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「うーん、1から8まで全部掛けてみるとか?」
「それでも、2、3が6の6、4で24でしょ。えーっと、120に6で、720。それから……、計算機は?」
「7掛けて5040に……40320。ほら、5桁。040320でいいんじゃない?」
「それはもう試したのよ」
「よねぇ」
夏休みが始まって間もない頃に、神田珠は友達の御堂聖子と坂井寧々を家に招いて、神田勇治郎が残した暗号について話し合っていた。話し合う、と言っても議論には届かない。
三十六枚銅貨の詩の中に出てくる数字を適当に拾っているだけだ。ただそれでもマメな性格な珠は、過去に試した数字を全部記入してある。分かっているのは、この詩の中に隠された八桁の数字を金庫に入力すれば金庫が開く、ということ。そして、金庫を開けた人にその中身が与えられる、ということだ。さらに幸いな事に、その対象は三人に絞られている。この家に住んでいる、勇治郎の孫だ。長女である神田妙。長男である神田隆志。そして珠の三人だ。平等のために、三人で一日一回ずつ数字を合わせることにした。もっとも、一日一回というのは、金庫の仕組み上のためでもある。
妙や隆志がどのような数字を入れているのか分からない。が、少なくともまだ開けたという情報はない。純粋な学力が必要なものであれば、圧倒的に長女の妙が強い。すでに大学に入学しており、その上数学科に進んでいる。珠は中学であるが、隆志は高校生だ。それでも、暗号となれば珠にも十分にチャンスはあるだろう。
「早十の五倍とか、いかにも怪しい数字入ってるしねぇ」
「いかにもっていうのはきっと関係ないんだよう」
「いやいや、そう見せかけて……」
終始こんな感じだ。三人共疲れて部屋の中央に置かれた丸いテーブルにもたれかかっていた時に、突然部屋の外から「バァン」と大きな音が響いた。びっくりして三人同時に顔を上げる。
「な、何?」
「わかんない。風かな?」
「えええ、今の風の音?」
「そうじゃなくて。風が扉を閉めたのかなって」
珠は驚いた顔の二人に続けて説明する。
「うち、分かると思うけど、もう本当古いんだよね。ところどころはほら、ちょっと新しくしてあるけどさぁ。でも時々あるのよ」
「そっかー。でも今のってその音かなぁ?」
寧々の疑問に珠も同意する。今でも耳に残るような、大きな音だ。もっと弾けるような、何かがぶつかったような音だった気がする。
「じゃあ、外からかも。事故とか」
「そうかも。うん、そっちのがそれっぽい気がする」
「大丈夫かなぁ?」
「どうだろう」
珠は立ち上がると部屋の窓に近づいた。カーテンを開けて、閉まった窓から外を見る。が、それらしい様子は見えない。もっとも庭が広いせいもあり、周りの道路の様子がほとんど見えないせいかもしれない。聖子と寧々も同じように、珠の背後から窓の外を見ている。
「どこかそれっぽいところ、ある?」
「分からないよぅ」
「行った方がいいかなぁ?」
「うーん、私たちが行く必要ないんじゃない?」
「そう?」
「近くなら家政婦が確認するだろうしね」
珠がそう答えた時、今度は明らかに悲鳴と分かる声が響き渡った。




