まるでプロポーズのように思えた
「今日泊まりに行っていい?」
「今日? ああ、いいよ」
思えば、理人が聖司の頼みを断ったことは無かった。
物理的に無理なことを除けば、理人は頷いてくれる。
学校の帰りに制服のまま、理人のマンションを訪ねる。いつも通り、迎えてくれる人は誰もおらず、しんとしていた。
「着替えちゃんと持ってきた」
「貸してやるのに」
「んーいつもそうだし、悪いじゃん」
へら、と聖司が笑いながら、使い慣れた部屋の隅に荷物を置いた。
大学生になっても、聖司と理人の距離感は変わらなかった。学部は違うが、同じ大学に進んで、講義の時間を除けば、結局ほぼ毎日顔を合わせている。
聖司にとっては理人のマンションは、自分の家以上に親しみがあった。ここに来ると、帰ってきた、としみじみ思う。
「聖司なんか,あった?」
「えー? なんかって?」
「機嫌が良い。なにか、良いことあったの」
首を少し傾けて、理人が視線を向けた。その仕草だけで、絵になった。見慣れない。一つ一つの仕草を、目で追ってしまう。
「プロポーズした」
鞄を開けながら、聖司は答えた。理人の方は見れなかった。否定されたらどうしよう、と緊張していた。
でも認めて欲しかったし、何より理人に言いたかった。自分の人生の出来事一つ一つを理人に言うことが、聖司に取っては確かめであり、安らぎだったからだ。
「ああ、そうなんだ」
少しの空白の後、理人はそれだけ言った。声は平坦だった。感情が読み取れない声音、ということは、理人はよく思っていないことが手に取るようにわかった。
「理人は賛成じゃなかったもんな」
「前にも言ったけど、付き合うのは良いと思う。でも結婚は今じゃないだろ」
「したいんだ、本当なら今すぐにでも」
着替えの手を止めて、理人はゆっくりと聖司を見た。聖司は瞬き出来ずに、視線を受け止めた。
「だから、そうなんだって言っただろ。おまえが決めることだし、おまえの人生だ。好きにしたら良い」
「その言い方嫌だ」
「気に食わない?」
笑わない理人は、とても冷たい印象を受ける。今もそうだ、笑み一つない顔は、安堵感がまるでなかった。
だから、こんな展開にならないよう気をつけていたのに、と聖司は深く後悔しながら、「違う。寂しくて苦しい」と泣いた。
何かの声で目が覚めた。
携帯を見ると、夜中の二時半を指していた。あの後、理人の作った夕食を食べて、熱い湯に浸かり、真新しい部屋着に着替え、ベッドに潜り込んだ。
夕食が出来た頃には、理人はいつも通り優しくて、聖司の話をよく聞いてくれた。
聖司もあえて遥の話は避けて、新しく始めたバイトの話をした。
シングルより大きめのベッドは、男二人で寝ても狭苦しいということはない。隣で寝ている理人は、ゆっくりとした呼吸を繰り返している。
目を閉じていても、造作美に翳りはない。寝ている理人を見ることは数少ない機会だった。彼は聖司より遅く寝て、聖司より早く起きるからだ。
癖なのか、緩く開いた右手が顔の横にあり、時々、きゅ、と握る動作を繰り返している。
いつもは少し吊った猫目が今は閉じられているせいか、かわいい、という表現がしっくりとくる。
理人の細くしなやかな指に面白半分に、自分の指を絡ませる。「わ、」聖司の手がしっかりと握り込まれた。
無防備な様子に、あの人を寄せ付けないタイプに見える理人が、自分のことは信頼しているのかと思えた。
どうせ相手は寝ている。何を言おうが、ただの独り言だ。
「おれ、おまえにおめでとうって言って欲しいよ」
むくれたように、ぼそぼそと言った。
帰ってくる言葉は、勿論なかった。
「おれのこと守るって言ったじゃん」
苦しいのはなんでなんだろうか、と聖司は胸の内で考える。
「おまえは、ずっと一緒だろ。この先も、ずっと」
頭を倒して、頬を理人の枕の上に預けた。ゆっくりとした規則正しい寝息が、そばだてた耳にかすかに届いた。
「ずっと一緒にいろよ、理人」
口にした言葉の重みを、聖司はわかっていなかった。




