何かが進む
紗英と聖司は同じ委員会で、同じ時間に帰る機会が多く、夏が終わる頃には委員会がなくても一緒に帰るようになっていた。
紗英は明るく、綺麗な女の子だった。一緒にいるだけで、心が軽くなる、そんな相手だった。
「聖司、わたしたち付き合わない?」
それは自然な流れで、「おれが言おうと思ってたのに」と聖司が言うと「いいじゃん、どっちでも」と紗英が笑った。
付き合ったことは友人たちに、報告した。相手が紗英だと知ると、友人たちは皆羨ましがった。
だが、聖司は理人には何故だか言い出せずにいた。
伝えてしまうと、幻滅されるような、そんな不安が聖司を無口にした。
ある日の放課後に、
「今日も委員会か?」理人が聞いた。
「ちがう、けど」聖司は言い淀む。理人は「誰かと帰る?」
と聖司が言い出せない言葉を、何でもないことのように言った。
「紗英と帰る約束してる」
理人の表情は読めなかった。
聖司が紗英という隣のクラスの少女と距離を縮めているのは、理人も知っていた。聖司からよくその名前を聞かされるようになったからだ。
「そうか」
理人はそれ以上何も言わずに、鞄を持ち立ち上がる。聖司はなんだか理人に悪いような、居心地が悪いような、そんな感情に顔を上げられなかった。
紗英と付き合って、一ヶ月が過ぎた。
穏やかな月日だった。昼休みと放課後、紗英は必ず聖司の教室にやって来て過ごした。ある日、理人が「俺もいい?」彼にしては珍しく、人好きするような笑みを浮かべそう言った。
人懐っこい紗英は興味深けに「いいよ」と言い、聖司もどこか気まずい思いはあったが、断る理由がなかったので頷いた。
理人は話上手だった。機知に富んだ会話を常に提供して、二人を笑わせた。
その理人の変化に気付けば、クラスメイト達も理人を囲むようになった。
東條理人は学年トップの成績で、冷たく感じる綺麗な顔をしていて、大人びた雰囲気で、近寄りがたい。その印象はがらりと変わった。
聖司が紗英と2人でいる時も、紗英の話題は理人に関することが多くなった。
「東條くんが」と言っていた呼び名が、いつのまにか「理人くん」に変わった。
ある昼休みの教室で、いつものように理人と紗英と三人で昼食を取っていた。「飲み物買ってくる? なんかいる?」聖司が立ち上がった。紗英はすぐさま自分の希望を言い、理人は何もいらないと言った。
「俺も一緒に行こうか?」「大丈夫でしょ、聖司も子どもじゃないんだから」
紗英は笑い飛ばしてから、理人の肩を叩いた。
廊下は夏の余韻が強く、日差しが入らない方角なのに、じめっとしていた。聖司はポケットの小銭を確かめ、購買へ向かった。
「あれ、芳賀じゃん。元気?」
「おお、山田。久しぶり」
途中で別のクラスの友人に捕まり、つい長話をしてしまったせいで、結局、教室に帰ってきたのはもうすぐ昼休みが終わる頃になっていた。
紗英の姿はなく、理人は自分の席で本を読んでいた。
「遅かったな」理人が聖司に気付いて、声を上げた。
「んー、途中に山田に捕まっちゃって」
「誰それ」
「あ、一年の時一緒だったやつ。紗英は?」
「先教室に戻るって」
「ふうん、ジュース買ってきたのに。理人飲む?」
聖司は隣の席の椅子を持ってきて腰を下ろし 机に顎を乗せる。本を読む手を止めて、理人は聖司をちらりと見た。
「うん、もらうよ。ありがとう聖司」
嬉しそうな顔をしていた。




