きみのことをずっと
同窓会の通知が来たのは、冬の始まりだった。クリスマスや忘年会シーズンを避けるように、気候の良い土曜日が選ばれていた。
「遅くなると思う」
「うん、わかった。わたしも出かけるところあるから遅くなると思うし、大丈夫」
「そっか」
子どものことで相違があってから、遥と聖司はぎこちない間柄になっていた。夕食時に笑って一日の報告はし合うが、それ以外の時間を遥は自分に使うようになっていた。
一緒にいるのにどこかよそよそしい、それは寝室が一番顕著で、聖司の夜の要求に拒絶する回数が増えた。
何より、子どもの話を遥はあれ以来、してこない。
聖司はほっとする反面、見放されたような気持ちになる。
だからと言って、親になる覚悟は持てないままだった。
携帯には次々と会場に到着したメッセージが届いた。
その中には、紗英の名前もあった。久しぶりに見たその名前に、懐かしさを覚えた。
マフラーを巻いて外に出る。ひんやりとした空気が、身体を包む。「さむ、」聖司は俯いて、マンションを出た。
着いた会場では、既に人がひしめき合っていた。一学年丸々の同窓会ということもあり、不参加の人数もそれなりに多かったはずだが、まるでパーティのような様相だった。
顔見知りがいないか、聖司はあたりを見回した。
「聖司、やっと来たか」
懐かしい顔触れがあちこちにあった。
聖司の結婚式に来てくれた友人たちもいた。
数年振りとは思えないほど、話に花が咲く。まるで高校生に戻ったかのように、次から次へ話が盛り上がり尽きなかった。
「あれ、東條は? 来るよな、我が校きっての王子様」
「理人はあとから来るよ」
聖司が苦笑いした。
「俺ら、最後まで下の名前で呼べなかったよな」
「あーわかる、恐れ多いってああいうこと言うのな、あそこまで顔も頭も良ければ嫉妬も湧かねえ」
「聖司くらいだよな、空気読まないでガンガン話しかけて、結局懐入れたの」
「それ、褒めてるのか?」
「感心してんだよ、いまだに」
友人の一人が嬉しそうに、聖司の肩を叩いた。
「久しぶりだね」
不意に声を掛けられ、振り返った。
「…紗英?」
「うん。そんな変わらないでしょ」
聖司の記憶にある紗英は、とにかく明るく活発だった。
今目の前にいる紗英は、落ち着きを見せていた。
「いや、変わっただろ。大人になった」
「なにそれ、人を老けたみたいに。聖司は変わらず可愛いよね」
そう言って、紗英はころころと笑う。笑い方は変わっていなかった。
「その“可愛い”はほんと嫌だ」
「何でよ、聖司のセールスポイントだよ。あ、今日って理人くん一緒じゃないの?」
「あとから来る。今日どうしてもやらなきゃいけない投資家向けのプレゼンがあるらしくて」
「へー。聞かなくてもどんな生活送ってるか想像つくね。でも彼、来るんだったら良かった、あの顔は見れるなら見ときたいもん。相変わらず美人なんだろうなあ」
聖司からすると、紗英も綺麗だった。高校生の時も、派手な容姿だったが、今はさらに垢抜けて綺麗に見えた。
「うん、理人はいつでも綺麗だ」
「なにー、その自慢。聖司って高校のときもそうだったよね。理人理人って子猫みたいにじゃれついて。ずっと大好きだったもんね」
しばらく高校の時の話をした。聖司が結婚したことは、紗英も人づてに聞いて知っていた。
紗英自身も、近々結婚するのだと嬉しそうに話した。
紗英は、純粋に昔を懐かしんでいるようだった。
しかし、ふと、目の奥が翳った。
「紗英?」
どうした?と聞く聖司を困ったような笑みで制した。
それから急に声のトーンを落として、「理人くんも聖司を大切にしてたよね」と言った。
聖司はどういう意味かはかりかねて、紗英の言葉の続きを待った。
「私はね、聖司は可愛くて好きだったけど、本当は理人くんが好きだった」
「あー…」
何も言えない聖司をちらりと見て、紗英は「性格悪い女でしょ」と眉を下げて言った。
「だから、何度か誘ったことがあるの。デートとか、私の家とか。もちらん、断られたけど」
「そっか」
聖司は視線を落とし、何となくわかっていたよ、と笑おうとしてやめた。
「今思うと最低なんだけど、あの東條理人と仲良くなれて、勘違いしてたんだよね。もしかして、私のこと好きなのかなって。もしかして付き合えるのかなって。理人くんは私と仲良くしてたんじゃなくて、私が聖司の彼女だから良い顔をしてただけなのに」
笑いながら話していた紗英の声が、震えた。聖司は紗英の顔を見ることが出来なかった。泣いているんじゃないかとさえ思った。
「もういいよ紗英」
「良くないの。私、ずっと聖司に謝りたかった。最低な女だって。だって、私は聖司を傷付けた。ごめんなさい」
「いいんだって。昔のことだろ」
「…聖司は、相変わらず優しいんだね」
優しくなんかない、と聖司は胸の内で答える。
自分は自分に優しい人間が、とことん好きな駄目な人間だ。あんなに優しい遥が背を向け始めても、それでも自分の手を伸ばすことさえ出来ないでいる。
そんな、駄目な人間だと、聖司は自嘲する。
「おれは、理人のほうがよっぽど優しいと思う」
ふ、と紗英が笑みをこぼして「違うよ」と言った。
「違うよ。理人くんってね、聖司以外には誰にも優しくなかったよ」
目を細めた紗英が、優しい顔で聖司を見た。




