手紙1
サザビーとの交渉を終えて帰宅すると、家の門の前でハルと鉢合わせた。
「おっ、クリス様」
「や、やあ、ハル」
「クリス様も外に出ていたのか?」
「えっとまあ……うん」
ハルは明るい口調でそう尋ねてきた。
顔を合わせたのは会議以降で初めてだ。いじけているか心配していたけど、どうやら、喜憂だったようである。
ただ、議会について、会議の時に共有できたのはユリスだけ。サザビーとの交渉が成功するかわからなかったのもあり、あとはマクベスにしか伝えていない。つまり、ハルは議会を担当することを知らないのだ。
「あ、そうだ、見てくれよ」
そう言って、ハルは持っていた鞄から書類を取り出した。
「それは?」
「各国に送る使者と契約してきた。ついでに物資や馬車、諸々の手続きをしておいた」
ハルに差し出された書類を受け取って目を通す。経費や使者の経歴、そして契約条項が書かれている。
パッと見なので正確な判断はつかない。だが、見る限りでは、使者にも物資にも問題がないように思える。
「ありがとう。昨日の今日なのによく準備できたなあ」
そう言うと、ハルはニコニコと話し始めた。
「従士から使者に志願する奴がいたり、ピアゾン、アルカーラの子女を送った時の伝手が使えたりで、とんとん拍子で話が決まったんだ。いや〜、ほんとうにツイてたぜ」
どうやらご機嫌な様子だ。今ならば、議会の仕事を押し付けても文句は言われないかもしれない。
「それは良かった。じゃあ……」
「昨日、難題を一瞬で押し付けられて、不貞腐れてやろうかと思ったんだよ。だけど、文句も言わず、真摯に仕事に取り組めば、こうやってツキも回ってくるんだな」
「……うん」
「いやあ、迷信だと思ってたけど、善い行いは自分に返ってくるっつーのは本当だな」
「……カモネ」
「それでクリス様、いつ手紙を送るんだ? 早く仕事終えた分、少しだけ休みたいんだが」
「……手紙が出来次第、送ることにするよ。だからハルは、それまで休んでいていいよ。ゆっくり休みな」
そう言って慈愛の眼差しを送ると、ハルの表情が凍る。
「な、なあ、クリス様。急に優しくされると怖いんだが」
「気にしないで休んでくれ。じゃあ、手紙ができたら、次の仕事を伝えにいくから」
俺はそう言い残し、走って玄関へと向かう。
「あ、おい!」
背中に届く声を無視して、景色を後ろに流し、風を切って走る。
無理だ! 罪悪感に耐えられない!!
現実から逃避するため、ベッドの中へと急いで走る。
玄関の取っ手に手をかける。思いっきり引いて開ける。中から出てきた暖かい空気に包まれながら、室内へと入る。視界の中に、目にハイライトが入っていない少女が飛び込んでくる。
「私、ハーレムヒュドラ。水たまりで泳ぎたい」
玄関の扉を閉じて外に出る。
太陽の日差しに焼かれて熱い。けれども、暑さはなく、初春の冷たい空気に冷えた体には心地よい。
庭の青々とした芝に目を移す。喧騒な日常が脳内からゆっくりと消えていく。心の安らぎを覚えると、なんだかお腹が空いてきた。今日は外でお昼を食べようか、紅茶は冷たいものにしようか、それとも温かいものにしようか。
俺はぐっと腕を上に伸ばした後、深呼吸をする。
さてと、現実に向き合おうか。
「ハル、さっきの話はなしで。次の仕事について話があるから、自室で待機しておいて」
俺の奇行を見て唖然としていたハルにそう言い残し、扉を開いて館内に入る。そして、玄関前にいたアリスに声をかけた。
「大丈夫?」





