表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
霞の記憶  作者: 七瀬愁
PR
23/25

片一方の約束

理人は長い足を組んで、ゆったりと座わった。黒のスーツは、白のソファの上でくっきりと浮かぶ。どこまでも絵になる人間だ、と聖司は感心して珈琲豆の入った瓶を手にした。

しばらくして、珈琲の良い香りが部屋に流れた。

肘をついて携帯を確認していた理人が顔を上げた。


「熱いけど、どうぞ」

「ありがとう」


微笑んで、受け取る。いつもより大人びた見た目なのに、嬉しそうに珈琲を飲む顔は、どこか幼い。


「今日どこ行ってたんだっけ」

「ああ、新しい事業の取引先と打ち合わせに行ってた。って言っても大学生相手だから、雑談がほとんどだったけど」


ネクタイを緩め、目を閉じて息を吐いた。


「こんなに遅くまで?」

「目下相手だし好き勝手言えて楽しいんじゃない? まあでもそのうち、俺の方が上に行くよ」

「ふうん。でも、あんま変なやつ相手するなよな。おまえ、すごい美人なんだから危ないかもしんないじゃん」


隣に座った聖司は、怒ったような声で言った。


「はは。聖司、心配してくれてんだ」

「するだろ、気になるよ一緒に住んでるんだし。理人はそういうとこ無頓着すぎるだろ。それに遅いのも嫌だ」


聖司が隣を向くと思ったよりも近くに、理人の顔があった。わざとすぐそばに座ったわけではなかったが、友人としては不自然なくらい距離が近い。その距離で見た理人は、声を出すことを忘れるくらい綺麗だった。


「ーーわかった、時間は気をつける」


そう言って、理人は頭を聖司の肩に預けた。ヘアオイルと香水の混じった香りがした。

聖司は気恥ずかしいような、嬉しいような感情がないまぜになったまま肩を貸している。


「聖司」

「ん?」

「おまえ、遥さんと連絡は?」


急な問いに聖司はなんと言っていいかわからなくて、黙り込んだ。

遥からは定期的に体調を気遣うメッセージは来ていた。遥には理人の家に居候していることも、伝えていた。あとはこれといって問題もないこと、当たり障りない内容を送っているぐらいだ。上滑りの会話が文字だけで続く、そんな感覚だった。

昼の誘いを断ってから、遥から会おうとは言われはしなかったし、聖司も言わなかった。


「話し合いとかしてないの?」

「……してない」


一度誘いを断っていることは、理人には言わなかった。


「どれくらい経つ?」

「一ヶ月くらい…」

「早いな、もう冬になるよ」


聖司にもたれかかったまま、少しだけ理人が身じろぎした。


時間の経過は聖司にもあっという間だった。理人の側は心地良かった。高校生の時から何も変わらない。甘やかされている自覚はあった。収入の差が違うの一点張りで、聖司が渡そうとする生活費も受け取らなかった。

その分も含めて収入のほとんどは、遥に振り込んだ。


「なあ、理人。もしかして、おれここにいるの邪魔?」

「邪魔じゃないよ。なんでそう思うの」


頭が擦り付けられる。香りも体温も近かった。疲れてるのだろう、理人は眠そうだった。

早くシャワーに立たせないと、と聖司は思ったが、開いた口は別のことを言った。


「そんな話するから、出て行って欲しいのかなって思って」

「そりゃあ、おまえは別居中なわけだから、気にはなるよ」

「邪魔?」

「だから邪魔じゃないって。聖司がいてくれると嬉しいよ、いつまでもいていい」


ふわりと聖司を見上げて笑った。その顔を聖司は惚けたように見つめる。


「一生いたりしてな」


それから急に気恥ずかしくなって、理人の頭を肩に乗せたまま、誤魔化すように聖司が言った。


「なら、一生いてよ」


理人が目を閉じて言った。


聖司がふと目を開けると、部屋の中は昨夜のままだった。


「…え?」


電灯の灯りではなく、自然光で部屋の中は光で満ちている。テーブルには二つのマグカップがそのまま置かれている。

そしてソファには聖司に寄りかかるようにして、理人がスーツ姿のまま寝ていた。


「え、まじか」


若干肩のあたりが痺れてるのは、一晩中この体勢だったからだろう。それでもすぐに起こさなかった。眠る理人の白い顔が、あまりにも美しかったからだ。

しばらく見惚れてから、聖司は慌てて時計を見た。


「理人、起きて。もう朝だ、八時だぞ。今日おまえの予定大丈夫か?」

「…朝…?」


珍しく理人はぼんやりとして、気怠げだった。

薄く開いた眼差しはどこを見ているのかわからなかった。黒く長い睫毛に縁取られた目が、何度か瞬いて聖司を捉えた。


「あーあ。おまえ、そのまま寝ちゃったからスーツ皺になってんじゃん」

「…クリーニングに出すからいい」

「講義とかは? 大丈夫?」

「うん、ないよ。聖司も同じだよね」

「何で知ってんだよ」

「聖司のことはだいたい知ってる」


当たり前のようにそう言って理人は少し笑った。寝起き特有の掠れた声が、魅惑的だった。長年の親友相手にこんなにも艶を感じるなんて、自分はおかしいのではないかと聖司は考え込む。


「シャワー浴びてくる。それから朝ごはんでも大丈夫?」


立ち上がり、理人がジャケットを脱いだ。


「あ、うん。おれは大丈夫…」

「よかった。ちょっと待っててね」


そのままシャワールームへと向かう理人の背を見送って、聖司は「なんか…緊張した…」と脱力した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ