回復作用のお茶は効果抜群
目を覚ますと、王太子夫婦の寝室のベッドの上だった。
隣には笑顔のローレル様がいる。
「……」
まぁ、この展開は少し慣れてきた。
でも、やはり寝顔を見られているのは気持ちのよいものではない。恥ずかしい。
「おはよう、メリッサ」
「……おはようございます」
私はローレル様に挨拶を返しながら、眠る前の会話を思い出す。
魔力切れを起こして、体調回復のために私は眠ってしまった。寝たおかげか、頭も身体もすっきりしている。
もう少し魔力量が多ければ、こんなことにならないのに。どうにもならないことだけど悲しい。
……。
あれ?
なんでローレル様がここにいらっしゃるの?
私の話を聞いて対策するために、すぐに行動なさったはずだ。それなのに、ローレル様は私の隣に寝ているのだろうか。
「メリッサ、朝食は食べられそう?」
「え?」
ローレル様の言葉に私は驚く。
部屋の外を見ようとしても、天蓋ベッドの帳は下りているし、寝室のカーテンも引いてある。
目視による確認はできなかった。
でも、朝?
驚きに目を見開く。
昨日、私が眠りについたのは遅くても十七時前だったはず。
単純計算しても十二時間以上は眠っていたことになる。
そんなに眠っていたのか……我ながらびっくりである。
私は大きく息を吐いた。
魔力切れは本当に楽観視することはできないと思った。
ここまで長時間も寝てしまったなんて。
そんなに身体が休息を求めていたなんて思わなかった。
現在、時間は惜しい。
眠ってなんている時間はない。
フローラ嬢の件が片付くまで、最低限の睡眠で良い。
あの回復のお茶は極力飲まないようにしなくては。
「あの回復作用の入っているお茶は毎日飲むようにね」
「い?」
私があのお茶を飲まないようにしようと考えていただけに、ローレル様の言葉に困る。
「あ、あの、それは、ちょっと……」
「メリッサ、結婚式まであと九日だよ? 分かっている?」
ローレル様の言い分に、私は言葉を詰まらせた。
確かにその通りなのだけど。
フローラ嬢の件も早く片付けた方が絶対に良い。
実際にフローラ嬢が貴族牢から逃走する際、人が亡くなっているのだから。
第二、第三の犠牲者を出すわけにはいかない。
白魔法自体の解明も、早ければ早い方が良い。
某昆虫ではないけど、一匹見つけたら三十匹いると思った方が良いかもしれないし。
三十は言い過ぎかな。
でも、ゼロの可能性がないわけでもないのは事実なわけで。
白魔法の存在自体を知らないだけで、使える人はフローラ嬢以外にもいるはず。
広まってはいけない魔法なのだから。
「メリッサの魔力が万全に回復しているし。万が一の時のためにも魔力量は万全にしておいた方が良いよ」
「……う」
ローレル様の説明に、ぐうの音も出ない。
その通りだ。
特に私はただでさえ魔力量が少ないのだから、万が一に備えておいた方が良いに決まっている。
何が起こるか見当もつかないのだから。
備えは万全にしておいて損はない。
分かっているけど……。
結婚式当日に魔力切れで動けず、中止になるわけには絶対にいかないし。
ローレル様のおっしゃる通りではある。
無意識に魔力を使ってしまうのは、どうにかしたい。
自分で調整できるようになるだろうか。
甚だ不安だ。
しかも短期間では絶対に無理。
私はそんなに要領が良くないことを自覚している。
「メリッサを巻き込んでごめん」
ローレル様が私を抱きしめながら、苛立ったように言った。
これは私への苛立ちではない。
ローレル様自身への苛立ちだ。
「巻き込まれたなんて思っていませんよ」
もしかしたら、私のせいかもしれないとさえ思っている。
ローレル様を含め、たくさんの人を巻き込んでしまっていたのかもしれない。
私はこの世界のバグではないのだろうか。
ローレル様の妃になって、そう考えるようになってしまっていた。
私がいなかったら、シナリオ通りに物語が進んでいたのかもしれないし。
そう考えると乙女ゲーム第二弾が何故あるのかと疑問ではあるけど。
ローレル様とラズベリーさんとの関係が上手くいっていたら、第二弾はないような気がしてきた。
メイン攻略者がローレル様にはならないでしょ、普通。
でも、この世界の乙女ゲーム第二弾が普通ではなかったことを思い出す。
ヒロインのフローラさんがメンヘラ気質だということを、ラズベリーさんに聞いていた。
メンヘラかぁ。
どの程度のメンヘラなんだろうか。
私にはメンヘラの知り合いは今世にも前世にもいなかったし。
いたとしても隠していたのだろうか。
メンヘラにも種類があるよね、きっと。
ファッションメンヘラ、なんて言葉もあったくらいだし。
そちらの方面にも疎いと、私は自覚している。
私自身マイペースだし。
類は友を呼ぶではないけど、仲の良い友人もマイペースだった。
メンヘラ要素を持つ友人がいなかったのだ。
当たり前だけど、この世界にはもちろんメンヘラという言葉自体がない。
この手の医者もいないわけで。
もちろん専門医療もないし。
どうしたものかと頭を悩ませる。
専門家がいないのが痛いな。
私では理解の限界がある。
現時点で、もうキャパオーバーしている。
「そんなに悩まなくて良いよ、メリッサ」
ローレル様が私を抱きしめてから囁く。しかも私の耳元で。
「っ!」
そして、腕だけではなく足まで絡ませてくる。お互いの素足が触れる。
「っ?!」
なんで素足同士が当たるの?
そういえば、私の上半身もローレル様の肌の温度を強く感じるし。
どういうこと?
ローレル様に抱きしめられて、身体は動かない。
でも、なんとか動く腕を動かすと、衣擦れの音はほとんどしない。
透明度の高いナイトドレスを着ているようだ。
どうしてこんなことになっているの?
っていうか、こんなナイトドレスは見たことないんですが?
……私が身に着けるものはローレル様が全て用意してくださっていることを思い出す。
下着とナイトドレスは自分で選びたいと、今度伝えることにする。
話す機会を間違わないようにしなければいけないと自分に言い聞かせる。
そうしないと私の意見が通らない場合もあるのだから。
この辺は、この二ヶ月で十分に学習した……。
「あ、あの、ローレル様?」
「何?」
ローレル様は私の肩に顔を埋めながら聞き返してくる。
ひー。
吐息が肩と首元にかかる!
「私、いつの間にナイトドレスに着替えたのでしょうか?」
自分で着替えた記憶はない。
回復作用のお茶を飲んで、朝までぐっすりだったから、自分で寝ぼけて着替えることもできないはず。
「私が着替えさせたよ。メリッサが寝てすぐに」
ローレル様は当たり前のように答える。
一番聞きたくない返答が返ってきた。
泣きたい。
「下着も替えようとしたんだけど……我慢できなくなりそうだったから。下着は着替えさせられなかった、ごめん」
最悪の事態は回避できているようだ。
良かった。
……良かった?
いや、良くないよね?
しかも平然と答えないで欲しい。
ローレル様の中では当然のことのようだけど、私には重大問題です。
「……侍女に頼んでいただけたら良かったのに……」
思わず本音が出た。
私の着替えなんてローレル様の仕事ではない。
王太子なのだから、もっとやるべきことがあるでしょうが!
思わず心の中で叫ぶ。
「メリッサ、ここをどこだと思っている?」
「?」
ローレル様に聞かれて意味が分からず、首を微かに傾げる。
「私たち夫婦のベッドの上だよ。たとえ女性でもメリッサに触ってほしくない。ここは私たちだけの場所なのだから」
なぜかローレル様が力説している。
ローレル様にも、強いこだわりがあるらしい。
でも、私の意見は?
反論しようと口を開きかけた時、私は口を塞がれていた。
ローレル様の唇によって。
まぁ、折り合いをつけていくのも夫婦のあり方かもしれない。
ローレル様に流されているのを自覚しながらも、そんなことを思っていた。
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