第3話 まさに骨身に染み入る話
「……分かりやすくねぇ」
腕を組んだ美少女が、これ見よがしに大きなため息をついた。
なんだその反応は。まるで俺じゃ説明されても理解できないと言いたげじゃないか。
「なんだよ、その目は。俺じゃ分からないって言いたいのか?」
ジトっとした視線を向けてくる彼女に、俺も負けじと睨み返す。
……いや、待て。
俺、いま“睨み返す”ってできてるのか?
眼球ないんだけど。
というか、このくだり何回目だよ。自分でもさすがにしつこい気がしてきたぞ。
「そうね。説明するだけ無駄ってことよ」
美少女は肩をすくめるようにして、軽く両手を上げた。
はいはい、お手上げです――ってジェスチャーだ。
なんか腹立つな、こいつ。
顔がいいぶん、余計に腹が立つ。
「待て待て。俺だって理解くらいできるぞ? こういう小説とかゲームとか、今まで散々見てきたからな」
「見てるだけで、ちゃんと理解できてたんですかねぇ?」
「その言い方、地味に刺さるからやめろ」
ほんと口が悪い。
……いや、まあ俺も人のことは言えないかもしれないけど。
それでも、ついさっき骨になったばかりの相手には、もうちょっと優しさってものがあってもいいと思うんだが?
「では、わしが説明してやろう」
「うわっ!?」
突然、低く落ち着いた老人の声が地下室に響いた。
次の瞬間、俺たちの目の前に白い光がふわりと集まりはじめる。
煙のように揺らめく光は、ゆっくりと輪郭を作り――やがてひとりの人影へと形を変えた。
長い髭。年季の入ったローブ。
無駄に威厳たっぷりの顔つき。
いかにも「私は知恵ある賢者です」と言わんばかりの爺さんが、半透明のままふわりと浮かんでいた。
……半透明?
しかも浮いてる?
いや、骨になった俺がツッコむのもどうなんだって話だけど。
それでも言わせてほしい。
ここでゴーストまで追加されるのかよ。
「ゴーストとは少し違うのじゃがな」
「心読むなよ!?」
爺さんは満足げに髭を撫でた。
いまのやり取りのどこに満足ポイントがあったんだ。
「この子に説明を求めても無駄じゃよ。一番状況を理解しておらんのは、この子じゃからな」
「曾ジジイ、てめぇ」
美少女が鋭い目で爺さんを睨みつける。
へぇ、なるほど。
つまりこいつ、分かってないくせに偉そうにしてたのか。
あれだな。典型的なポンコツヒロインってやつだ。
見た目は完璧、中身は残念。
そんな評価が顔に出ていたのか、美少女――いや、まだ名前知らないけど――は頬を赤くしてそっぽを向いた。
どうやら図星らしい。
「で、あんたら何者なんだ?」
とりあえず、名前くらいは聞いておきたい。
このままずっと“美少女”だの“爺さん”だので通すのは、さすがに不便すぎる。
「儂はアルバリク。お前さんの身体の、元の持ち主じゃよ」
半透明の老人は、ゆったりとした口調でそう名乗った。
「そして、この子はマルシェリク。儂の曾孫じゃ。ほれ、挨拶せい」
「……どうも」
マルシェリクはそっぽを向いたまま、ぎこちなく頭を下げた。
さっきまでの生意気な態度とは違う、どこか照れたような仕草。
……あれ?
もしかして、こいつ。
「お前、おじいちゃんっ子なんだな」
「はあぁ!?」
マルシェリクの顔が一瞬で真っ赤になった。
おお、分かりやすい。ものすごく図星だ。
「ほっほっほ、若いのう」
「何がだよ」
いや、ほんと何がだよ。
マルシェリクは耳まで赤くしたまま、ぷいっと横を向く。
怒ってるのか照れてるのか。
たぶん両方だ。
……まあ、そのへんはいくらでもあとでいじれるとして。
いま聞くべきことは、もっと別にある。
「で――俺は、何者なんだよ」
その言葉を口にした瞬間、地下室の空気がほんの少し重くなった気がした。
気のせいじゃない。
たぶん俺自身が、いちばん分かっていたんだ。
この答えは、きっと軽いものじゃない。
聞きたくない。
でも、聞かないわけにもいかない。
俺は何なのか。
どうしてここにいるのか。
そして、前の世界の俺は――どうなったのか。
「お前さんは、儂の骨に憑依した魂じゃよ」
アルバリクは、先ほどまでよりずっと真面目な声で言った。
「魂……か」
その一言が、妙に重く胸――いや、胸なんてもうないんだけど――そんな感じの場所に沈んだ。
やっぱり、そういうことなんだろう。
前の世界の俺は――
「正直に言えば、お前さんが前にいた世界のことは、儂らにも分からん」
アルバリクは静かに首を横に振った。
まあ、そうだろうな。
俺だってこの世界のことを何も知らないんだ。
向こうのことをこいつらが知っているはずもない。
「じゃが、儂らが無理やりお前さんを向こうから連れてきたわけではない。それだけは信じてほしい」
つまり、自分たちが俺の命を奪ったわけじゃない。
そう言いたいんだろう。
アルバリクの視線が、ちらりとマルシェリクへ向く。
この子が何かやらかしたことを気にしてる、って感じだ。
当の本人は、あんまり自覚なさそうだけど。
優しい曾じいさんだな、本当に。
それに比べて、その曾孫ときたら態度が悪いこと悪いこと。
「……いいよ」
俺は小さく答えた。
「もう、未練はないから」
そうだ。
今さら落ち込んだって、どうにもならない。
前の世界に、どうしても戻りたい理由があったわけじゃない。
会いたくてたまらない誰かがいたわけでもない。
惜しい人生だったと胸を張れるほど、立派に生きてきたわけでもない。
だったら――
ここで骨になってるのがマシかどうかはさておき、少なくとも嘆き続けるよりはよっぽどいい。
……いや、骨なのは普通に嫌だけど。
「すまぬの」
アルバリクが申し訳なさそうに目を伏せる。
「……」
マルシェリクも、さっきまでの刺々しい態度を引っ込めて、ちらりとこちらを見ていた。
やめてほしいな、こういう空気。
骨の身体なのに、胸の奥が詰まるみたいな感覚になる。
骨身に染みるって、もしかしてこういうことを言うのかもしれない。
「でも、アンタ」
不意に、マルシェリクが口を開いた。
燭台の火に照らされた金色の髪が、ふわりと揺れる。
「形はどうであれ、アンタはこの世界で新しい生を受けたのよ」
まっすぐに向けられる視線。
そこには、さっきまでの意地の悪い色はなかった。
少しだけ真面目で、少しだけ不器用な、そんな顔だった。
「よかったじゃない。まだ生きてるんだから」
アンデッドに“生きてる”って表現はどうなんだよ。
そうツッコミかけて、でも俺はやめた。
……まあ、そうか。
物は考えよう、ってやつだ。
人間じゃない。
心臓もない。
血も肉もない。
眉も頬も、そもそも皮膚すらない。
それでも、こうして考えることはできる。
喋ることもできる。
目の前の相手と、くだらない言い合いだってできる。
だったら――
「……そうだな。悪くないか」
自分でも驚くくらい、自然にそんな言葉が出た。
今の俺は、きっと相変わらず無愛想な骸骨のままだろう。
表情筋なんて存在しないし、そもそも顔の皮すらない。
それでも、不思議と気分は悪くなかった。
むしろ少しだけ思ったのだ。
この意味の分からない、骨から始まる第二の人生も――
案外、悪くないのかもしれない、と。




