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一体契約のテイマーと十三番窓口〜眠そうな学園生は、裏で魔物案件を片付ける〜  作者: じぇいじぇい


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第6話 手ぶらのテイマー(後編)

 宵鴉が、夜空を旋回する。

 夜目の利く偵察鳥だ。あれに上を取られたまま動けば、位置は筒抜けになる。

 リオは、動かなかった。

 木の根元で外套の頭巾を上げ、ただ、上を見ていた。

 なぜなら――ここの空には、先客がいる。

 闇の奥で、羽音のない影が立ち上がった。

 夜目梟。この尾根の夜の主。さっき、目を借りて野鼠一匹で礼を払った相手だ。頼んだわけではない。頼む必要がない。縄張りの空に余所の鳥が入れば、主は主の仕事をする。

 影が交錯したのは、一度だけだった。

 甲高い悲鳴を上げて、宵鴉が錐揉みに落ちていく。羽根を散らしながら野営の方へ逃げ帰り、梟は何事もなかったように闇へ溶けた。


「レン!? おい、レン、どうした!」


 痩せた男の声が裏返る。

 空の目は、潰れた。正確には、この森の空が余所者を拒んだだけだ。

 リオは頭巾の下で息を整え、斜面を降り始めた。


     ◇


「レンが……野生の梟に、やられた……?」


 痩せた男の声は、まず、呆然としていた。

 それから、震えを帯びて、裏返った。


「……いや、待て。こんな夜に、こんな都合よく、梟が出るか? 偶然なもんか。おい――テイマーだ! この山に、余所のテイマーが入ってやがる!」


 実際のところ、梟は縄張りの仕事をしただけである。リオは指一本、動かしていない。

 だが、後ろ暗い稼業の人間ほど、偶然を敵の仕業に数えるものだ。疑心暗鬼というのは、こちらが手を下すより早く、勝手に膨らんで、勝手に広がってくれる。

 野営が膨れ上がった。

 松明が四本に増え、残った男たちが藪を突きながら扇状に広がっていく。怒鳴り声。剣が鞘を叩く音。夜の森でやる捜索としては、何もかもが間違っていた。あれだけ音を立てれば、闇の中の相手には位置を配って歩いているのと同じだ。

 リオは松明と松明の間、火の届かない帯を選んで、水が流れるように移動した。


「ガロ! ジド!」


 痩せた男が、杭の縄を解いた。


「侵入者だ! 森に入ってる! 行け! 喰い殺していい!」


 二頭のグリムウルフが、闇に放たれた。

 獣の追跡は、人間の松明とは訳が違う。風下から回り込まれれば、リオの足でも振り切れはしない。

 だから、リオは逃げなかった。

 開けた木立の中で足を止め、風上に立ち、待った。

 二つの影が、左右から音もなく現れる。低い唸り。剥かれた牙。距離、十歩。

 リオは、剥かれた牙ではなく、その後ろを見ていた。

 耳が、後ろに倒れている。尾が、下がって足の間に入りかけている。踏み込む前脚に、体重が乗っていない。

 あれは、獲物を狩る獣の姿ではない。

 命令と鞭に追い立てられて、仕方なく前に出ている姿だ。

 リオは目を伏せ、半身になり、両手を体の横に垂らした。敵の形も、獲物の形も、崩す。息を落とす。唸り声に、唸りで返さない。

 十歩の距離が、縮まらなくなった。

 二頭は左右に割れてリオの周りを回り、回りながら、少しずつ輪を広げていく。牙は剥いたまま、目だけが困っていた。命令は前へ行けと言う。目の前の人間は、襲う理由を何一つ差し出してこない。


「――なにやってんだ!」


 藪の向こうから、痩せた男の声が飛んできた。


「行け! 行けって言ってんだろ! ガロ! ジド! なんで動かねえ、うちの子らが……!」


 契約越しの命令が、二頭の背中を鞭のように打つのが分かった。二頭がびくりと震え、それでも、前へ出ない。

 恐怖は、契約を上回る。だが、恐怖だけでは牙は届かない。

 獣が襲いかかるには、引き金がいる。逃げる背中。向けられた敵意。獲物の匂い。――そのどれ一つ、リオは最後まで渡さなかった。

 リオはゆっくりと後ろへ下がり、木立の闇に混ざった。二頭は追わなかった。追わない理由を、リオが最後まで一つも渡さなかったからだ。


「くそっ、くそ……! 何モンだよ、あいつ……!」


 男の声を背中に聞きながら、リオは森の奥へ向かった。

 目指す場所は、決めてある。

 登ってくる途中に見た、泥浴びの窪地と、樹皮の剥がれた牙研ぎの跡。

 この森で一番大きいものに、会いに行く。


     ◇


 泥場は、谷のさらに奥にあった。

 月明かりに、黒い水面のような泥が鈍く光っている。縁の木々の幹は、大人の腰の高さで一様に擦り剥けていた。体を擦った跡だ。高さから、体格が割れる。

 大きい。ゼグより、ひと回り。

 リオは泥場の風下に立ち、湿った土の上に膝をついて、待った。

 呼びはしない。この時間、主は必ず見回りに来る。縄張りの奥で連夜騒いでいる人間どもを、主が数に入れていないはずがないからだ。

 果たして、四半刻もしないうちに、地面が低く鳴った。

 木立を割って現れたのは、灰をまぶしたような毛並みの、山のような猪だった。

 アッシュボア。この森の主。

 肩の高さは幌馬車の屋根を超え、湾曲した牙は大人の胴ほどもある。木立を割って進むというより、木立の方が巨体を避けて割れていた。小さな目が、泥場の縁の闖入者を認めて、ぴたりと止まった。

 蹄が、土を一度掻く。

 威嚇だ。次はない、という通告でもある。

 リオは動かなかった。目を合わせず、頭を低く、両手を見えるところに。そして、読む。

 怒り――ではない。苛立ちだ。連夜の火と煙と怒鳴り声。縄張りの真ん中に居座った、追い払っても数だけは減らない騒がしい生き物ども。眠りの浅い夜が、もう十日は続いている。

 知っている苛立ちだった。眠れない獣は、種類を問わず同じ顔をする。

 つまり、話は早い。

 リオは糸を伸ばした。太い線を一本。

 苛立ちの真ん中、「静かな夜を返せ」という一点に、静かに、通す。

 息、ひとつ。

 山が、鼻を鳴らした。

 蹄が土を掻くのをやめ、巨体がのそりと、リオの隣に並ぶ。泥と獣の匂いが、夜気ごと押し寄せた。


「……騒がしいのは、あっちだ」


 リオは、谷の火を指した。

 同意するように、牙が月明かりを撥ねた。


     ◇


 野営に、山が降りてきた。

 最初に気づいた男は、声を出せなかった。松明の輪の外から、木立そのものが動くように現れた巨体を見上げて、口だけが開閉した。

 二人目が気づいて、松明を取り落とした。

 三人目の悲鳴で、ようやく野営全体が理解した。


「で、で、でけえ――!!」

「アッシュボアだ! 主だ! 山の主が下りてきた!」


 総崩れ、という言葉のお手本のような光景だった。武器を取る者はいない。逃げようとした男は腰が抜けて進めず、木に登ろうとした男は仲間と同じ木を取り合って落ちた。

 戻っていた二頭のグリムウルフは、巨体を一目見るなり、争う素振りも見せずにその場へ伏せた。腹を地につけ、耳を倒す。森の序列に、契約は関係なかった。

 そして、山の隣を、眠そうな少年が歩いてくる。

 痩せた男だけが、その意味を正確に理解できる位置にいた。


「あ……あ……」


 男は、へたり込んだまま指を折った。


「レンを落とした梟……見張りをやった鼠ども……で、うちの狼が動かなくなって……大猪……」


 折った指を、自分で見下ろす。


「お前……いったい、何体契約してやがる……契約量、いくつだよ……!」


 リオは足を止め、少し考えてから、正直に答えた。


「……一体ずつですよ」

「ふ、ふざけんな!」


 男は縄をかけられながら、まだ叫んでいた。


「そんなわけあるか! ただのテイマーが、こんなこと、できるわけねえだろ……!」


 反論はしなかった。

 事実を言っても嘘に聞こえるなら、黙っているのが一番早い。


     ◇


 檻の錠は、男たちの荷から出てきた鍵で開いた。


「……あー、来ると思った」


 縛られたソルは、猿ぐつわを外されるなり、泣き笑いの顔でそう言った。


「絶対、窓口の誰かが来ると思ってた。思ってたけど、怖かった~……! なんで大猪連れてるの!?」

「成り行きで」

「成り行きで主はテイムできないんだよ!?」

「静かに。数え損ねた見張りがいたら困る」

「あ、ごめん……いないよね?」

「数えた分は、全員転がってます」


 怪我は、縛られた痕だけだった。売り物には傷をつけない。あの読みだけは、連中に感謝してもいい。

 荷は小屋の中に、箱ごと積まれていた。療養薬の箱も無事だ。

 最後に残ったのは、伏せたままの二頭だった。

 リオは縛った痩せた男の前にしゃがみ、短く言った。


「解いてください。二頭のテイムを」

「……はあ!? なんでだよ、俺の――」

「今のあなたに、養えますか」


 男は口を開き、閉じ、それから吐き捨てるように目を閉じた。

 数拍の後、二頭の体から、見えない縄の張りが抜けた。解いたのだ。

 グリムウルフたちは戸惑ったように立ち上がり、互いの鼻面を寄せ合った。行く場所を知らない目だった。生まれてから、杭と鞭の間しか知らないのだろう。

 リオは、ミラの干し肉の包みを開いた。

 半分に割って、二頭の届く場所に置く。


「……厩舎の飯は、もっとうまいぞ」


 売り込みの文句としては雑だったが、二頭は干し肉を平らげた。それで十分だった。朝の迎えには、ミラが自分で来る。あの人が来れば、あとは勝手に決まる。

 アッシュボアへの支払いは、小屋の食料庫だった。

 連中が里から奪ってきた芋と穀物の袋を、そっくり主に譲る。略奪品の行き先としては、たぶん里の人間も文句を言うまい。言われても困る。

 袋に鼻先を突っ込む巨体の傍らで、リオはテイムを解いた。

 線の向こうから、腹の底が鳴るような満足が一拍だけ返って、消えた。


「夜、静かになるといいな」


 山の主は、もう振り向かなかった。それでいい。


     ◇


 空が白む頃、谷に人手が着いた。

 ロロの筒が呼んだ、窓口の後始末組だ。縛った男たちと証拠の品はギルドの詰所の前へ、匿名の付け届けになる。棘鼠の斜面で夜を明かした二人も、棘を抜かれながら回収された。

 ソルと荷は、幌馬車で王都へ。

 グリムウルフの二頭は、迎えに来たミラの馬車へ、干し肉に釣られて自分から乗った。


「はい、ご苦労さま。……あなた、また連れて帰ってきたわね」

「成り行きです」

「うちの厩舎、そのうちあなたの成り行きで埋まるわよ」


 嫌そうな声では、まったくなかった。


     ◇


 昼過ぎの事務所で、グラントは書類の山の向こうから言った。


「報告」

「荷と、人。回収しました。朝までに、も守りました」

「静かに、は」

「……七割です。棘鼠が、うるさかったので」

「棘鼠のせいか」

「棘鼠のせいです」

「狼が二頭、増えたと聞いたが」

「厩舎が引き取りました。違法飼育の押収品扱いで」

「ミラが喜んでたろう」

「決まりだから仕方なく、だそうです」


 グラントは鼻から息を吐いた。笑ったのかもしれない。判別のつかない吐き方だった。


「上等だ。書面でも出せ。今回は長めに書け」

「手紙が一行の人に、言われたくないんですけど」

「俺は読む側だからいいんだ」


 理屈になっていない理屈で、また負けた。

 帰り際、戸口で呼び止められた。


「リオ」

「はい」

「ソルが、礼を言いに行くと騒いでる。干し芋を樽で持ってな」

「樽……」

「宿の場所は教えといた。……寝てから、学園に行け」


 それが、この人なりの上出来の言い方であることを、リオは知っていた。


     ◇


 数日後の昼。学食の机に、カイルが身を乗り出してきた。


「なあなあ、聞いたか。西の山道の山賊の話」

「一網打尽になったって話でしょ。ギルドの詰所の前に、朝、縛られて積んであったって」


 セナがスープを掬いながら答える。情報の出所はどうあれ、王都の噂は足が速い。


「そこじゃねえよ。誰がやったかだよ。捕まった山賊どもが言うにはさ――魔物を何体も操る、化け物みたいなテイマーにやられたんだと。夜の梟に、鼠の大群に、挙句の果てには山の主の大猪よ。しかも山賊お抱えのテイマーの狼二頭は、指一本触れずに無力化されたって」

「……何体も、同時に?」


 セナの匙が、止まった。


「大型込みでその数なら、契約量は軽く二十を超えるわ。国に数人いるかどうかの、伝説級よ。そんな人が、なんで山賊退治なんて」

「かーっ、かっけえなあ! なあ、会ってみてえと思わねえ? 俺、弟子入りしてえもん」

「あなたは剣術科でしょう」

「じゃあセナは憧れねえのかよ」

「……憧れる、けど」


 セナは少しだけ声を落とした。


「私は、どうやってるのかを知りたいの。主を従えたのもすごいけど……それより棘鼠よ、棘鼠。あんな群れで動く小型は、テイムできないの。教本に『契約不可』って書いてある数少ない種なのよ。それを見張りの制圧に使うなんて、どういう理屈なのか、同じテイマーとして一度でいいから見てみたいわ」

「だよなあ! リオはどうよ、同業だろ」


 リオは、スープの椀から顔を上げた。

 二人が、期待の目でこちらを見ている。


「……すごいと思う」

「棒読みかよ!」

「お前ほんと、そういうとこだぞ」


 呆れる二人の横で、リオはスープの残りを飲み干した。

 一体ずつなんだけどな、とは言わなかった。

 言っても、たぶん山賊と同じ顔をされるだけだ。

ここまでお読みいただきありがとうございます。


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次回もよろしくお願いいたします。

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