議会
サザビーは目を見開き、硬直したように動かなくなる。
何かまずいことを言っただろうか。
さっきまで対応を誤り続けたせいで、自分の言葉に自信が持てない。
言葉を付け足そうかと思ったが、これ以上、地雷を踏まないようにするため黙っておくことにした。しかし、何もしないのも落ち着かず、せめて出されたお茶を飲むことにする。ごく少量を口に含み、痺れも変な風味もないことを確認すると、茶を飲み込んだ。
そんな俺の様子を窺っていたマクベスは、異常が現れないと確認すると、茶を飲み始める。そして、「このお茶美味しいですね」と笑顔を向けてきた。
護衛を殴りたい欲求に駆られたが、ぐっと堪えてサザビーの反応を待つ。
「議会を興す……とは、どういうことでしょうか?」
固まっていたサザビーは、ようやく口を開いた。
「議会を知らない?」
「いえ、この国にも他国にも議会はありますので、存在自体は知っています。新たな制度、継承権、戦事、国の重大事を決めるために、各地の有力貴族を召集して諮問する場ですよね?」
知っているじゃないか、と頷くと、サザビーは首を傾げた。
「王家の力が弱まり、各地の貴族の裁量で決められるようになった、ここ数十年間に、議会は一度も開催されていません。そんな淘汰された催しを、どうして今、作ろうとなさるのですか?」
サザビーが硬直していた理由がわかる。議会を作る、ということの意図が見えないからだろう。おそらく、彼が思い描いているのは、この国で開かれた議会。俺が考えているものとは、参加者がちがう。それさえわかれば、意図も理解できるはずだ。
「今だからこそ、領民が参加できる議会を作らないといけない」
サザビーは再び目を見開き、硬直した。
二度目の反応だが、今回は正確に意図が伝わった、と感じる。すると、急に怖くなって、心臓が早い鼓動を刻み始めた。
急に全員が無言になり、緊張感が漂う。良いはずのお茶の香りは鼻腔を刺し、隙間風が入り込む音が煩いくらいに聞こえだした。隣にいたマクベスも変化を感じ取ったのか、呑気な表情から不安げなものに変わっている。
この案についてどう考えているのか、と表情を窺うために、サザビーと目を合わす。するとサザビーは、ぶるりと震え、口を開いた。
「なるほど……クリス様の意図は理解できました。籠城を行う上で、士気を下げず、特別徴税を行うために、領民から賛同を得て、税制を通そう、というのですね」
やはり、正確に意図は伝わっていたようだ。
領民達自身が領の舵を取れる議会を作ることで、領内の支持を集める。そして、その議会を守るためという名目で、徴税など戦争に関わる政策を通すことが目的だ。
「そう。領民の士気を下げないように徴税するには、議会を通して領民自身に特別課税の案を決定させるしかない。だからサザビーには、議会を作るにあたって、商人たちに話を持って行って欲しいんだ」
そう言うと、サザビーは目を閉じ、考え込むように俯いた。
「それには、我々商人も……いや、だからこそ私に話を持ちかけた。商人が領内の制度に口を出せる場ができるとすれば、どれほどの恩恵を得られるか……」
サザビーは顔を上げる。
「確かに、私どもにとっても、大きな利があるようです。商人達も、成るとすれば、ドレスコード家に残り、支援を惜しまないでしょう」
「じゃあ、協力してくれるってこと?」
問いかけると、サザビーは首を振った。
「あくまで議会が成立する場合です。商売はある種の賭け事ですが、商人は勝つ確率の高い賭けにしか乗りません」
「と、いうと?」
「当たり前ですが、議会は人が集まり、支持を得てこそ成立するもの。クリス様は、領民が、領内の舵を領民が切れる、ということに魅力を感じるとお思いでは? 確かにそれは魅力的ですが……」
「いや、そうは思っていないよ。マクベス、自分たちが領の政策を決める一員になりたいか?」
急に振ったにも関わらず、マクベスは間髪あけず口を開いた。
「自分はもとより関わる立場なので、そうは思いません。本当に思いません。不眠不休で働いた末に却下されれば水の泡、決まったら決まったで成功するかどうか心配で夜も眠れない。今の自分の状況ですら苦しいのに、そんなこと絶対にやりたくないです」
「それは、ごめん。マクベス、私情はおいておいて、できるだけ第三者目線で答えてくれ」
マクベスは少し考え込んでから話す。
「違う立場であったとしたら、理解ができないかもしれませんね。あまりにも遠い話で、想像もできないと思います」
聞きたい言葉が聞けたので、サザビーを見る。すると、頷きが返ってきた。
「そうです。領民達からすれば、決まったことに従うことが当然。だからこそ議会に魅力があるのですが、その魅力を伝えるということは、非常に難しい。ですが、魅力を感じさせなければ、人を集められず、議会は成立しない」
「うん。その問題は勿論わかっている」
「では、何か対策を?」
「幸か不幸か、今領主館には王女がいる。魅力の伝え方はまだ練習中だけど、王女の言葉なら耳を傾けてくれると思う」
サザビーは眉間にシワを寄せ、考えるそぶりをした後で口を開く。
「……一週間後、王女様に演説していただくことは可能でしょうか? それさえしてくだされば、全面的に協力いたします」
護衛の面で大丈夫か知るため、マクベスに視線をやる。
「サザビーさん、それはどの程度の規模になりますか?」
「取り敢えず、町の住民相手に演説して頂きたいのですが……」
「ならば大丈夫です。常日頃から十分に取り締まれていますし、王女様の警備を固めれば問題ないでしょう」
マクベスに限らず、家の従士たちは、俺を舐めていて甘えてくるので、どうしても頼りなさを感じてしまう。だけど、今まで治安維持などの本業に関して問題を起こしたことがないのだ。マクベスが言うのなら、本当に大丈夫なのだろう。
あとは、アリスの問題だけ。本人がいない場で勝手に決めるのもなんだが、そもそも議会を作るためにユリスが教育を施している。だとすれば、教育の一貫で、目的をアリスに伝えているはずで、了解も得ているはずだ。
そう考えたとき、ユリスに鞭でぐるぐる巻きにされ、廊下を引きずられていくアリスの顔が思い浮かぶ。目には涙をため、大声で何か叫んでいた。
憐憫を覚えるが、それがアリスの命を救うことに繋がるのだ、と自らを騙し、そんな思いを追いやる。
「わかりました。その条件を飲みます」
そう言うと、サザビーは握手を求めるように手を差し出してきた。
「交渉成立です。それでは、一週間後……一週間後は絶対にこないと不味いですからね?」
俺はぎこちない笑みを浮かべて、サザビーの手を握った。





