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一体契約のテイマーと十三番窓口〜眠そうな学園生は、裏で魔物案件を片付ける〜  作者: じぇいじぇい


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第6話 手ぶらのテイマー(前編)

その日の学園は、平和だった。

 契約術の小テストがあり、リオは最後まで起きていた(三分の二くらいは)。カイルは学食のスープが今日もうまいと上機嫌で、セナは帰り際、リオの襟を直しながら「明日は課題の提出日よ」と釘を刺した。

 つまり、いつも通りの一日だった。

 いつも通りでなくなったのは、宿に帰ってからである。

 その手紙は、夕方の眠り鹿の宿で渡された。


「はい、あんた宛て。昼に使いの子が置いてったよ」


 マルタから受け取った封筒には、差出人の名前がない。封蝋も飾りもない、素っ気ない灰色の封筒。この時点で、差出人は分かった。

 中身は、一行だった。

『学園が終わったら事務所に来い』

 署名すら、ない。


「……相変わらずだな」


 リオは手紙を竈で燃やしてもらい、スープを一杯だけ飲んで、宿を出た。


     ◇


 西の三番通りの裏、古道具屋の角を曲がった行き止まりに、その扉はある。

 古びた木の扉に、真鍮の板が一枚。彫られているのは屋号でも店主の名でもなく、ただ「十三」の数字だけ。

 表向きは、何でも屋の受付である。荷運び、護衛、家庭教師、宴会の給仕。実際、持ち込まれる依頼の九割は、本当にそういう仕事だ。

 残りの一割が――ギルドにも国にも持ち込めない、行き場のない厄介ごとになる。

 扉を開けると、こぢんまりとした受付の間で、初老の事務員が帳面をつけていた。戸口で荷運びの相談を終えたらしい人夫とすれ違う。事務員は眼鏡を上げ、リオの顔を見ると、何も聞かずに奥の間を顎で示した。

 どこからどう見ても、まっとうな何でも屋である。まっとうな何でも屋を長年やっているのだから、当然ではあった。


「来たか」


 書類の山の向こうで、グラント・ヴェイルが顔も上げずに言った。

 白いものの混じった短髪に、書き物で曲がった広い背中。人材屋の親父の姿だが、袖から覗く前腕の古傷は、書き物でつくものではない。


「来ました。……あの、手紙なんですけど」

「読んだから来たんだろうが」

「もう少し書けませんか。用件くらい」

「用件は書いたぞ。来い、と」

「それは用件じゃなくて命令です。事務所の用なのか、仕事なのかで、こっちは準備が変わるんです」

「準備はいらん。口頭で済むから呼んだ」

「その口頭の中身を書いてくれれば、こっちも支度して来られるんです」

「書けん中身だから、口頭なんだろうが」

「……それは、そうですけど」


 毎回、この理屈で負ける。この人との会話は、いつもこうだ。

 リオは諦めて、机の前の椅子に座った。グラントはようやく顔を上げ、一枚の送り状をこちらへ滑らせた。


「ソルを知ってるな」

「配達のソルさん。厩舎によく薬を運んでる」

「歳も近かったな」

「二つ上です。……たまに、宿の前で干し芋をくれます」

「そうか」


 グラントの声は変わらなかった。ただ、次の言葉までの間が、いつもより短かった。


「今日の昼、厩舎に着くはずの荷が、まだ着かん。ソルは荷を遅らせたことが一度もない男だ」


 リオは、滑らされた送り状を見た。宛先は第十三厩舎。品目は薬材が十七行。その中に、チェーンスネークの療養薬の名前もあった。


「……事故なら」

「なら、使いの一人も走ってくる。何も来ないのが、気に入らん。それとな。あいつの通る西の山道には、秋口から食い詰めの崩れどもが根城を移してきてる、という話がある」

「ギルドの捜索隊は」

「出せん。荷の中身を照会される。送り状に書けん品が、三行ほど混ざってる」

「まだ、攫われたと決まったわけでは」

「決まってからでは、遅いから出すんだ。迎えだけで済むなら、それでいい。済まなかった時のための、依頼だ」


 グラントは、指を三本立てた。


「荷と、人。朝までに。静かに」

「…………」

「なんだ」

「手紙より短い」

「依頼書ってのはそういうもんだ」


 グラントは書類の山に視線を戻しかけて、思い出したように付け足した。


「厩舎に寄ってけ。ミラが追跡向きのを一頭貸すそうだ。……飯は食ったか」

「宿で。スープを」

「一杯か」

「一杯です」

「ミラのところで干し肉ももらってけ」

「はい」

「それとな。朝まで、と言ったが」


 グラントは、書類から目を上げずに続けた。


「無理のない範囲での、朝までだ」

「分かってます」

「ソルは、いい若いもんだ」

「知ってます。だから行きます」


 それだけ言うと、グラントは本当に書類へ戻ってしまった。

 この雑な出し方の依頼と、雑な出し方の心配が、この人の平常運転である。リオは一礼して、事務所を出た。


     ◇


 第十三厩舎の夜の搬入口で、ミラは既に待っていた。

 傍らに、大きな影が一つ、行儀よく座っている。

 肩までの高さが、リオの胸ほどもある岩色の大犬だった。垂れた耳に、削り出したような太い鼻面。中型の犬種、ロックハウンドだ。


「ロロを出すわ。鼻は王都一よ」

「知ってます。前も世話になったので。……久しぶりだな、ロロ」


 太い尾が、床を二度叩いた。ロロと組むのは、これで三度目になる。迷子の捜索と、逃げた魔物の追跡。どちらも、この鼻に連れて行ってもらったような仕事だった。


「王都一は本当よ。うちで一番、と言い換えてもいいけど。同じことだから」


 ミラは真顔で言った。厩舎の魔物が王都一なのは、彼女の中では定義であるらしい。


「匂いの元はこれ。ソルの預かり袋と、同じ薬材の見本よ」

「助かります」

「……はあ。それにしても疲れたわ。あなたの蛇のせいで。飯の催促が朝から晩までうるさいの」

「俺の蛇じゃないです」

「あなたの匂いがすると大人しくなるのよ。今度、顔を見せてやりなさい」


 押し付けられた布袋には、薬材の見本と、大ぶりの干し肉の包みが入っていた。グラントの言った分だ。手回しがいいというか、筒抜けというか。


「ロロは帰り道を覚えてる子よ。用が済んだら、首の筒に報せを入れて帰らせて。夜のうちなら、後始末の人手を回せるわ」

「分かりました」


 リオは、ロックハウンドの正面より少し斜めに立ち、目の高さを合わせるように膝を折った。

 濡れた黒い鼻が、ふん、と鳴る。警戒はない。厩舎の魔物は、リオの匂いをもう知っている。

 糸を伸ばす。太い線を一本、静かに通す。

 息、ひとつ。それで済んだ。


「今日はよろしくな、ロロ」


 ロロは返事の代わりに、リオの顔を一度だけ大きく舐めた。

 寝癖が直った。悪化とも言う。


     ◇


 西の山道は、月明かりの下で白く伸びていた。

 ロロに薬材の匂いを嗅がせると、大犬は迷いなく歩き出した。速すぎず、遅すぎず、リオの足に合わせた速さで、鼻先だけが休みなく地面を撫でていく。

 半刻で、荷馬車が見つかった。

 道から少し外れた茂みに、幌ごと突っ込ませて隠してある。馬はいない。荷台の薬箱は――数えると、四つ足りない。

 リオは車輪と地面を見た。

 争った跡は浅い。血の匂いは、ない。ロロも血には反応していない。


「……生きて連れてかれたな」


 荷台の薬箱は、上から順ではなく、重い箱だけ選って抜かれていた。値の張る品ほど重いと知っている抜き方だ。ただの追い剥ぎではない。荷を扱い慣れた崩れ者たちだった。

 馬は、轍ごと連れ去られている。売る気だ。人も、たぶん同じ勘定で数えられている。

 売り物なら、傷はつけない。急げば、間に合う。

 引きずった跡と足跡は、山道を外れて獣道へ入っていた。数えられるだけで、六人分。ロロの鼻は迷わずそれを追う。

 途中、跡は浅い沢を渡っていた。水で匂いを切ったつもりらしい。ロロは沢に鼻先を突っ込むこともせず、対岸を上流へ十歩、下流へ二十歩だけ歩いて、下流側の岩の上でぴたりと止まった。濡れた靴が最初に踏んだ岩には、匂いが残る。王都一は、伊達ではなかった。

 登りが一刻続いた頃、風の中に焚き火の匂いが混ざった。

 尾根の陰から覗くと、谷の窪みに火が見えた。古い炭焼き小屋を根城にした野営だ。距離はまだある。だが、ここから先は――

 リオは、隣のロロを見た。

 岩色の大犬は、賢い目でこちらを見返してくる。


「ここまでだ。……お前の図体だと、ここから先は目立つ」


 追跡なら王都一でも、忍び込みには向かない体だった。リオは首の筒に手早く書き付けを入れた。場所、人数の見立て、朝までに片付ける旨。


「帰れるな?」


 ロロの尾が、任せろとばかりに一度だけ振れた。

 リオは膝をつき、テイムを解いた。

 切れる瞬間、線の向こうから湿った鼻息のような名残が返る。もう慣れた感覚だった。慣れても、悪い気はしない。


「気をつけて帰れよ」


 岩色の巨体は、来た道を音もなく駆け下りていった。

 さて、とリオは谷を見下ろす。

 ここからは、手ぶらだ。

 いつも通りの、仕事だった。


     ◇


 まず、目を借りる。

 一体分の枠は、ロロを帰して空けてある。

 尾根の松の梢で、夜目梟が一羽、鳴いていた。縄張りの主張の声だ。つまり、この辺りの夜はあいつの庭ということになる。

 リオは木の根元に立ち、待った。追わない。呼ばない。ただ、梟の獲物である野鼠が嫌う匂いの風下に立って、狩りの邪魔にならない位置を選んだだけだ。

 月が指二本ぶん動く間、リオはただの、木の根の出っ張りになっていた。

 やがて、梟の方から枝を降りてきた。

 糸を伸ばす。線を一本。息、ひとつ。

 夜目梟の目を通すと、谷の窪みが真昼のように見えた。

 野営の人数、七。見張りが二人、火の周りに四人、小屋の前に一人。

 足跡は六人分だった。一人は、居残り番だったらしい。

 そして野営は、急ごしらえではなかった。焚き火の跡には灰が厚く層を作り、周りの地面は踏み固められ、小屋の脇には食い散らかした骨が溜まっている。少なくとも十日は、ここで寝起きしている連中だ。今日の獲物が、最初の獲物でもないのだろう。

 小屋の裏手には荷車と、鉄格子の檻がひとつ。売り物を運ぶための、造りのしっかりした檻だ。中で人影が動いた。生きている。縛られてはいるが、座り方に力がある。ソルだ。傷の匂いも、梟の鼻は拾っていない。

 売り物には、傷をつけない。読み通りではあった。読み通りであることに、腹は立ったが。

 そしてもう一つ、数に入れなければならないものがいた。

 小屋の脇に杭が打たれ、狼が二頭、繋がれている。灰色の狼型の魔物――グリムウルフだ。野生ではない。首輪と、体に走る古い鞭の痕。杭の周りの土は円くえぐれていた。縄の届く端を、回り続けた足の跡だ。

 火の近くに座る痩せた男の足元に、布を掛けた鳥籠が置いてあった。

 ――テイマーがいる。

 リオはテイムを解いて梟の目を返し、礼に梢の下から野鼠を一匹追い出してやった。梟は音もなく滑空し、夜食を掴んで闇に消えた。

 借りたら、返す。使ったら、払う。

 夜の森で仕事をするなら、それが作法というものだ。


     ◇


 見張りの二人から、片付けることにした。

 二人の立ち位置の裏手、岩場の斜面に、リオは目星をつけていた。登ってくる途中、棘鼠の食べ跡と巣穴の並びを見ている。あの斜面は、コロニーの真上だ。

 棘鼠は小さいが、縄張りに踏み込む大きなものを、群れ全体で刺しにいく習性がある。刺されて死にはしない。ただ、一晩は転げ回る。

 リオは見張りの視界の外から、小枝を一本、鳴らした。


「……おい、今の聞いたか」

「鹿だろ」


 もう一本。今度は、少し斜面寄りで。


「鹿にしちゃ近いぞ。見てくる」

「一人で行くなよ、バカ」

「鹿一頭に二人がかりかよ」

「鹿ならな。鹿じゃなかった時の話をしてんだよ」


 二人分の足音が、藪を掻き分けて斜面へ向かう。

 リオは木の陰で、指を三つ折るだけでよかった。

 三つ目を折り終える前に、夜の斜面が悲鳴で膨らんだ。


「いっ……いだだだだッ!? なんだ、なんだこれ!」

「鼠っ、鼠がっ、うわあああ!」


 縄張りに土足で踏み込んだ二人分の巨体を、目を覚ましたコロニーの総意が、正しく刺しにいった音だった。二人は転げるように斜面を落ちていき、そのまま谷の下の方で静かになった。転げ回ってはいるが、静かになったのだ。声を上げる余裕が、棘に置き換わったとも言う。

 指一本、触れていない。

 落ちた場所は覚えた。朝の後始末組が、棘を抜きながら拾ってくれるだろう。

 だが、悲鳴は野営にも届いていた。


「おい! 今の、西の見張りか!?」

「熊か? おい、テイマー! 鳥を出せ、鳥を!」


 焚き火の影が忙しなく動き、痩せた男が鳥籠を開けるのが、木々の隙間から見えた。

 宵鴉が一羽、羽音もなく夜空へ上がっていく。夜目の利く、偵察向きの鳥だ。

 空から探されると、木の陰は意味をなさない。

 リオは息を一つ落として、頭を切り替えた。

 ここからは、テイマー同士の仕事になる。

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