動き
妹に励まされたにも関わらず、ハルは項垂れてしまった。兄としてそれでいいのだろうか……なんて思える筈もなく、痛ましい姿を見て申し訳なくなる。
何と言って慰めようか迷っていると、ちょいちょい恨みがましい目を、ユリスにではなく、俺に向けてきたので、心置きなく目を背けて次の話題に入ることにした。
「北方はユリスに任せるとして、次に戦力を広げないようにするには、その他の貴族にも何かしら手を打たないといけない」
「そうですね。元々、公爵は宰相側のトップ。オラール家に近しい家や宰相側にいた貴族は、件の黒幕が誰か気付いていても、馬鹿なフリして公爵側につくでしょうね」
「公爵に味方する以上の利がないと、自然にそうなるだろうなあ」
「どうして人ごとのように言うんですか?」
ジオンが呆れたようにため息をついた。つられてため息が漏れる。そんな息が部屋に溜まったせいなのか、どんよりと重たい空気が流れる。
暗殺された宰相に対する忠誠心から、反逆者オラール公爵を討つ、と奮起してもらいたいところ。だけど、現実そう甘くはない。宰相側の貴族は王族と敵対の立場を示していたのだから、王族側で厚遇される可能性は薄いと考え、公爵につくだろう。
まあそんなわけで、彼らに対して何らかの利を示さないといけないのだけれど、良さげな手段は今も思いついていない。
ああ、またため息が漏れそう、というか漏れた。部屋の空気が、どんどん淀んでいくように感じる。
「はあ……」
ユリスはそんな空気に呆れたのか、性質の違うため息をついた。
「くよくよしても仕方ありません。派閥選びの際に十分調べがついているのです。宰相派の貴族に対しては、可能性がありそうな所を総当たりするしかないのでは?」
「そうするしかないよなあ……」
「はい。宰相派が期待できないのは元々です。問題は王族側についてた貴族では?」
ユリスに頷いて答える。
「うん。王族側の貴族に援軍を要請できれば、二つ目のやらなきゃならないことも解決するんだけど……」
「王が倒れ、諸外国に王女以外の王族がいる状況下ですからね。末の王女の存在だけで、援軍を請えるとは思えません」
「そこなんだよね……。元々ユリスが言っていたように、アリスを旗頭にした所で援軍を望めないかもしれない」
「はい。同時に消えたクリス様、伯爵、候爵令嬢が確認されれば、王女の生存自体は証明できるでしょう。でも、できた所で、って話です」
ユリスの言うように、アリスの存在証明自体は問題ではないのだ。
ピアゾン、アルカーラ家は、娘の帰還によって知れる筈なので、両家、そして彼らに付き従う貴族に対しての心配はない。他の貴族も、侯爵、王族を慕っていた貴族達が王女生存を踏まえて動く姿を見て、生存を把握するだろう。
だから問題は、アリスのために戦ってくれるか、ということ。末の王女のアリスは他の王族が帰ってくる場所の目印にしかならない。求心力としては弱く、手柄を約束するには地位が足りない。援軍を請うには不充分である。
「では、二つ目の援軍の問題は如何なされるのですか? アルカーラ家は不確定かつオラール家に接しており、ピアゾン家は帝国の対処で忙しい。助けにくる可能性は希薄だと思いますけど」
「うん、だから他の貴族をあてにしなきゃいけない」
そう言うと、ユリスは首を振った。
「仮に王族側で、なおかつ余裕のある貴族が援軍を送ってきたとしても勝てる保証はありません。そもそも、公爵が勝つと踏んで、宰相側に寄っていたことをお忘れですか?」
「というわけで最初、いい関係を築けているヤクトに話を持っていこうと思ったんだけど……」
話している途中でハルに口を挟まれる。
「それは無理な話だ。王位を決める争いにトーポ帝国が絡んでいる今、他国が援軍を寄越すとなると、代理戦争に発展する可能性がある」
「だよね。ヤクトがその戦争を呑んだとしても、援軍を送るか否かのことで揉めてしまうと思う」
「彼らが戦争の準備をし始める頃まで、ドレスコード家が残っていればいいですね」
「本当にね、はははは……」
乾いた笑いが出ただけなのに、皆から冷たい視線をぶつけられる。
いたたまれなくなったので、『こほん』とわざとらしい咳をして、考えてきた案を話すことにする。
「ま、まあ、そんな事情を鑑みて、俺が出す案だけど……国外にいる王族に一斉に帰ってきてもらう、という案を出すよ」
そう言うと、全員がそれしかないよなあ、といった表情で頷いた。どうやら全員が同じ意見だったようだ。
王族に帰ってきてもらう、ということは二つの意味を持つ。
一つ目は、アリスでは足りない求心力として働いてもらい、二の足を踏む王族側を味方につけるという意味。もう一つは、国外からの援軍を望むという意味だ。
結局国外から援軍を頼むのなら、ヤクトと同じで時間がかかる、と思うかもしれない。しかし、ヤクトと他国では決定的に違うところがある。それは、王族を抱えている、という点だ。
姫を抱えているのなら、婿入りして領土の継承権を主張したり、王子なら、摂政として実質的な支配をしたりだとか、歴史の中でよく聞く話だけでも、王を擁立することに散々のメリットがある。だから、歴史の例にもれなければ、王族の帰還を名目に、恩恵を得るため援軍を送ってくるだろう。
さらに、複数の国に王族がいるため、他国は自らが抱える王族を立てようと動く。結果、他に王族がいる国の先を越そうと動くため、援軍を送る競争が生まれるわけだ。
「そうですね。では、できるだけ早く、使者を送らなければなりませんね」
「うん、手紙は書くとして、あとは任せて良いかい?」
そう言うと、ユリスは頷いた。
「かしこまりました。兄がお引き受けします」
自分のことのように仕事を引き受けたユリスに、ハルがぽかんと口を開けた。
「じゃあ、解散!! 戦争の準備は後で担当に指示するから!」
俺はハルが不平を言い出す前に、会議室から逃げ出した。
***
「と、いうわけなんだけど……」
客室にいるアリスに会議の内容を説明すると、首を左右に振られた。
「いや、ややっこしくて、わけわかんない」
「うん、だよね。まあアリスは、王族を呼び戻すってことと、税金を徴収するために色々頑張るってことだけ覚えてくれればいいや」
アリスはこくりと頷いて、俺の背後へと視線を移す。
「で、なんでメイドがここにいるわけ?」
尋ねられたユリスは、すっとした唇を開いた。
「貴方に手伝っていただきたいことがありまして」
「え、えっと、私も何もせずにいるのは心苦しいし、何かしたいと思ってたから、手伝うのは全然いいんだけど……」
「それなら良かったです。貴方には、王女として仕事をしていただきたいのです」
「え、あーうん。言っていることはわかる。わかるんだけど……」
アリスはそう言いながら、ユリスの手元に視線を向けた。ユリスは『何か変なことでも?』と言いたげな表情で、手に持っていた物を持ち上げる。
「どうして鞭を持ってるの?」
ユリスはキョトンと首を傾げた。アリスは、返答がこない、と理解したのか、目で俺に『説明しろ』と問いかけてきた。
「……仕事する上で、アリスに色々勉強して欲しくて」
目を逸らして答えると、アリスは顔を青ざめさせて叫んだ。
「私に鞭打って勉強させるの!? 比喩でなく鞭を打つの!? 王女に鞭を打つの!?」
「だ、大丈夫だって。ちょっと時間がないから厳しくはなるけど、ユリスも無茶はしないって、ね?」
ユリスの方を見ると、愉悦というかなんというか、とにかくいい笑顔をしていた。
「いや、これはダメ!! 私、嫌!! なんか知らないけど嫌!!」
「落ち着いてアリス! 俺はずっとユリスの教育を受けてきたけど、ピンピンしてるから!! 一番悪かった時でも、自分をハーレムケルベロスだと錯覚したり、常時ハモを湯引きたくなるくらいだったから!!」
「怖い!! 一個もわかんないけど、ただただ怖い!! 私、絶対嫌だから!!」
室内に叫び声が響き渡った。
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