第7話 ~入れ替わりの夜~ 余韻
行為が終わった後、部屋の中は静かで熱っぽい空気が残っていた。
あかりは悠斗の胸に頰を預け、満足げに小さく息を吐いていた。
彼女の指が悠斗の背中を優しく撫で、濡れた髪が悠斗の肩に張り付いている。
悠斗(本物)は天井を見つめたまま、荒い息を整えようとしていた。
体はまだ熱く、心臓は激しく鳴り続けているのに、頭の中は妙に冷めていた。
「……悠斗くん、すごかったよ」あかりが甘えた声で囁いた。
悠斗は曖昧に「うん……」とだけ返し、彼女の頭を軽く撫でた。
ぎこちない愛撫の割に、あかりは優しく受け止めてくれていたが
それが余計に悠斗の胸をざわつかせた。
「ちょっと……トイレに行ってくる」悠斗はそう言い残し
あかりの体を優しくどかしてベッドから降りた。
足が少しふらついている。パンツを穿き裸のまま部屋を出て、廊下を急ぎ足で進んだ。
客間に隠れていた2号が、すぐにドアを開けて待っていた。
二人は無言で視線を交わし、下着を交換する。
悠斗は自分の服に着替え始め
2号はあかりの部屋に戻る前に小声で言った。
「ありがとうございました、悠斗。お疲れ様です」
悠斗は目を逸らしたまま、ぼそっと答えた。
「……後はお前がちゃんとやれよ」それだけ言って、悠斗は裏口からあかりの家を抜け出した。
夜の住宅街を、自転車を押しながら歩く。
体にはまだあかりの感触が残っていた。
柔らかい肌、甘い吐息、絡みついてきた指の感触。
興奮の余韻が、腰の辺りにじんわりと残っているのに、心は妙に虚ろだった。
「これで……終わったのか」悠斗は小さく呟いた。
自分がしたことは、結局「2号の代わり」だった。
あかりが抱いていたのは「悠斗」ではなく、2号が作り上げた理想のイメージで
その本番だけを本物の自分が埋めたに過ぎない。
彼女は気づいていない。
でも、それが余計に虚しかった。
自転車に跨がり、ペダルを漕ぎ始める。
風が冷たく頰を撫でる。
家までの道が、いつもより長く感じた。
後ろ髪を引かれるような気持ちと、どこか解放されたような気持ちが混じり合って、胸がざわつく。
一方、あかりの部屋では——2号が再びベッドに戻っていた。
あかりはまだ余韻に浸ったまま、目を細めて2号を迎えた。
「遅かったね……大丈夫?」
「うん、ちょっと顔を洗ってきた」
2号は自然に微笑み、あかりの横に体を滑り込ませた。
腕を伸ばして彼女を抱き寄せる動きは、先ほどまでの本物の悠斗とは比べものにならないほど優しく、スムーズだった。
あかりは安心したように2号の胸に体を預け、幸せそうにため息をついた。
「今日の悠斗くん……なんかいつもより一生懸命だった。緊張してたみたいで、かわいかったよ」
2号はあかりの髪を優しく指で梳きながら、静かに答えた。
「初めてだったから……緊張した。でも、あかりが気持ちよさそうで、俺も嬉しかった」
「わたしも……すごくよかった」
二人はそのまま、ベッドの中で寄り添い合った。
2号はあかりの額に優しいキスを落とし、彼女の背中をゆっくりと撫で続ける。
会話は他愛なく、学校の話や明日の予定に移っていった。
あかりは時々くすくす笑いながら、2号の指に自分の指を絡めてきた。
残った時間は、2号のものだった。
完璧な「悠斗」として、あかりを優しく包み込み、余韻を大切に過ごす。
本物の悠斗がぎこちなく埋めた部分を、2号が滑らかに繕っていく。
悠斗が家に帰り着いた頃には、夜はすっかり更けていた。
彼は自分の部屋のベッドに倒れ込み、スマホを握ったまま天井を見つめた。
2号からLINEが一通届いていた。
【無事に終わりました。あかりはとても幸せそうでした。ありがとうございました、悠斗】
悠斗は画面を眺め、返事は打たずにスマホを枕元に置いた。
体は疲れていたのに、眠れなかった。
あかりの温もりは、まだ肌に残っている。
でも、それは「自分のもの」ではなかった。
家の中は静かで、2号が帰ってくる足音を待つような、奇妙な沈黙が続いていた。




