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パーフェクト・ナンバー  作者: なつ
第三章 事件の再構築
13/33

 1

 明かりもほとんどなく、薄汚い六畳ほどの部屋。左右には古めかしい調度品が置かれ、一層部屋を狭くしている。中央に置かれた楕円形のテーブルの上に置かれたカップの位置だけが、かつての彼の威光を表現しているようだ。

 篠塚桃花は、対面に座っている老人を見た。着ているものも古めかしく、腕を組み、起きているのか、眠っているのかすぐに判断できない。これが、あの本を書いた男なのであろうか。あれほどまでに洗練された論理を、本当にこの男が作り上げることができたのであろうか。

 それとも、この男は自分の限界をすでに悟っていたからこそ、あのような愚かな、そして陳腐な遺書をすでに残しているのかもしれない。

「座りなさい、お嬢さん」

 男はわずかに顔を上げると、しわがれた声を出す。すでに髪はなく、顔中に刻まれた皺が、男がすでに世を去った老人であることをうかがわせる。

「お前にわたしと座って話すほどの価値がある?」

 ハスキーな声で篠塚が答える。が、男は返事をしない。篠塚が座るまで、これ以上口を動かす気がないとでも言うように。二度、篠塚は首を振ると、ペチコートのように広がったスカートを軽く抑えながら、男の対面に腰を下ろした。

「まだここに来てそれほど時間が経っていないのであろう、よく気がついたな」

「神田勇治郎、お前の本は何冊か読んだことがある。こうしてわざわざ出かけてきたのだ、お前の消息が分かれば、と思ったのだが、存外なほど簡単に見つけることができた」

「お嬢さんにはまだ早かろう」

「早い遅いなんてなんの価値もない。数学者の多くは二十代が全盛じゃない」

「お嬢さんは数学者を目指しておるのか?」

「目指してなんかいない。わたしはそんな小さいことに興味はない」

「小さいこと、か」

「あらゆる事象はあらかじめ決まったレールの上を走る電車のようなもの。量子力学的に考えても、結局は同じこと」

「あらゆる事象は単純な数の組み合わせに過ぎない。だが、単純であればそれだけ理解するのが難しい。疑うことを忘れてはならない」

「つまらない話ね」

「お嬢さん。一桁の数で何が好きかな」

「どれに対しても好意なんて抱いていないわ」

「では、一つだけ選べと言われたら?」

「時による」

「ははは、素直なお嬢さんだ」

「お前は六が好きなのだろう?」

「ほう、どうしてそう思われるのかね、お嬢さん?」

「お前の言葉を借りるなら、六が完全なる数だからかしら」

「完全とは定義を要する言葉だ」

「二桁でいうところの二十八かしら」

「なるほど、なるほど」

「それともそう演じているだけ?」

「確かに、六という数は美しい。非常に調和が取れていて、お嬢さんの言うとおり完全という言葉に非常によく似合っている」

「お前の本を読んでいれば、すぐに分かること。お前の遺書なのだから、単純な暗号ね」

「だが誰も解いたものはいない」

「本当に? お前は知っているのではないの?」

「知っている、何を?」

「聞いているのでしょう、上で起きている痛ましい事件の話よ」

「ああ、友里恵から話を聞いた」

「それだけ? お前の孫が死んだのよ?」

「死んだ、か」

 老人は一度顔を上に向けると、長く息を吐く。

「答えはすでに得ているのか?」

「動機が、わたしの存在理由と同じなら、彼女・・にとってそれが耐えられないことだった。まぁ、可能性ならいくらでも構築できる。あらゆる事象はその可能性が重なりあっただけに過ぎない。状況を一つずつ紐解いていかなければ、正しい結論は得られない」

「だがもっともらしい可能性が事実であろう」

「凶器がないわ」

「犯人が持ち去った」

「第二の事件が起きた」

「それが目的だったのかも知れんな」

「……ありがとう、参考になったわ」

「参考か。わしを参考にする人間がおるとわ」

「神田勇治郎、三十年前であれば、わたしはお前を尊敬したであろう。だがすでに衰えた」

「若いお嬢さんには適わないな」

「だからこんなところに篭っている」

「お嬢さんもそうであろう」

「そうね、その通りだわ。前言は撤回する」

 それからしばらく沈黙が訪れた。


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