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「わたしは逃げないよ、どこへ連れてゆく気だ?」
最初は抑えてあった手も、もはや口を押さえることに使われていない。篠塚桃花を抱きかかえるようにして、暗闇の中を進んでいく。
「とにかくおろしてくれ」
その要求が通じたのは、かなり後になってからだ。人ごみはすでになく。周りはほとんど暗闇。今目の前の人物でさえ、知っているものでなければ判別が付かないほどだ。
「お前は危険だ」
その暗闇が答える。
「そうかしら」
「お前はわたしを疑っている」
「いいえ、疑っていない」
「嘘をつくな」
「疑う必要もない。お前しかいないと確信している」
「だから、お前を生かしておくことはできない」
「それはやめたほうがいい」
「命乞いなど聞かん。くだらない」
「お前は今凶器を持っていない。それに、これだけ人が多いところでわたしをさらっている。わたしを殺せば、それだけお前が不利になるだけだ」
「構わない」
「構ったほうがいい。なぜなら、わたしはお前だと確信しているが、まだ他の誰もお前を疑っていない。それに、率直に言うと、わたしには凶器がどこにあるのか分からない。可能性はあるけど、おそらくもうそこにはない」
「お前はもう暗号を解いたのか?」
「まだ試していないけど。わたしで四人目かしら、神田勇治郎を含めて」
「わたしは解いていない」
「けれど答えを知っている」
「お前は危険だ」
「二つの事件を並べてみれば、その類似性にすぐ気がつく。けれど、それが危険」
「お前は危険だ」
「凶器はどこに隠したの?」
「知らない」
「もう、お前の手元にないということね」
「そうだ」
「なら、お前を疑うものは現れない。少なくとも、わたしが生きている限りは」
暗闇から返事はない。
篠塚の鼓動は恐ろしいほど早い。
恐い、
恐い。
泣いてしまいそうだ。
けれど、それは隠さなければならない。
今、ここを抜け出すためには。
暗闇から悪態が聞こえる。
人ごみまでは、少しある。
篠塚の足ではすぐに追いつかれてしまうだろう。
「くそう、くそう!」
「さようなら。わたしはもう帰らないと」
「待て!」
「遅くなると疑われるのはお前だ」
「くそう、くそう!」
繰り返し、暗闇は苦々しい音を出し続ける。篠塚はもう一度言う。
「さようなら」




