だってきみも望む
理人といると、自分で何も考えなくてすむ。
それが良いとか悪いとかではなく、聖司は理人といると気が楽だった。理人は聖司の居心地を良くしてくれる。
元来、聖司は人が好きだ。生まれ育った家庭が居心地が悪かったこともあり、外で愛される術を自然と身に付けた。それでもどこかで無理をしていた自分がいることを、理人と出会って気が付いた。
『お兄ちゃんって呼んでくれてもかまわないけど』
あの理人が、冗談めかして言ったことがあった。
本当に兄だったらと思うこともある。
きっと自分たちは、仲の良い兄弟だっただろう。
どんな自分を見せても、理人は離れていかない。それを聖司は、肌で感じるようにさえなっていた。
家族のようだ、と。理人もそれに近い発言を、よく口にした。
何より理人のマンションに入り浸るようになってから、生活を共有する時間が増えたせいだと聖司は思った。
理人が作る食事はどれも美味かった、胃袋を掴まれる、という言葉があるが、聖司はそれを実感していた。
結婚したらこんな気楽な関係は難しいだろう。来ることは難しくても、理人との間は変わらない。聖司にはそう思えた。
学部が違うにも関わらず、理人は聖司の予定をよく把握していた。昼を取ろうとすると、いつの間にか現れるし、ふと時間が空いてカフェへ行こうとすれば、「聖司今どこにいる?」と連絡が入る。
遥にも理人の話をするたび、「どれだけ仲良しなの」と呆れた顔をされることも多かった。
ただここ最近は、仲間内数人で起業したとかで、忙しそうだった。
留学生向けのインフラ支援から始まり、SNSを使ったコンテンツを売ったり、アプリの開発をしている、とだけ聞いたものの、詳細は知らない。
一緒にいるのに、知らない理人の一面や聖司の知らない交友関係が増えていったのもこの時期だった。
いつか、時間さえも共有出来なくなる日がやってくる。当たり前の未来に、聖司は胸の奥が重くなる。
「聖司、新居は決めた?」
「ううん、まだ。遥は今住んでるところでもいいかなあって言っててさ」
「そうなのか? 実はコミュニティに不動産関連の人がいてさ、ちょうどさっき、築浅の良い物件教えてもらったところなんだ。せっかくだから見に行ってみたら?」
携帯を取り出しながら、理人が言った。
「いつ?」
「今日でも。本当に良い物件だから他に取られる前に、見るだけでも見ておいたらいいんじゃないかな。ほら、これなんだけど」
携帯画面を指先で聖司に示す。
「え、すごい綺麗じゃん」
「うん、リノベーションもちゃんとしてるし、駅近の割には家賃も安いと思う」
「これって住所どこ?」
理人が素早く携帯を操作して「ここらへん」と、マップを提示した。
「へえー、良い場所じゃん。…あれ? ここらへんって」
にこり、と綺麗な笑みを理人は溢した。
「ああ、俺のマンションの近くだね」
内見に行って、遥はすぐに気に入ったようだった。
「すごく綺麗じゃない。本当にこの価格で合ってるの?」
「家賃はまちがってないよ、それは何度も確認してるから」
「じゃあここにしようよ、聖司。ここらへん実は住みたかったの、夜も明るいし、利便性も良いし」
遥が嬉しそうに笑う。その笑顔を見ただけで、聖司は心が温まる。
「わたし、契約してくる」
ここで、もうすぐこの人と新しい生活が始まる。自分の家庭が持てるんだ。そう思うと、聖司は胸が高鳴るのを抑えきれなかった。




