「……これも教本にないわ。精霊の項目は、あるにはあるけど、『干渉不能』の四文字だけよ」

「りお、ぽかぽか」

「ぽかぽかは項目にならないのよ、あかりちゃん」


 セナは真顔で返した。返してから、自分で少し笑った。


     ◇


 帳面は、八頁になっていた。

 セナは最後の頁をめくり返して、表の全体を眺めた。言葉が分かる。大型が三十呼吸。契約量の種明かし。体質。縁。限界が三つ。精霊。


「……整理するわよ」


 声が、計測の声に戻った。


「あなたの『できること』は、教本のどの頁にもない。『できないこと』は、教本と同じ。つまりあなたは、普通のテイマーの限界を持ったまま、普通のテイマーにできないことだけ、できる。……こんな偏り方、設計したみたいだわ」

「設計」

「誰かが、そういうふうに作ったみたいって意味よ。言葉の綾。……さ」


 セナは帳面を閉じて、奥の柵を見た。

 日が傾いて、療養柵の並びに長い影が伸びていた。一番奥の柵だけ、他より頑丈な木が組んである。中から、低い唸りが続いていた。昼からずっと、途切れずに。

 ミラが薬箱を抱えて立ち上がった。


「若いグレートボアよ。山の罠にかかって、前脚をひどく潰してる。罠ごと運ばれてきたの」

「罠って……人間の」

「人間の。密猟の、くくり罠。……だからあの子、人間の形を見ただけで牙を出すの。三日間、餌も水も、人の手からは一度も受け取ってない」


 柵の前まで来ると、唸りが一段低くなった。

 木の隙間から、目が見えた。

 若い猪の目だった。血走って落ち窪んで、それでも衰えていなかった。衰える前に、怒りで立っている目だった。前脚の包帯は自分で噛みちぎったらしく、潰れた脚がそのまま見えた。

 セナが、息を呑んだ。


「……教本では」


 声が掠れていた。


「敵意のある個体のテイムは、不可。まず敵意を解くところから数か月。でもこの子、数か月もたない」

「もたないわね」


 ミラが静かに言った。


「あと二日か、三日よ」


 リオは柵の前に立った。

 目が合った。

 牙が鳴って、柵の木に体当たりの音が響いた。

 ――にんげん。にんげん。にんげん。

 糸を使わなくても、聞こえる気がした。


「……第四項」


 セナが帳面を開いた。開く手が、震えを隠せていなかった。


「数えるわよ」

ここまでお読みいただきありがとうございます。


面白い、続きが気になると思っていただけましたら、ブックマークや評価、感想をいただけると励みになります。


次回、後編です。

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