宰相閣下の口添え
ローレル様と少し早めの朝食を食べ終える。
それから昨日の側近の方々との会話を聞きながら、情報共有をした。
とても協力的なローレル様を少し不思議に思った。
私には隠して物事を進められるのかと思っていたからだ。
「隠してもメリッサは自分で調べて回るからね。知らせないより知らせておいた方が良いと判断したよ。私もメリッサの行動は把握しておきたいから」
微笑みながら、ローレル様は言い放つ。
笑っているけど、目は笑っていません。
怖いです。
つまり、危ないことはしないようにという、ローレル様なりの私への警告である。
好きで動き回るわけではないので、甚だ遺憾だった。
直接は言えないけど。
「あ、ローレル様。位置特定の魔法を使っていると聞きました」
私の問いに、ローレル様が視線を逸らす。
やましいことでもあるのだろうか。
「私の位置を把握できているんですよね?」
「うん、まぁ……そうだね」
ローレル様は視線を逸らしたまま答えた。
なんだか歯切れが悪い気がする。
「思考の共有もできるのですか?」
「さすがにそれはできない。できると便利なのだけどね」
ローレル様は紅茶を飲みながら呟く。
つまり、ローレル様にできるのは私の位置特定のみ。
それは良いことなのか悪いことなのか、私には判断できない。
今回は良かったと思うことにしよう。
「どのくらいの時間間隔で私の位置特定ができるのですか?」
「……ずっと、できているね」
現在進行形であることを、ローレル様は気まずそうに告白した。
かなりの小声で。
後ろめたい気持ちがローレル様にはあるらしい。
ご自覚があるなら、良しとしよう。
私は、ソナーのように一定間隔で位置特定を行う魔法だと思っていた。
ローレル様が魔力を発して、私を探知する魔法だと勝手に解釈していたのだ。
ずっとできているのか。
凄いな。
「魔力量は使うのですか?」
「使わないね。呼吸をするのと一緒で、生きていくために必要なことだから」
私の問いにローレル様は答えてくれる。
魔力量を使わないのか。
それは良かった。
……ローレル様の後半の説明は、よく分からなかったけど。
今回はそのことには触れないでおく。
「ローレル様、その位置特定は私だけに使用できるものですか?」
この際なので聞きたかったことを尋ねてみた。
そんなに便利な魔法なら、もっと有効的に使えるのだから。
私だったら使う。
「この魔法は条件があるんだ。相手に直接会って、相手の魔力量と性質を測らなければ使用できない」
「なるほど」
私はローレル様の説明に納得する。
もし制限なく使えたら、ローレル様はフローラ嬢の潜伏先を特定して捕縛しているに決まっている。
ローレル様は直接フローラ嬢に会っていないのだから仕方がない。
フローラ嬢に対して、ローレル様は位置特定の魔法は使えないのだ。
お茶会の時に、ここまでの危険人物だとは思っても見なかっただろうし。
「……ちなみに私の魔力量と性質を測ったのは、いつですか?」
取り敢えず、気になったので聞いてみた。
「初めて会った時だね」
ローレル様は即答した。
「それは六年前のイーズ侯爵家で、ですか?」
「そう」
何の躊躇いもなくローレル様は頷く。
何故その時に私に対して、位置特定の魔法を使えるようにしたのか疑問である。
それ以前に、その頃からローレル様は上級魔法が使えたのか……。
あの時、十二歳だったと記憶している。
チート過ぎる。
さすが大国の王太子様である。
「その時に、取り敢えずシトラールも魔力量と性質を測った」
ローレル様は続けた。
良かった。
私だけではなかったのだ。
「シトラールは面白いほど強力な魔力量と特性を持っていた。メリッサのことを守ろうとしていた意思も感じられたし」
「私……魔力量が少ないのですが、それでも位置特定ができるのですか?」
魔力量が多い人の方が位置特定しやすいはずではないのかな、普通。
昔、位置特定の魔法についての文献を読んだことはあったけど、よく分からなかったんだよね。
魔力量が強くなくても、それどころか魔力量に関係なく、位置特定の魔法は使えるのか。
どんな原理の魔法なのか一度詳しく聞いてみたい。
「魔力量や特性は単なる付属品であって、メリッサ本人を特定するから魔力量は全く関係ない」
ローレル様の説明を聞いて、ますます魔法って奥深いなと感じる。
「ここからでも、王都のバウム子爵邸にメリッサがいても把握できる。シトラールは微妙だね。その時の体調によるのかも」
思い出すようにローレル様は仰った。
……王都にあるバウム子爵家のタウンハウスは王城からかなり離れている。
王都の端までは行かないけど、それに近い。
そんな場所までローレル様は私のことを位置特定できるの?
凄くない?
これ、逃げるの絶対に無理でしょ。
ローレル様なら私を見つけるのは容易である。
私がローレル様から逃げ切れる想像が全くできない。
……これはローレル様には言わないでおこう。
悔しいから。
「今日の午前中に白魔法の文献を見ることができることになったよ」
「え? こんなに早く?」
国家機密に分類される文献だよね。
簡単に見せてもらえるとは思っていなかっただけに驚く。
「宰相が口添えしてくれてね」
「ええ?」
ローレル様の言葉に大声を上げてしまった。
宰相閣下が口添えして下さるとは思ってもいなかった。
現在はコモン・ジンガー侯爵が宰相を務めている。
宰相歴は長い。
私が生まれる前から宰相の任に就いているはずだ。
前国王の時代からベイリーフ王国を支えられている。
確か魔力量も多い方だったと記憶している。
一度、魔法学園時代に宰相閣下の特別講演を聞いたことがある。
頭の回転が早く、この国のために働いていることが感じられた。
感銘を受けた。
その時に少しだけお話をする機会があった。
他愛ない世間話だったけど、人柄にとても好感を持てる方だった。
そういえば、ローレル様との婚姻証明書にサインする時、その場にいらっしゃったことを思い出す。
様々な視線を向けられているのが伝わってきたが、その中でも宰相閣下の視線は忘れられないものだった。
なぜか私に尊敬の眼差しを向けていらっしゃったのだ。
少なくともローレル様と私の婚姻には好意的だった。
理由は分からないけど。
「……なぜ、宰相閣下が口添えをなさっているのですか?」
疑問に思い、ローレル様に尋ねた。
「宰相は若い頃にサフラン王国へ留学した経験があって、現在のサフラン国王と親しくなったらしいよ」
ローレル様の説明に、私はサフラン王国の家系図を脳内に思い浮かべた。
確か現在のサフラン国王陛下は、お母様のお父様。
つまり私のお祖父様ということになる。
他国とはいえ、国王陛下が祖父とか信じられない。
お会いしたことはないから実感はないけど。
ちなみにソレイユ王女のことも知っていたけど、まさか母とは思わなかった。
お母様と同じ名前の王女様がいたんだな、くらいの感覚で授業を受けていた。
シトラールお兄様も表情一つも変えずに授業を受けていたし。
へー、母と同じ名前のソレイユ王女はベイリーフ王国に嫁いだんだ、程度だった。
まさか、本人とは思うはずもない。
一国の王女がまさか貧乏子爵家に降嫁していたなんて思わない。
想像もできなかったから仕方がないよね、と自分で納得する。
話は戻すけど、ジンガー侯爵である宰相閣下の方がサフラン国王陛下より少し年下のはずだ。
個人的なことになるけど、サフラン王国のことを聞いてみたい。
自分のルーツをこんな形で知ることになるなんて驚きだ。
ちょっと待って。
魔法学園時代に宰相閣下が話しかけてくださったのは、私とシトラールお兄様がサフラン国王陛下の孫だから?
今更ながら、そのことに気がついた。
「メリッサを見ていると、本当に飽きないね」
百面相をしていた私に対して、ローレル様は愛おしそうに見つめながら、幸せそうにしみじみと言った。
その言葉に、私は真っ赤になってしまっていた。
「宰相はメリッサがサフラン王国の国王陛下の孫だからではなく、メリッサ本人の資質を認めてくださっているんだよ」
ローレル様は嬉しそうに教えてくれた。
どうやら、宰相閣下は私個人を気に入ってくださっているらしい。
そのことは純粋に嬉しい。
でも私の資質とは?
いくら考えても分からず、私は首を傾げることしか出来なかった。
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