白魔法の文献
私とローレル様は、宮勤めの方々が不審に思わないように、王族が住まう宮殿の方から宰相執務室へと向かった。
国王陛下の執務室の前を通り、ここが陛下の執務室なのか、なんて感心していたりする。
ローレル様の執務室は別の建物なので、こちら側に来るのは王太子妃になって初めてである。
あの婚姻証明書にサインさせられた私にとっては曰く付きの部屋の前を通った。
まさか、あの部屋に入って人生が大きく変わるとは思っていなかった。
書類一枚のサインが……私の人生を変えたと言っても過言ではない。
あれから書類にサインする時は、慎重に慎重を重ねてしまうことが癖になってしまっている。
案内されたのは会議室だった。
ローレル様曰く、ここは会議室の中でも狭い部屋らしい。
国内の様々な会議がある部屋なのだから、たくさんの人数が入れる部屋でないと普通の会議はできないよね。
改めて凄いな、と思った。
会議室にはローズマリー様の兄君であるアレックス様がいらっしゃった。
朝早くから時間を取っていただいて申し訳ないです。
そして室内には、宰相であるコモン・ジンガー侯爵の姿もあった。
私はカーテシーをして挨拶をする。
まさか宰相閣下自らいらっしゃるとは思ってもいなかった。
だって、大国の宰相だよ?
忙しいよね、普通。
「改めまして、宰相閣下。メリッサと申します。この度は私のわがままをお聞きくださり、感謝申し上げます」
宰相閣下は私の挨拶に満足げに頷いている。
これからも何かと交流していく相手なので、印象は良くしておきたい。
そんな打算もある。
「コモン・ジンガーと申します。お綺麗になりましたな、メリッサ妃殿下。こちらからご意見を伺わなければと思ってはいたのですが、大事なお式の前の忙しい中、大変申し訳ありません」
宰相閣下は頭を下げた。
え?
偉い人に頭を下げられると困るんだけど。
あ、でも、今の私は王太子妃だから階級的には上なのか?
だけど、困るものは困る。
「とんでもございません。私ではお力になれない可能性もございます。それなのに、しかもこんなにお早い時間にご都合をつけていただき、ありがとうございます」
私は再度頭を下げた。
ここまでしていただいても、私が役に立たない可能性もゼロではない。
白魔法の文献は私個人の興味でもあるのだから。
「メリッサ、挨拶はそれくらいで。時間が惜しいのでしょ?」
ローレル様の言葉に、そうだったと気を取り直す。
トスカナ小公爵様が文献である書籍を私へと差し出してきた。
この会議室にはローレル様と宰相閣下、トスカナ小公爵様と私のみ。
誰が白魔法を使われて操られているか分からない。
ここにいるのが、少人数なのは理に適っている。
白魔法の判別条件は、この文献には載っていない。
そのことが読む前から分かってしまった。
書籍は思っていたより薄い。
書籍というより冊子と言った方が良いかもしれない厚さである。
「あ、あの……素手で触ってよろしいのですか?」
手に取ってから疑問が湧いた。
「大丈夫です。この文献には厳重に保護魔法が施してあります」
トスカナ小公爵様が答える。
確かに保護魔法が施されている。
約二千年前の書物なのに、そこまで古いとは感じられない。
私は文献を開く。
ページ一枚一枚にも個別に保護魔法がかけてある徹底ぶりだ。
そうしないと、ここまで綺麗な状態で古の文献が残っているはずはない。
古語で書かれた文字の中に日本語の書き込みがあった。
最初、私はそれが日本語だと認識できなかった。
この世界に染まりきっているのだと改めて感じる。
日本語は走り書きで、読めないところも所々ある。
この白魔法の危険性について日本語で書かれているようだ。
走り書きだし、癖字だし、読みにくい。
古語も得意ではないが、なんとか読める。
日本語の走り書きが気になるけど、とても的を射たことを書いてあった。
白魔法の注意点、危険性。
それは、この日本語を書いた人が白魔法を使えたことを示唆している。
そして人を殺してしまったことも。
懺悔のために、この白魔法の研究をしているとも書かれていた。
「メリッサ?」
熟読していたらローレル様に名前を呼ばれて顔を上げる。
「はい、なんでしょう?」
「こことここ、あとここの言葉も読めるの?」
ローレル様が指差したのは、日本語の走り書きの部分だった。
「まぁ、それなりに」
「今までこの文献を読んで解説しようとした学者は、これを落書きと判定したんだ。文字にも見えるけど、この文字は解読されていない」
「なるほど。でも、大したことは書いてありません。白魔法に対する忠告をしています」
字が汚すぎて読めない部分もあるけど。
「この文献に保護魔法を施したのも、この方のようですね」
「っ!」
私以外の室内の人間が息を呑んだ。
「白魔法は人類が扱うべきではないものだと考察されています。本人が白魔法を使えるからこそ、自分は淘汰されるべき人間だと考えているようです。それでも、この文献は後世に残すべきだというのが、この方の言い分のようですね」
「……それは、何語なのかな?」
「私にもよく分かりません。たまに古の文献にこの文字が出てきます。私は自然に読めるようになった感じです」
「凄いな」
トスカナ小公爵様が感嘆の声を漏らす。
前世が日本人だから日本語が読める。
それだけだけどね。
それに古の文献に日本語の走り書きが多いのも事実なのだ。
それについても理由は分からない。
「でも、ここだけ何が書いてあるのか分かりません」
私は一箇所を指差しながら言った。
走り書きで訳が分からない。
元々字が汚い方なのか、それとも切羽詰まって時間がなかったのか。
癖のある字ではあるけど。
字が下手なことに関しては、他人のことをとやかく言える立場ではないけど。
これ、絶対に重要なことを書いているはずだ。
読めないのは痛手である。
全体を一通り読んで、ラズベリーさんから聞いていた話と大きな乖離はない。
気になるのは日本語の走り書き。
そして精神魔法に関して気になる文章を見つけた。
元々精神的に心が弱い人。
魔力量が少ない人。
魔力量が多い人であっても、他人の精神を乗っ取ることができないわけではない。
相手の心の隙を狙い、入り込むことができるようだ。
見た目では、精神を乗っ取られた人は乗っ取った者の髪色の一部と瞳の色が現れるらしい。
髪は虹色だから特徴的だけど、一部か……。
どのように現れるのか予想もできない。
かつらを使っていたり、スキンヘッドの人はどうなるんだろう。
見た目で特定するのは難しい。
瞳に関してもそうだ。
フローラ嬢の瞳は金色だったはず。
ベイリーフ王国って、結構金色の瞳の人が多い気がする。
基本的に術者より濃い色の瞳には精神魔法を使うことが難しいと書かれている。
狙われるのは貴族が多い、ということになる。
これはこれで厄介だ。
万が一、フローラ嬢が精神を乗っ取った人物を見つけても、高位貴族だったら捕縛しにくい。
階級社会の弊害である。
フローラ嬢がもし現在、高位貴族に精神を乗っ取らせていたら。
大変なことになる。
全身に嫌な汗が噴き出してきた。
「……メリッサ、無理はしないでね」
ローレル様が私を気遣ってくれる。
味方がいる。
ローレル様はフローラ嬢に精神を乗っ取られたりはしない。
大丈夫。
私は自分に言い聞かせながら頷く。
白魔法の文献の最後のページを閉じた。
その時、ふと違和感を覚えた。
それは普段だったら気づかないほどの小さな違和感だった。
白魔法の文献に、保護魔法以外の魔法が隠すように施されていたのだ。
読んでいただきありがとうございます。少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。




