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一体契約のテイマーと十三番窓口〜眠そうな学園生は、裏で魔物案件を片付ける〜  作者: じぇいじぇい


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第46話 留学の話(後編)

お読みいただきありがとうございます。


第46話の後編です。

 翌週の理事会は、午後の一番眠い時間に開かれた。

 学園長の部屋に長机が置かれ、片側に学園側が並んだ。学園長、マリウス教官、それから理事会側の席に白いドレスの令嬢。向かい側にシラード商会の若当主が一人で座っていた。

 部屋の隅にもう一人いた。

 クラリスだった。名簿の清書と学級日誌の写しを提出するために、委員長として呼ばれていた。壁際の椅子に座って膝の上に紙を揃え、呼ばれるまで口を開かない。


「候補は三名です」


 エルムが名簿を差し出した。


「ヴァンス。ダリオ。そしてアルクス。三名とも面談で確かめました。……特に三番目は、面白い」

「面白い、というのは」


 学園長が眉を上げた。


「何もしていないのに獣が寄る。私は商売柄、獣を扱う人間を多く見てきましたが、あれは初めて見ました。ルヴィナにああいう人間はいない。だから招きたい」


 滑らかだった。

 嘘がなく、悪意もなく、本当に感心している声だった。だから止めにくい。

 白い扇子が膝の上で一度だけ動いた。

 エリアナは面談室での、あの椅子の引き方を思い出していた。

 音のしない引き方。夜会の夜に自分の背後で椅子を引いた給仕の手だった。あの手の持ち主は面談室で何もしなかった。刷毛も上着も出さず、糸も伸ばさず、眠そうな目で籠を見ていた。何もしないのは、落ちるためだ。あの人は行きたくない。行きたくないから、わざわざ何もしないでいた。

 それをこの面談官は、面白いと言って拾い上げようとしている。

 行きたくないと言っている人を行かせるわけにはいかない。夜会の日から探し続けてきた相手を、今度は隠す側に回って守ることになる。それが少し可笑しくて、扇子の下で口元が緩んだ。

 今日、父の名代を買って出たのはそのためだった。


「面談官」


 エリアナ・ローウェンが口を開いた。


「三番目の生徒は、推薦生ですね」

「ええ。財団の推薦状で入学した生徒だと伺っています」

「財団の推薦状には条項があります。推薦生の在学中の国外滞在には、財団理事会の承認が要る。私は今日、父の名代としてその理事会の席に座っています」


 エリアナは扇子を開かなかった。


「侯爵家は推薦制度の保証人です。保証人として申し上げます。学内の記録に問題のある推薦生を国の顔として国外へ出すことは、承認いたしかねます」

「記録に、問題が」


 エルムが微笑んだ。


「面談では、問題は見えませんでしたが」

「いやあ、学園としては出しても構わないのですがねえ」


 学園長が困った顔で頭を掻いた。


「あの生徒は、その、記録の方がどうにも……」

「面談は一日です。記録は一年半です」


 エリアナが引き取った。

 エリアナは壁際の椅子を扇子の先で示した。


「委員長。三番目の生徒の、今学期の記録を」


 クラリスが立ち上がった。

 膝の上の紙を一枚、いつも通りの手つきで広げた。


「読み上げます。アルクスさん。今学期、授業中の居眠り、二十六回。遅刻、十四回。早退、三回。無断欠席、一回。演習の評価は担当教官により『評価不能』が六回。座学の提出物、期限内が二割」


 部屋が静かになった。


「備考欄に演習担当教官の記入があります。……『柵に寄りかかって寝ているように見える。獣は寄る。理由は不明』『起こしても起きない。獣が起こすと起きる』『本日、鎧角牛が本人の隣で寝た。評価不能』」


 マリウス教官が横を向いた。

 クラリスは顔を上げた。


「以上です。学級日誌の写しは、こちらに」


 紙を長机に置いて席に戻った。

 置いた紙には一字も嘘がなかった。

 全部本当のことだった。本当のことだけを、書いてある順に読んだ。

 エルムはしばらくその紙を見ていた。


「……評価不能」

「はい」

「マリウス教官。この記録は正確ですか」

「正確です」


 教官は渋い顔で答えた。


「私が書きました。……何度書き直しても、ああとしか書けない生徒です」


 エルムは笑った。

 笑って、それから真顔になった。


「令嬢。財団の条項は分かりました。ですが、この枠はシラード商会の寄付で作ったものです。誰を招くかは――」

「掲示に書いてありますわ」


 エリアナが、初めて扇子を開いた。


「『候補の決定は、学園理事会の承認を要する』。商会が出した掲示の、一番下の行です。……ご自分の掲示は、お読みになりましたでしょう」


 エルムの笑みが止まった。

 止まって、また戻った。


「……参りました」


 そう言って、名簿の三番目に線を引いた。


「では、二名で。ヴァンスと、ダリオ。……三人目の枠は、次の機会に取っておきます。空けておく、と言った方がいいかな」


 その一言だけ、声が低かった。

 帳場で依頼書を置いた時の、あの声だった。

 エリアナは扇子を閉じた。

 クラリスは膝の上で手を重ねたまま、何も言わなかった。

 二人は一度も目を合わせなかった。示し合わせてもいない。片方は制度で、片方は手続きで、別々の場所から同じ一人の生徒の名前の上に線を引かせた。


     ◇


 リオはその頃、教室で寝ていた。

 起きたのは廊下が騒がしくなってからだった。留学の候補が決まったらしい。ヴァンスとダリオ。教室のあちこちで名前が飛んでいて、ダリオは照れ隠しにガルフの首を叩いていた。


「リオ、お前は?」


 カイルが聞いた。


「落ちた」

「だろうな!」


 嬉しそうに言うな、と思った。

 昼休みに水を飲みに廊下へ出ると、正門の方から歩いてくる人と行き合った。

 エルム・シラードだった。案内の教師に礼を言い、すれ違う生徒に会釈をしながらまっすぐ歩いてくる。

 リオの前で足を止めた。


「アルクスさん」

「……はい」

「残念でした。あなたを招きたかった」


 声は本当に残念そうだった。


「記録がお悪いそうで。居眠りが、二十六回」

「二十七です。今朝の分が」

「では二十七」


 エルムは笑った。


「では、また。……次は、工人展の外で、お会いしましょう」


 会釈をして歩き去った。

 背中が角を曲がるまで、リオは動かなかった。

 工人展の外で。

 学園の外で、という意味だった。あの人は、面談で繋げられなかったものをまだ繋げるつもりでいる。


     ◇


 教室に戻ると、セナが机の前に立っていた。


「聞いたわ。理事会で、ローウェン侯爵家のお嬢さんがあなたの名前に線を引かせたって」

「……そうらしい」

「面談の日も、扇子で合図してた。廊下で。あなた、頷いてた」


 セナは早口になっていた。


「順番に聞くわ。第一に、あの人といつ知り合ったの。第二に、なんで庇われるの。第三に――」

「夜会の借りがある」

「……は?」

「仮面の夜会で。バイトで一晩、給仕をした。その時の借り」


 セナは言い返そうとして、言葉の方が間に合わなかった。


「……給仕」

「ああ」

「あなたが。バイトで。侯爵家の夜会に」

「ああ」

「……あとで、全部聞くから」

「全部は言えない」

「言える分だけでいいわ」


 セナは席に座った。座って机に頬杖をついて、窓の外を見た。


「……給仕の格好、見たかったわ」


 それには答えなかった。


     ◇


 放課後、クラリスが名簿の紙を胸に抱えて机の前に立った。


「アルクスさん」

「はい」

「……私、正しく守れましたか」


 小さな声だった。誰にも聞こえない大きさで。


「学級日誌を、書いてある通りに読みました。一字も足していません。一字も引いていません。……それしか、できませんでした」


 嘘の苦手な人だ。

 嘘の苦手な人が、嘘を一つも使わずに、面談官の前で名前一つを守りきった。


「守れました」


 リオは言った。


「……居眠りの数まで、正確でした」

「数えるのは、委員長の仕事ですので」


 クラリスは頷いた。

 頷いて、いつも通りに教壇へ戻っていった。

 紙を抱える手が震えていたのは、見なかったことにした。


     ◇


 夜、帳場でリオは報告した。


「寝てました」

「上出来だ」


 グラントは帳面から顔を上げなかった。


「聞いてる。侯爵家の娘と、委員長だろ。……お前、いい知り合いを持ったな」

「俺は、何も」

「何もしてねえから、いいんだ」


 グラントは筆を置いた。


「お前が何かすりゃ、繋がる。お前が寝てて、周りが動いた。あいつの中で、覆面と居眠りの学生はまだ繋がってねえ。……ただし」

「三人目の枠を、空けると」

「聞いたか」

「工人展の外で会おうと、言われました」


 グラントはしばらく黙った。


「……確信はしてねえ。してりゃ、名簿に名前を載せるなんて回りくどい真似はしねえ。もっと直に来る」

「じゃあ」

「気になってる。それだけだ。……それだけで、十分厄介だ。気になった相手を一年手元に置いて眺めれば、いずれ繋がる。それが今日、塞がった」


 グラントは筆を取った。


「学園の中は当分いい。侯爵家と委員長が塞いだ。外は、こっちの仕事だ」


 備考の欄に何かを足した。


     ◇


 一週間後、正門に馬車が二台停まった。

 ダリオはガルフを馬車の横に立たせて、見送りに来た同級生に一人ずつ手を振っていた。照れているのが丸わかりだった。


「アルクス」


 乗り込む前に、リオの前で足を止めた。


「お前、また落ちたな。査定の時と同じだ」

「ああ」

「……次は俺が上だ。一年、向こうで積んでくる。帰ったら勝負だ」

「勝負は、しない」

「するんだよ!」


 ガルフが鼻でリオの肩を押した。それから主人の後について馬車に乗った。

 ヴァンスは誰にも手を振らなかった。

 嵐鷲を腕に乗せて、馬車の前で一度だけ空を見た。それからリオを見た。


「……一体で、どこまで通じるか。確かめてくる」

「気をつけて」

「あんたに言われるとはな」


 短く言って乗り込んだ。

 馬車が動き出した。

 正門の柵に寄りかかって、リオはそれを見送った。カイルが隣で大きく手を振っていて、セナはその隣で腕を組んでいた。

 馬車が見えなくなる頃、リオの目は半分閉じていた。

 柵に寄りかかって寝ているように見える、とその日の学級日誌にはあった。

ここまでお読みいただきありがとうございます。


面白い、続きが気になると思っていただけましたら、ブックマークや評価、感想をいただけると励みになります。


次回、新しいお話です。

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