どうにかしたかったのは誰だろうか
雨が今にも降り出しそうな夕方だった。
「聖司ごめん」
紗英が俯いて、小さな手を握りしめる。
「紗英?」その声に、紗英はようやく顔を上げた。
帰り道、紗英を家まで送って、彼女の家の前に着いた時だった。
「ごめんなさい」
紗英が、突然涙をぼろぼろ流す。聖司は慰めるより驚きで、動けなかった。
「ごめん、わたし聖司と付き合えない」
「なんで?」
聖司は困惑した。
どうして別れを告げられているのか、聖司には理解できない。また明日ね、と言って別れようとしたところなのに。
「紗英、どうして?」
言えたのはそれだけだった。
「ごめん、わたし、」
紗英は泣きじゃくったままだった。どうして別れを告げられたのかは、わからなかった。ただ、謝罪を繰り返して、付き合えないと繰り返す。
紗英の気持ちはもう自分に無いのだということだけは分かった。
高校生のカップルが別れることなど、日常茶飯事だ。
「聖司には勿体なかっただけだろー」
「そうそう、高嶺の花だったって思え」
友人たちの軽口を聞き流して、聖司は窓の外を見る。
窓からいつも見えていた緑の葉は、もう夏の陽射しはもうどこにも見当たらず、萎びた茶色へと変化していた。
「帰ろう、聖司」
理人はいつものように、隣の聖司に声をかけた。
紗英がいなくなっても、理人は聖司の隣にいた。他の友人のように慰めるようなことは一言も言わなかったが、ただそばにいて同じ空気を吸ってくれていた。
「ああ、うん。帰る」
風の冷たさが、聖司の一抹の寂しさを起こさせる。風で柔らかい亜麻色の髪が目を隠した。
不意に理人の手が伸び、髪を払った。細く長い綺麗な指だった。
「あ、わるい…」
「子どもみたいで可愛いよ」
笑う理人は綺麗だった。一瞬、聖司は彼に見惚れた。
「理人はおれの保護者みたいだよな」
暗に紗英と付き合っているんじゃないか、という聖司の疑心暗鬼から漏れた言葉だった。
「ああそうかも」
「否定しないんだ」
「むしろしっくりときた」
理人の笑みは崩れない。聖司の不安を消す笑い方だった。
「おまえ、紗英と付き合ってないの?」
聖司の言葉に、理人はきょとんとした。
「なんで?」
「え? いや、なんでって」
「俺が彼女と付き合う理由なんかないだろ」
そう言って変わらず、理人は笑顔を向ける。しかし、先ほど浮かべた笑みとは種類が違っていた。
「聖司は、」
理人が立ち止まる。つられて聖司も立ち止まった。
「聖司は俺にあの子と付き合って欲しいの?」
「あの子って…」
空気がひりひりするような気がして、聖司は困惑する。
どうして紗英のことをそんなふうに、突き放して話すのか。
「だって、理人、紗英と仲良かったじゃん。おまえがあんなに女の子と話すなんて、今まで無かっただろ。それに、紗英もきっと、」
そこまで言って、聖司は唇をきゅっと結ぶ。
紗英のことは吹っ切れるには、聖司には早過ぎた。それくらい、聖司にとって大事な恋人だった。
不意に理人が手を伸ばした。そうして伸ばした手は、聖司の髪を撫でた。
「泣くなよ」
「…泣いてない」
俯いてしまった聖司の頭の上から、理人の声が降る。聞いていて心地良い声だと、いつも聖司は思う。
この友人は、見た目だけでなく、声まで良いのだ。
「俺が彼女と仲良くしたいと思ったのは、」
どこか、ぎこちない、物言いをきっぱりしている彼にしては、珍しく歯切れの悪い口調だった。
理人が息を吸った。
「彼女が聖司と付き合っていたからだよ」
俯いたままの聖司は、何故だか聞いてはいけないものを聞いた気がした。




