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霞の記憶  作者: 七瀬愁
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3/25

どうにかしたかったのは誰だろうか

雨が今にも降り出しそうな夕方だった。


「聖司ごめん」


紗英が俯いて、小さな手を握りしめる。


「紗英?」その声に、紗英はようやく顔を上げた。

帰り道、紗英を家まで送って、彼女の家の前に着いた時だった。


「ごめんなさい」


紗英が、突然涙をぼろぼろ流す。聖司は慰めるより驚きで、動けなかった。


「ごめん、わたし聖司と付き合えない」

「なんで?」


聖司は困惑した。

どうして別れを告げられているのか、聖司には理解できない。また明日ね、と言って別れようとしたところなのに。


「紗英、どうして?」


言えたのはそれだけだった。


「ごめん、わたし、」


紗英は泣きじゃくったままだった。どうして別れを告げられたのかは、わからなかった。ただ、謝罪を繰り返して、付き合えないと繰り返す。

紗英の気持ちはもう自分に無いのだということだけは分かった。


高校生のカップルが別れることなど、日常茶飯事だ。


「聖司には勿体なかっただけだろー」

「そうそう、高嶺の花だったって思え」


友人たちの軽口を聞き流して、聖司は窓の外を見る。

窓からいつも見えていた緑の葉は、もう夏の陽射しはもうどこにも見当たらず、萎びた茶色へと変化していた。


「帰ろう、聖司」


理人はいつものように、隣の聖司に声をかけた。

紗英がいなくなっても、理人は聖司の隣にいた。他の友人のように慰めるようなことは一言も言わなかったが、ただそばにいて同じ空気を吸ってくれていた。


「ああ、うん。帰る」


風の冷たさが、聖司の一抹の寂しさを起こさせる。風で柔らかい亜麻色の髪が目を隠した。

不意に理人の手が伸び、髪を払った。細く長い綺麗な指だった。


「あ、わるい…」

「子どもみたいで可愛いよ」


笑う理人は綺麗だった。一瞬、聖司は彼に見惚れた。


「理人はおれの保護者みたいだよな」


暗に紗英と付き合っているんじゃないか、という聖司の疑心暗鬼から漏れた言葉だった。


「ああそうかも」

「否定しないんだ」

「むしろしっくりときた」


理人の笑みは崩れない。聖司の不安を消す笑い方だった。


「おまえ、紗英と付き合ってないの?」


聖司の言葉に、理人はきょとんとした。


「なんで?」

「え? いや、なんでって」

「俺が彼女と付き合う理由なんかないだろ」


そう言って変わらず、理人は笑顔を向ける。しかし、先ほど浮かべた笑みとは種類が違っていた。


「聖司は、」


理人が立ち止まる。つられて聖司も立ち止まった。


「聖司は俺にあの子と付き合って欲しいの?」

「あの子って…」


空気がひりひりするような気がして、聖司は困惑する。

どうして紗英のことをそんなふうに、突き放して話すのか。


「だって、理人、紗英と仲良かったじゃん。おまえがあんなに女の子と話すなんて、今まで無かっただろ。それに、紗英もきっと、」


そこまで言って、聖司は唇をきゅっと結ぶ。

紗英のことは吹っ切れるには、聖司には早過ぎた。それくらい、聖司にとって大事な恋人だった。

不意に理人が手を伸ばした。そうして伸ばした手は、聖司の髪を撫でた。


「泣くなよ」

「…泣いてない」


俯いてしまった聖司の頭の上から、理人の声が降る。聞いていて心地良い声だと、いつも聖司は思う。

この友人は、見た目だけでなく、声まで良いのだ。


「俺が彼女と仲良くしたいと思ったのは、」


どこか、ぎこちない、物言いをきっぱりしている彼にしては、珍しく歯切れの悪い口調だった。

理人が息を吸った。


「彼女が聖司と付き合っていたからだよ」


俯いたままの聖司は、何故だか聞いてはいけないものを聞いた気がした。

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