第5話 第二の人生は前途多難
「俺は……どうなるんだ」
そう口にした瞬間、自分でも驚くほど声が沈んでいた。
情けない、なんてレベルじゃない。湿っぽい。暗い。終わってる。
いや、実際かなり終わっているのだ。
俺には勇者としての知識も経験もない。
剣の振り方ひとつ知らないし、魔王を倒す秘策なんて当然あるはずもない。
そのうえ、今の身体がまたひどかった。
白い。軽い。スカスカしてる。
ちょっと動くだけでカタカタ鳴る。どう見ても骨。完全に骨。誰がどう見てもスケルトンだ。
戦力として頼りないのはもちろん、教材としての価値すら怪しい。
こんな俺を、こいつらはいったいどうするつもりなんだ。
まさか――役立たずは処分するなんて、言わないよね。
「もちろん、処分するわよ」
「そんなああああああああああっ!?」
あまりに無慈悲な一言に、俺の絶叫が地下室いっぱいに木霊した。
骨の身体なのに、魂だけはしっかり震え上がるあたりが腹立たしい。
「……って、言いたいところだけどね」
マルシェリクは、呆れ半分といった顔でため息をついた。
「言うなよ! 骨になった直後の相手に言っていい冗談じゃないだろ!?」
心底ほっとした。
本当に、よかった。
せっかく一度死んだところから拾い上げられたんだ。
いや、これを“生き返った”と言っていいのかはかなり微妙だが、とにかく二度目の死亡宣告だけは御免である。
「お前さんには、ダンジョンへ潜入してもらう」
静かな声で、アルバリクが告げた。
ダンジョン。
この世界の各地に存在する、モンスターの巣窟。
そして冒険者や勇者候補たちが、己を鍛えるために挑む危険地帯。
「ここのダンジョンがどういう場所か、お前さんも知っておるじゃろう?」
そう言って、アルバリクは意味ありげにニヤリと笑った。
――知っている。
嫌というほど知っている。
『ヴェルバール戦記』が“歴史的クソゲー”とまで呼ばれた最大の原因。
それこそが、このダンジョンだった。
理不尽な罠。
無駄に硬い雑魚敵。
説明不足にもほどがあるギミック。
初見殺しどころか、初見必殺の即死ポイント。
しかも、そこまで苦労させておいて報酬は雀の涙。
攻略本なしでは心が折れるとまで言われた、伝説級のクソダンジョンである。
……いや、待て。
俺、そこに行くのか?
「ダンジョンを訪れるひよっこどもの成長を、影から助けてもらいたいのじゃ」
アルバリクは、ごく当たり前のことのように言った。
なるほど。
つまり、これから勇者になるかもしれない見習いたちを、陰からサポートしろというわけか。
ダンジョン内の危険を知っている俺なら、助言くらいはできる。
罠の位置、敵の特徴、進むべきルート。
ゲーム知識がそのまま使えるなら、役に立つ場面はきっとある。
「……わかったよ。任せておけ」
俺は半ばやけっぱちで、スカスカの胸を張った。
無責任な安請け合いだという自覚はある。
けれど、ここで断ったところで別の選択肢があるとも思えない。
そもそも今の俺は、他人の骨を不法占拠しているような身分だ。
家賃代わりに働けと言われたら、ぐうの音も出ない。
それに――
処分されるよりは、ダンジョン勤務のほうが百倍マシだ。
……たぶん。
「でも、ダンジョンに入ったら、モンスターとして振る舞わなきゃダメよ」
マルシェリクが腰に手を当て、まるで教師のような口調で言った。
……ん?
何を言っているんだ、この女は。
「当たり前でしょ」
彼女は金髪をさらりとかき上げる。
「人助けするモンスターなんて、この世にいないわよ」
「……まあ、そうか」
思わず納得してしまった。
たしかにゲームでも、モンスターは基本的に人間の敵だ。
困っている冒険者に道案内するスケルトンなんて、どう考えても不審者――いや、不審骨である。
そんなものがいたら、討伐対象まっしぐらだ。
「それに、アンタの身体が曾ジジイの骨だってバレるのも絶対ダメ。誰にもね」
マルシェリクは俺の目の前で、両腕を交差させて大きなバツを作った。
「なんでだよ」
中身は俺なんだし、外見なんてただのスケルトンだろ。
そこ、そんなに重要か?
「いいこと。 モンスターの中には、曾ジジイをよく思ってない連中も多いのよ」
「……まあ、それもそうか」
仮にも、かつて魔王を倒した伝説の勇者だ。
モンスター側からすれば、恨み骨髄――いや、骨しかないけど洒落にならない。
身バレした瞬間、袋叩きにされる未来しか見えなかった。
「それに、曾ジジイがその身体でダンジョンをうろついてたら、人間はどう思うかしら?」
「うーん……」
伝説の勇者アルバリクの遺骨が、ダンジョンでモンスターとして徘徊している。
そんな話が広まれば、どうなるか。
アルバリクがモンスター側に堕ちたと誤解されるかもしれない。
英雄の遺骨が穢されたと大騒ぎになるかもしれない。
最悪、ひよっこ勇者パーティどころか、大規模な騎士団が討伐に来てもおかしくない。
――たしかに、それはまずい。
「まあ、儂は他人がどう思おうが構わんが、バレんに越したことはないじゃろう」
アルバリクは呑気に鼻をほじっていた。
いや、アンタはそうでも、俺は困るんだよ。
こっちは中身だけの借家暮らしなんだからな。
「つまり……」
俺は頭の中で状況を整理する。
「モンスターにも人間にも正体を知られず、普通のスケルトンとして振る舞いながら、ひよっこどもを影から助けろってことか」
口に出してみて、改めて思う。
無茶振りにもほどがある。
普通のスケルトンらしく襲いかかるフリをしながら、相手を育てる。
殺さず、助けすぎず、怪しまれず。
しかもこっちは、骨になったばかりの初心者スケルトンだ。
なんだこの高難易度チュートリアル。
説明不足まで含めて、原作ゲームを忠実再現しなくていい。
「無理だろ。俺一人じゃ」
チート能力でもあれば話は別だが、そんな都合のいいものは見当たらない。
今の俺にあるのは、せいぜい関節の可動域とカタカタ音くらいだ。
「そうじゃろうな」
「なんで楽しそうなんだよ」
アルバリクは妙に愉快そうに笑っていた。
お前の遺骨が大変な目に遭わされようとしてるんだぞ。もう少し危機感を持て。
「じゃから、お前さんと同じく、異世界から魂を呼び込んだモンスターを何匹かダンジョンに送り込んでおいた」
「お」
思わず声が漏れた。
ナイス。
俺一人じゃなかったのか。
同じ境遇の仲間がいるなら、心強さが段違いだ。
「後はそやつらと一緒に、うまくやっとくれ」
「そういうことだから。頑張ってね」
アルバリクとマルシェリクは、実に気楽そうに手をひらひら振った。
こいつら、完全に他人事である。
……いや、実際ほとんど他人事なんだろうけど。
「お前らは気楽でいいよな……」
俺がぼそりとつぶやくと、骨の肩が自然にカタリと落ちた。
便利なのか不便なのか、いまだによくわからないリアクション機能である。
異世界転生。
ゲーム知識持ち。
伝説の勇者の骨ボディ。
そのうえ、ダンジョンでモンスター役を演じながら、新人勇者候補を育成しろ、だと。
……なるほど。
どうやら俺の第二の人生は、最初からまともに始まる気なんて一ミリもないらしい。
けれど――
こうして俺の、前代未聞のダンジョンライフは、半ば強制的に幕を開けることになったのだった。




