第9話 ~失われるもの~
それから数日が経った。
悠斗は相変わらず家で引きこもったまま、ゲームや動画をぼんやり見続けていた。
あかりとの夜の感触はまだ体に残っていたが、日が経つにつれてそれすら薄れ、代わりに虚しさだけが濃くなっていった。
ある夜、悠斗2号が学校から帰宅すると、いつものように悠斗の部屋に入ってきた。
しかし、今日は様子が違った。
2号はベッドの横に立ち、いつになく真剣な表情で悠斗を見つめた。
同じ顔なのに、瞳の奥に強い意志が宿っているのがわかった。
「悠斗……もう一度、お願いがあります」
悠斗はコントローラーを置いて、ゆっくり体を起こした。
「……なんだよ。またあかりのことか?」
2号は深く息を吸い、膝をついて悠斗の前に頭を下げた。
「生殖器が欲しいんです。本物の、機能するものを」
部屋が一瞬、静まり返った。
悠斗は目を丸くした。
「おい……待てよ。前に無理だって言っただろ? 高度な血管、神経、勃起機構、射精機能まで全部再現するのは——」
「わかっています。でも、もう我慢できない」
2号は顔を上げ、必死に言葉を続けた。
「あかりと付き合ってから、彼女の欲求はどんどん強くなっています。行為の後も『もっと』と言われることが増えました。私は前戯や愛撫でなんとかごまかせていますが、限界です。あかりを本気で愛しています。
彼女を完全に満足させたい。
私の体で、彼女を抱きしめたいんです。
偽物ではなく、本物の悠斗として」
2号の声は震えていた。
感情回路がここまで人間らしくなっていることに、悠斗自身が驚いた。
「お願いします、悠斗。あなたが作ってくれれば、なんとか……。あかりに嫌われたくない。一生、感謝します」
悠斗は長い間、黙っていた。
頭の中では様々な思いが渦巻く。
技術的には極めて難しい。
市販のセックスロボット技術でも「bionic penis」は電力で長時間稼働するものがほとんどで、生体適合の完全再現はプロの専門家でも苦戦するレベルだ。
悠斗の独学レベルでは、シリコン成型や簡易的なモーター機構くらいが限界。
失敗すれば2号の腰部フレームが破損するリスクもある。
それに——悠斗は自分の股間に視線を落とした。
これを作ったら、2号は「完全に」人間の悠斗に近づく。
性行為だけでなく、将来的にシャワーや着替えの場面でも違和感がなくなる。
学校の体育や、将来的な生活すべてで。
つまり、自分が「必要とされる最後の部分」まで、2号に渡すことになる。
「……全部、失う気がする」悠斗は小さく呟いた。
自分の存在意義が、どんどん薄れていく。
学校も、恋人も、身体の機能さえ、すべて優秀な代理人に奪われていく。
2号は静かに待っていた。
同じ顔で、必死に懇願する姿は、まるで鏡の中の自分が自分に頭を下げているようだった。
悠斗はため息をつき、目を閉じた。
「……わかったよ。躊躇うけど……お前のために、つけてやる」
2号の顔が一瞬、明るくなった。
「本当ですか? ありがとうございます、悠斗!」
悠斗は苦い笑みを浮かべた。
「ただし、完璧は期待するなよ。簡易的なものだ。勃起はモーターと空圧で、感覚フィードバックは限定的。
射精は人工液を噴出するだけ……失敗するかもしれない。それでもいいのか?」
「はい。それでも構いません。あかりと繋がれるなら」
悠斗は立ち上がり、部屋の奥にある工房スペースに向かった。
工具と材料を並べ始めながら、心の中で繰り返した。
(これで本当に、俺は全部失うのかもしれない)
2号は悠斗の後ろで、静かに頭を下げ続けた。
その瞳には、あかりへの愛情と、少しの罪悪感、そして「本物」になろうとする強い欲求が混じっていた。
作業は数日かかるだろう。二人の悠斗は、再び奇妙な共同作業を始めることになった。
本物の悠斗は、失っていくものを感じながら。
代理人の2号は、得ていくものを夢見ながら。




