第4話 この世界はクソゲーだった
「ところでさ」
しんみりした空気をぶった切るように、俺はわざと明るめの声を出した。
いつまでも前世がどうとか、死んだだの生き返っただの、そんな湿っぽい話ばかりしていたら、心までカルシウム不足でスカスカになってしまいそうだ。
……いや、まあ。
実際いまの俺の身体、十分すぎるほどスカスカなんだけどな。
「なんでわざわざ、この骨にアンタの魂を戻そうなんてしたんだ?」
そう問うと、アルバリクは「ふむ」と低くうなり、ゆっくりと長い髭を撫でた。
その仕草は妙に様になっていて、ほんの一瞬だけ、ただのスケベそうな幽霊ジジイには見えなくなる。
そして、どこか遠い昔を懐かしむような目をして、重々しく口を開いた。
「儂は、かつてこの世界を救った勇者なんじゃよ」
「……勇者?」
思わず聞き返してしまう。
この、半透明で胡散臭さ満点のジジイが?
「そうじゃ。かつてこの世界――ヴェルバールには、恐るべき魔王がおってな。その魔王が暗黒の力で大地を蹂躙せんとしたとき、一人の男が立ち上がった……」
「ちょっと待った」
俺は反射的に、その芝居がかった語りを遮っていた。
ヴェルバール。
いまこいつ、たしかにそう言ったよな?
その名前には聞き覚えがあった。いや、聞き覚えなんてレベルじゃない。
記憶の隅に、鮮明なトラウマとセットでこびりついている名前だ。
「なんじゃ。これから一番盛り上がるところだというのに」
話を止められたアルバリクが、露骨に不満そうな顔をする。
いや悪い。でも、こっちはいま脳内の記憶ライブラリがフル回転してるんだよ。
「ヴェルバールって……たしか、昔やり込んだゲームの舞台と同じ名前だ」
「げーむ?」
アルバリクとマルシェリクが、そろって小首をかしげる。
ああ、やっぱりそうだ。
世界を支配しようとする魔王。
それを討伐した伝説の勇者。
そして舞台となる世界の名。
「ここは……あのゲームの世界なのか?」
思わず、そんな言葉が口をついて出た。
ゲームそのものなのか。
それとも、設定だけが酷似した別の異世界なのか。
そこまでは断言できない。
けれど少なくとも、俺はこの世界に似た設定を知っている。
何度も何度も。
コントローラーを投げそうになりながら、それでもクリアまで付き合わされた、あのレトロRPG。
その名は『ヴァルバール戦記』
そして目の前にいるのは――
「伝説の勇者、アルバリクか」
たしか、その名前は取扱説明書の最初のほうに載っていた。うろ覚えだけど。
「ほう!」
アルバリクの目がぱっと輝く。
「異世界にまで儂の名が轟いておったとはな! いやはや、英雄というものは、どこへ行っても隠しきれぬものよのう!」
得意満面で胸を張る幽霊ジジイ。
……まあ、たしかに名前は知られていた。少なくとも一部のプレイヤーには。
ただし、それを好意的に覚えていた奴がどれだけいたかは、かなり怪しい。
なにしろ、俺が知っている『ヴェルバール戦記』は――
全ゲーマーが涙した、救いようのないレベルの歴史的クソゲーだったからだ。
「じゃあ、昔話は聞かなくてもいいみたいね。」
それまで静かにしていたマルシェリクが、うんざりした表情で話しかけてきた。
「事情はだいたい分かってるんでしょ」
「まあな」
マルシェリクが、心底ほっとしたように胸を撫で下ろす。
どうやらアルバリクの武勇伝は、こいつに何度も語られているらしい。
そりゃそうだろうな。年寄りの昔話は長い。
それが伝説の勇者ともなれば、もう災害級だ。
「まさか……また魔王を倒すためにか?」
俺はアルバリクを見た。
ゲームでは、魔王が倒されてから百年後が舞台だったはずだ。
再び現れた魔王を倒すため、勇者たちが集められ、旅に出る。
それがあの『ヴェルバール戦記』の大まかな筋書きだった。
つまりこいつらは、その役目を――
かつて魔王を倒した伝説の勇者本人に、もう一度やらせるつもりだったのか。
「そう単純な話ではないのだ。異世界の者よ」
アルバリクは急にそれっぽい重厚な声音で言った。
……なんだその、急に重要人物っぽい雰囲気は。
「もう、倒すべき魔王など、この世界にはおらぬからな」
「……は?」
思わず間抜けな声が漏れた。
魔王が、いない?
いやいやいや、待て待て。それじゃゲームの設定と違うじゃないか。
「魔王がいないって……じゃあなんで俺は――」
「でも、魔界とは繋がっているわ」
俺の言葉を遮るように、マルシェリクが口を挟んだ。
なぜかちょっと胸を張っている。
「脅威がなくなったわけじゃないのよ。バカね」
「最後の一言いるか?」
この女、自分が分かる話になると急に偉そうになるな。
「その脅威を取り除くための勇者を育てるために――」
アルバリクが、再び重々しく続ける。
「儂は骨を折ってやろうというわけじゃ」
……骨だけに、か。
ちょっと上手いのが腹立つ。
絶対口に出して褒めないけど。
「つまり、あんたを復活させて魔王を倒させるんじゃなくて」
俺は顎をカタリと鳴らしながら整理する。
「これから生まれる勇者候補を鍛えるために、あんたの知識と経験が必要だったってことか」
「うむ。そういうことじゃ」
アルバリクは満足げにうなずいた。
なるほど。少し見えてきた。
魔王はいない。
けれど魔界との繋がりは残っている。
だから次の脅威に備えて、勇者を育てる必要がある。
そのために、伝説の勇者アルバリクの魂を骨の身体へ戻そうとした。
……その結果、なぜか俺が入ってしまった、と。




