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秘匿魔法の解除


私は白魔法の文献を閉じたまま、全方向から見回してしまう。


「どうかした、メリッサ?」


「……なんか、違和感があります。保護魔法だけではなく、ほかの魔法も施されているようです」


私は視線を白魔法の文献に向けたまま、ローレル様に答えた。


保護魔法以外にも魔法は施されている。

それは間違いない。


でも、それ以上が分からないのだ。


「そんな馬鹿な。ちゃんと調査をしたが、他の魔法は検出できなかった!」


トスカナ小公爵様が叫んだ。


「これは古の時代の文献です。白魔法のように解明できていない魔法があっても、おかしくないと思います」


私はトスカナ小公爵様へ向かって言った。


白魔法だけではなく、解明されていない魔法も多い。

それと同時に、私たちが使っている魔法の原理が分かっていないものもある。


その事実を忘れてはいけない。


真剣な私の表情と言い方に、トスカナ小公爵様は口ごもる。

言い過ぎてしまったかも、と弱気になってしまう。


「メリッサ妃殿下のおっしゃる通りだな。我々には分からないことも多い」


大きく息を吐いてから、宰相閣下が言った。


「続けて下さい、メリッサ妃殿下」


「ありがとうございます」


私は宰相閣下にお礼を言う。


ローレル様へと視線を移すと、深く頷いてくれた。


どうやらローレル様も私の好きなようにさせて下さるようだ。

文献の外側を全て見終わり、手で微量の魔力を流す。


やはり違和感がある。

なんだろう。


白魔法の文献から拒絶されてはいない気がする。

反対に好意を感じる。


文献から好意なんて、おかしな話だと思う。

でも間違いなく、この白魔法の文献は私を呼んでいるのだ。


その時、幼い頃の記憶が蘇った。


母が本に向かって自分の名前を名乗っていたことを。

当時、何をしているのか不思議で母に問いただしたことがあった。


『古の魔法よ』


母は笑って教えてくれた。


あれを試してみようと唐突に思った。

当時の母は本に手をかざして名を名乗っていた。


母を真似て、白魔法の文献に手をかざす。

そして少しの魔力を込める。


私は名前を名乗ろうとして、内心一瞬だけ戸惑ってしまった。

結婚してバウムからベイリーフに変わったんだった。


少し、新しい名を名乗ることを躊躇う。

ベイリーフと名乗るのは初めてだった。


本当に私って結婚したんだな、と改めて感じていた。


でも、今はそんなことを考えている暇はない。

私は大きく深呼吸をしてから口を開いた。


「私はメリッサ・ベイリーフです」


私が名前を名乗った瞬間、白魔法の文献から大量の光が溢れた。


眩しくて目を開けていられない。


ローレル様が私を守るように抱きしめていた。

光は一瞬で収まった。


「……今のは?」


「よく分かりませんが、古の魔法の解除方法なのかもしれません。幼い頃、母がこのようなことをしていたので思い出して試してみました」


「体調に変化はない?」


「ありません。魔力量も大丈夫です」


心配して下さるローレル様に、私はしっかりと答える。


「ローレル様は? 宰相閣下、トスカナ小公爵様は大丈夫でしたか?」


「驚きはしましたが、感動の方が大きくて……さすがメリッサ妃殿下ですな」


宰相閣下の言葉に私は首を傾げてしまった。


失礼だとは思ったけど、宰相閣下が何を言いたいのか分からなかった。


「大丈夫です。続けて下さい」


トスカナ小公爵様は多少戸惑っているようだが、体調に問題はなさそうだ。


良かったと安心する。


私は改めて白魔法の文献を開いた。

すると最後のページが増えていた。


意図的に隠されていたページである。

しかも、そこには日本語で書かれていた。


本文に所々走り書きをしていた文字の癖がある。

これは同じ人物が書いたと思って良さそうだ。


「あの読めない文字だ。メリッサ、読める?」


「はい、多分」


私はローレル様に答えた。


癖のある文字だから全部読めるとは限らない。

しかも文献の走り書き部分でも、漢字を間違えていたりもしたし。


この世界では漢字を調べたくても調べられないよね。

いきなり書けと言われても、私だって全て書ける自信がない。


「『白魔法は危険である。


相手の精神を乗っ取り、意のままに動く。


現在の国王は白魔法によって精神を乗っ取られ、民を間違った道へと導いている。


どうにかしなくてはと分かってはいるが、術者の居所が分からないと行動に起こせない。


長い間、他者へ乗り移っていると術者本人は餓死する可能性が高い。


そのことから協力者の存在がいるようだ。


国王は以前は淡い青い髪に紫の瞳であった。


現在は国王の髪に赤・緑・紫・橙・黄・藍、そして白い髪がメッシュのように入っている。


白魔法に精神支配されている時の特徴だ。


国王は元々青い髪だったので、白い髪が混じり七色の髪になるようだ。


そして瞳は紫から金色へと変わっている。


せめて国王が金色の瞳だったら、精神を乗っ取られたりはしなかっただろう。


白魔法が使える一族と同じ金色の瞳には乗り移れないのだから』


以上です」


字の癖が強い。

読むのも一苦労である。


多分、間違えて読んではいないはず。

でも自信はない。


「なるほど、分かったこともあったね」


ローレル様が白魔法の文献に視線を向けたまま言った。


「素晴らしいです、メリッサ妃殿下。これは大発見ですぞ!」


宰相閣下が興奮気味だ。


「協力者、か」


トスカナ小公爵様は呟いている。


「現在、フローラ嬢に協力者がいる可能性は低いかと」


「理由は?」


「フローラ嬢は貴族になってまだ時間も経っておりませんし、王城に来たのもお茶会の時で二回目のはずです。王城に知り合いはいないかと……」


言いながらも、可能性はゼロではないと思ってしまった。


でも協力者はいない。

バウム子爵家の血が断言している。


「確かに、その通りだ」


その時、少しだけ光を放ち、白魔法の文献の最後のページが消えた。


長い時間は現存できない魔法のようだ。

だからこその秘匿文章なのだろう。


「メリッサ、貸して」


私はローレル様に白魔法の文献を渡す。


先ほどの私と同じように、ローレル様は名前を名乗った。

しかし、何も起こらない。


「もしかしたら、ローレル様の魔力量が多すぎることが関係しているのかもしれませんね」


私の言葉にローレル様は納得していた。


「条件ありの秘匿魔法か。メリッサの母君が知っていたのなら、サフラン国王には伝わっている魔法ということか」


「多分、そうだと思います」


私は躊躇わずに答えた。


母は幼い私の前で、この秘匿魔法の解除を使ったのだ。

口止めもされていない。


サフラン王国では特段珍しい魔法ではないのかもしれない。

のほほんとしているように見えて、母は意外としっかりしている。


今思うと、サフラン王国の元王女だからかもしれない。


「この文献が確かだと、宰相は精神を乗っ取られないということか」


ローレル様は考え込むように呟く。


宰相閣下の瞳は金色である。

それと、ローレル様は魔力量が莫大過ぎて精神を乗っ取ることは不可能だろう。


全員の視線がトスカナ小公爵様へ向いた。


なんだか居心地が悪そうに、トスカナ小公爵様は立ち尽くしている。


「トスカナ小公爵様も大丈夫です。魔力量が多すぎると白魔法は効かないようですし」


白魔法の文献の本文に書かれていたことを思い出しながら私は言った。


「失礼ですが、メリッサ妃殿下は……」


申し訳なさそうにトスカナ小公爵様は私を気にしてくる。


確かに私の瞳の色は漆黒である。

金色ではない。


それに魔力量も少ない。


「私はバウム子爵家の血筋です。精神支配されることはありません。それ以前に、魔力量が少なすぎて私には白魔法が効かないのでしょう」


言い切る私に、トスカナ小公爵様は訝しげな視線を送っている。


確かに全く知らない人が聞いたら簡単には信じられないよね。

バウム子爵家の特殊性に。


私は肩をすくめた。


「フローラ嬢の標的は私です。いくら警護を強固にしても、精神支配の前には何の役にも立ちません。現に私には直接手を出せない。だから今、フローラ嬢は策を練っているはずです」


私が標的なのだから、本来なら簡単に目的は達成できるはずだ。


それなのに現在も私はピンピンしている。

それが何よりの証拠である。


「メリッサ、過信はしないようにね」


ローレル様にピシャリと言われて、私は項垂れてしまった。


ご尤もです。

気を付けようと、私は自分に言い聞かせた。

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