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霞の記憶  作者: 七瀬愁
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通じたのだったら嬉しいのに

浴室から出て来た聖司は、いつも通り理人の服に袖を通して、リビングへと向かった。時計を見る。午前零時。今日の帰りは遅いとは聞いていた。遅いと聞いていた以上、連絡する理由はなかった。


先にベッドに入ろうかと考えて、それでもソファに座り直す。携帯を眺めたり、テレビを付けたりと繰り返して、何か飲もうとキッチンに立つ。


開いた棚の中には、珈琲豆、紅茶や日本茶の茶葉類、リキュールなどが整然と並んでいる。


「ひとり暮らしの大学生のキッチンと思えないよな」


そう呟いてから、もしかして自分が来てから整えたのだろうか。そのほうが腑に落ちる気がした。

勝手に触るのも悪い気がして、扉を閉める。

冷蔵庫の中を開ければ、果物のジュースが何本も置いてある。みかん、りんご、桃に、ぶどうと選び放題だ。


「いや、本当におれのなのか」


聖司の好きなものだからと言って、理人がここまで用意しなければならない理由にはならないだろう。

結局、何も手にすることなく、ソファに戻る。

そして、はた、と聖司は理人の帰りを待っている自分に気付いた。


何で待ってるんだ?


浮かんでばかりの疑問符が頭の中を占拠する。


それから昼間に繋いだ手を思い出した。ベッドの上で寄せ合った顔の高さ、抱き締められた腕の中。泣いている同性の友達を抱き締めようなんて、聖司は考えたこともない。


しかし、相手が理人なら別だ。ーー理人も同じなのだろうか。


夜は変なことを考える。

さっさと寝てしまえばいい。理人から待っていて欲しいなんて言われていないし、思われてもいないだろう。それでもベッドがやたらと遠く感じて、リビングを離れようと思えず、灯りはつけたままだった。


何をするでも何を飲むわけでもなく、聖司がソファの上で1時間ほど過ごした時、玄関の方で鍵の開く重い音がした。




「おかえり、」

「起きてたの?」


部屋に入って来た理人は、立ち上がって迎えた聖司に驚いたようだった。

スーツを着てきっちりネクタイを締めた理人は、少し長めの黒髪も後ろにあげていて、贔屓目に見ても上品で美しかった。

顔は少し疲れて見えた。


「いや、なんか、眠れなかったから」

「もしかして待っててくれたの?」

「…かもしれない」


照れ臭くなって、聖司は曖昧な答え方をした。その答えに理人は、ぱっと顔を明るくした。そんな子どもみたいな表情を見たことがなかったので、聖司は驚いた。

「えっと…理人、なんか飲む?」

「じゃあ珈琲入れて。今日はおまえの淹れた珈琲が飲みたいとずっと思ってたんだ」


「わかった。あ、あとさあ、棚のところのお茶とかって使っていいやつ?」

「いいよ。この家の中のものは、おまえの好きにしていい」


さらりと言って、理人はソファに座る。


「好きにしていいったってさあ。おれのじゃないし、あんまり勝手なことは出来ないだろ」

「じゃあゆっくりと慣れていってくれたらいいよ」


その顔があまりにも優しかったので、聖司は何も言えなくなった。

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