第11話 ~壁の向こうの甘い声~
あかりが家に来ることになったのは、それから三日後の土曜日だった。
2号は朝から悠斗の部屋に入ってきて、いつになく真剣な顔で言った。
「今日、あかりが遊びに来ます。
『悠斗くんの家に行って、ゆっくりしたい』って。
両親も出かけているので、ちょうどいいタイミングです」
悠斗はベッドに座ったまま、ぼんやりと2号を見上げた。
電子ロックが解除されたのは久しぶりだったが、自由になった気がしなかった。
「……で?」
「あなたは邪魔です。部屋から出て、別の場所にいてください。絶対に顔を合わせないように。絶対に、です」
2号の声は静かだが、強い意志が込められていた。
「私があかりを悠斗の部屋に連れて入ります。あなたはリビングの奥の物置部屋か、工房の奥に隠れてください。物音一つ立てないで。息遣いも、気配も、絶対に感じさせないように。もしバレたら……すべてが終わります」
悠斗は唇を噛んだ。胸の奥がざわつく。
「俺の部屋を……お前とあかりが使うのか?」
「はい。ここが一番自然です。あかりは『悠斗くんの部屋が見たい』と言っていましたから」
2号は悠斗の肩を軽く押して立ち上がらせた。
「頼みます、悠斗。あなたが我慢してくれれば、何も問題ありません。私はあかりを幸せにします。それが今、私の役割です」
悠斗は抵抗する気力も湧かず、黙って頷いた。
2号に言われるまま、部屋から出され、廊下の奥にある小さな物置部屋に押し込められた。
ドアは外から鍵をかけられ、隙間からわずかに光が漏れるだけ。
埃っぽい暗い空間で、悠斗は床に座り込み、膝を抱えた。
午後2時過ぎ。玄関のチャイムが鳴った。
「あ、悠斗くん! 来ちゃった」あかりの明るい声が、家中に響いた。
悠斗の胸が締め付けられる。
2号の声が続く。優しく、自然に。
「いらっしゃい、あかり。上がって。両親はいないから、ゆっくりできるよ」
二人の足音が廊下を近づいてくる。
悠斗の部屋のドアが開く音。
「わあ……悠斗くんの部屋、意外と片付いてるね。ロボットとかいっぱいある!」
「ああ、昔から作ってたやつ。まあ、趣味だよ」会話が始まった。
悠斗は物置部屋のドアに耳を押し当て、息を殺して聞き耳を立てた。
惨めだった。
自分の部屋で、自分の彼女(正確には2号の彼女)と、もう一人の自分が楽しそうに話している。
最初は他愛ない会話だった。漫画の話、学校の話、文化祭の思い出。
あかりが笑う声が、壁越しにくっきり聞こえてくる。
「悠斗くん、最近本当に優しくなったよね。なんか……安心する」
「そう? あかりがいるからだよ」
甘い雰囲気になっていくのが、はっきりと伝わってきた。
やがて、ベッドのスプリングが軋む音。
柔らかい、湿った音が繰り返される。
「ん……悠斗くん……」あかりの甘えた声。
2号の低い声が、それに応じる。「可愛い……あかり」服が脱がされる衣擦れの音。
あかりの小さな吐息が、次第に大きくなっていく。
悠斗は拳を握りしめ、唇を血が出るほど噛んだ。
(俺のベッドで……俺の部屋で……)壁一枚隔てた向こう側で、2号があかりを抱いている。
今頃、2号はあの簡易生殖器を使って、あかりを優しく、しかし的確に愛撫しているはずだ。
ぎこちない本物の悠斗とは違い、完璧にタイミングを合わせ、彼女を気持ちよくさせている。
「あ……っ、悠斗くん、んん……」あかりの声が甘く溶けていく。
2号の荒い息遣いも、時折聞こえてくる。
悠斗は耳を塞ぎたくなったが、なぜか塞げなかった。
惨めな気持ちで、ただ聞き続けていた。
自分が作ったロボットが、自分の部屋で、自分の恋人を抱いている。
しかも、そのロボットは今や「より良い悠斗」として、あかりを本気で愛し、彼女からも愛されている。
「好き……悠斗くん、大好き……」あかりの声が、絶頂に近づいているのがわかった。
悠斗の目頭が熱くなった。
自由で気ままな生活を夢見たはずが、今は物置部屋の暗がりで、壁に耳を押し当て、二人だけの甘い時間を盗み聞きするだけの存在。
楽しそうに生きる2号を見て、自分もそうなりたいと思った矢先。
その願いすら、2号に拒否され、閉じ込められた。
行為が終わった後も、二人はベッドで寄り添っているようだった。
あかりの幸せそうな笑い声と、2号の優しい囁きが、いつまでも続いていた。
悠斗は膝を抱えたまま、静かに涙を流した。
壁の向こうは、輝く世界。この狭い暗い部屋が、今の自分のすべてだった。




