第6話 これが骨折り損のくたびれ儲け、儲けてないけど
――とまあ、五話ぶんも使って、俺の悲惨すぎる現状を語ってきたわけだが。
その結果、今の俺がどうなっているのかというと――
ダンジョンの中を、全力で爆走していた。
いや、別に好きで走っているわけじゃない。
ましてや、後ろから追いかけてくるひよっこ冒険者どもが怖くて逃げ回っている……なんてことも、たぶんない。たぶん。
「待てぇぇぇぇっ! この野郎ぉぉぉぉっ!!」
……うん、まあ、実際には背後からそんな感じの絶叫が飛んできてるんだけども。
しかも連中、武器まで構えてるし。
目が本気だし。
怖い。いややっぱちょっと怖いな?
だが、誤解しないでほしい。
これにはちゃんとした理由があるのだ。
「よし……もうすぐだな」
俺はまっすぐに伸びた石造りの長い廊下を駆け抜けながら、ちらりと足元へ視線を落とした。
この先。
ほんの数歩先に、“それ”はある。
床板の微妙な色の違い。
壁に走った細い傷。
天井の染みの位置まで――全部、見覚えがあった。
忘れるはずがない。
ここは、ゲーム時代の俺が何度も何度も何度も死に戻りさせられた、忌まわしき罠ポイントなのだから。
そして――
「今だっ!」
俺は何もない空間を蹴るように、ひょいっと前へ跳んだ。
次の瞬間。
ガコンッ!!
さっきまで俺が踏むはずだった床が、まるで獲物を待ち構えていた怪物みたいに、ぱかりと口を開けた。
その下では、無数の鋭いトゲがぎらりと鈍く光っている。
まるで「ようこそ」とでも言いたげに。
そう。
ここは、罠に次ぐ罠、仕掛けに次ぐ仕掛けで構成された悪名高きトラップダンジョン。
感動的なイベント? 熱いボス戦?
そんなものはほとんどない。
代わりにあるのは、プレイヤーの神経を逆撫でするような意地の悪い仕掛けと、初見殺し上等の極悪トラップだけ。
由緒正しき、クソゲーダンジョンである。
だが――俺には分かる。
なぜなら俺は、このクソゲーを長年やり込んできた男。
積み上げた膨大なプレイ時間。
言い換えれば、人生の貴重な何かを大量に犠牲にした結果得た知識が、俺にこのダンジョンの罠の位置を完璧に教えてくれているのだ。
……うん。
ほんとに、まったく自慢にならないな?
ともあれ。
俺は今日も今日とてダンジョン中を駆け回り、ひよっこ冒険者どもに罠の場所を教えてやっていた。
この身をもって。
いや、正確には骨だけど。
骨をもって、だ。
――の、はずだった。
「……ん?」
そこで、俺は小さな違和感に気づいた。
なんだか、滞空時間が長い。
いや、長いなんてもんじゃない。
明らかにおかしい。
普通ならとっくに着地しているはずのタイミングを過ぎても、俺の体はまだ空中にいた。
嫌な予感しかしない。
恐る恐る、下を見る。
「……げっ」
そして次の瞬間、俺は自分の眼窩を疑った。
「ゲゲッ!?」
床が。
床が、二マスぶん開いているぅぅぅぅぅぅぅぅっ!?
「まずいまずいまずいまずいまずいっ!!」
このゲームの仕様上、プレイヤーキャラが飛び越えられるのは一マスが限界だ。
つまり。
向こう側の床には届かない。
絶対に。
どうあがいても。
希望など最初から存在しない。
俺は宙ぶらりんのまま、じたばたと手足を振り回した。
もちろん、そんなもので物理法則がどうにかなるはずもなく。
「うわわわわわわわわぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
情けない悲鳴を響かせながら、俺はそのまま真っ逆さまにトゲの海へと落下していった。
ドスッ。
嫌に小気味いい音がして、鋭いトゲが俺の骨ボディを見事に貫いた。
「ぐわぁぁぁぁぁぁっ!!」
……いや、実際には痛くない。
スケルトンだし。神経とかないし。
でも、こう……なんというか、雰囲気って大事じゃん?
刺さったら叫ぶのが礼儀みたいなところ、あるじゃん?
「…………」
背後から追いかけてきていたひよっこ冒険者たちは、しばらく無言で俺を見下ろしていた。
気まずい沈黙が流れる。
そしてやがて、その中の一人が、ものすごく冷めた声でぽつりと呟いた。
「……何だ、このスケルトン。自爆してやんの」
それだけ言い残して、連中は何事もなかったかのように去っていった。
……いや、ほんと。
スケルトンでよかった。
肋骨の隙間をきれいに通り抜けていったトゲを見下ろしながら、俺は心の底から安堵した。
「ダメね」
クタクタになって洞窟へ戻ってきた俺に、マルシェリクは開口一番、容赦なくダメ出しを突きつけてきた。
「あんたが罠を解除してどうするのよ。冒険者たちのためにならないでしょ」
腰に手を当て、厳しい口調で責めてくる。
帰ってきた早々、がみがみとなんだよ。
「こっちは疲れて帰ってきてんだぞ。少しはいたわれよ」
……なんだか、こっちまで妙に所帯じみてきた気がする。
「なによ、旦那みたいに。あたしはあんたの嫁じゃないわよ」
「当たり前だ。俺が嫁にするなら、もっと素直で性格のいい子を選ぶわ」
「へぇ、いるんですか。そんな子」
ジト目で俺を見るな。ジト目で。
そんな子、いるわけないだろう。俺に・・・
言ってて悲しいがな。
「・・・・じゃあ、どうすればいいんだよ」
俺は口なんてないくせに、気分だけは思いっきり口を尖らせた。
「そ、それは……あんたが考えることでしょ」
マルシェリクは露骨に目を逸らし、ぷいっとそっぽを向く。
「誤魔化したな、お前」
「うるさいわね」
すかさず突っ込むと、マルシェリクの肩がぴくりと跳ねた。
「まあまあ、お二人さん」
そこへ、スライムのヤマザキがにゅるにゅると近づいてきた。
「なんだよ、ヤマザキ。にやついてんじゃねぇよ」
「俺には顔なんてねぇのに、よく分かったな」
ヤマザキはぶよぶよと身体を揺らす。
なんとなく分かるんだよ。
その揺れ方が、もうにやついてる。
「で、ボスの方はどうなったんだ?」
俺はため息交じりに尋ねた。
「感謝しろよ。危うくぺしゃんこにされそうだったけど、なんとか宥めてきた」
あれから俺は、ダンジョンを統べるボスキャラにこっぴどく怒られた。
で、途中で面倒になって逃げ出し、後始末をこいつに押しつけてきたのである。
「そうか……すまんな、ヤマザキ。助かったよ」
「――明日から別のダンジョンに移動だけどな」
「えーっ!?」
声を上げたのは、なぜか俺ではなくマルシェリクだった。
「また移動なのぉ? 勘弁してもらいたいわね」
「お前は関係ないだろ。別についてこなくてもいいんだぞ」
「そういうわけにはいかないでしょ。あたしがいないと困るのは、あんたなんだから」
「うぐっ」
それを言われると弱い。
一応、俺を動かしている動力源は、こいつの魔力だ。
別に操られているわけではないが、こいつがいなければ身体のメンテナンスもできない。
つまり、俺の骨ライフはマルシェリクの機嫌にわりと左右されている。
……なんかムカつく。
「だけどな――」
「まあまあ。夫婦喧嘩は犬も食わないと言いまして」
「夫婦じゃないわ!」
俺とマルシェリクの声が、綺麗にハモった。
その瞬間、ヤマザキの身体がぶるんと揺れる。
笑ってるな、こいつ。
絶対笑ってる。
「で、明日から行くのは――フランギル地方のダンジョンだぞ」
「何っ」
俺は思わず身を強張らせた。
フランギル地方のダンジョン。
そこは別名、冒険者の墓場。
熟練者ですら生きて帰れる保証がないと言われる、極悪ダンジョンである。
カタッ。
俺は息を飲む代わりに、歯を一つ鳴らした。
……いや待て。
墓場って。
俺、もうそっち側の住人なんだけど。




