対策会議(ハーツ・イーズ視点)
ローレル殿下が瞬間移動の魔法を使っているのを初めて見た。
驚くものだな。
「シトラールも使えたのか」
僕の問いに、シトラールは首を振った。
「先日、教えていただいたばかりです」
シトラールの返答に、僕は目を細める。
先日教えてもらって、もう使えるようになったのか?
そんなに簡単な魔法ではない。
メリッサだけではなく、シトラールも凄い才能だな。
剣術では歯が立たないけど、魔法ならシトラールと同等……までは言わなくても、それなりに使えると思っていた。
どうやら僕は、自分に慢心していたようだ。
バウム子爵家の兄妹は、厳しいほど僕に現実を教えてくれる。
幼い頃からずっと。
僕がここまで来られたのは、悔しいことに彼らのお陰だ。
それは間違いない。
「嫌味か!」
僕の言いたかった言葉を、マレインが代弁してくれた。
「もしかしたら、必要になるかもしれないと思って。メリッサに何かあったら大変だし。シトラールには覚えて貰ったんだ」
ローレル殿下が満足そうに言った。
結構、魔法を教える時はスパルタなんだよ、ローレル殿下は。
以前教えていただいた時は、二度とごめんだと思ったのを思い出す。
「何かあったのですか」
僕はローレル殿下に向かって口を開いた。
緊急事態だから、ローレル殿下は瞬間移動の魔法を使ったのだ。
時間短縮のために。
「時間がない。よく聞いてくれ」
ローレル殿下は、僕たち三人に向かって説明してくれた。
手短に内容をまとめて、ローレル殿下は言った。
メリッサから安心だと名指しされたのは、ローレル殿下も含め、ここにいる四人と、パトーキ侯爵令嬢とネリー女史。
そして今日、メリッサと情報を共有したらしいラズベリー・ハーブ。
白魔法は、まだ実体がよく掴めていない。
とても厄介な魔法。
マレインは白魔法の存在さえ知らなかったらしく、驚いていた。
今回見つかった文献の件は、ローレル殿下と僕しか聞いていなかった。
驚いている様子を見せないシトラールは、ラズベリー・ハーブから先ほど聞かされていたようだ。
白魔法は現在、国家機密状態である。
フローラ・フラワーは、白魔法を使えると思って良いだろう。
しかし、メリッサから聞いた話では、フローラ・フラワーの狙いはローレル殿下。
そして標的はメリッサとのこと。
ローレル殿下の機嫌が悪いのはこのせいか。
自分が狙われているにもかかわらず、どこまでもメリッサを優先する。
「あ、あの時ですね」
僕はローレル殿下と共に、フローラ・フラワーと魔法学園ですれ違ったことを思い出す。
珍しい虹色の髪。
ローレル殿下を一心に見つめていた。
あまりの常識のなさに、平民だと思ってしまった。
まぁ、ローレル殿下に見惚れる令嬢は多い。
珍しい光景ではなかったので、放置していた。
「確かにあれは、ローレル殿下に一目惚れしていましたね」
マレインがズバリと言う。
ローレル殿下は苦虫を噛み潰したような表情をしている。
本当に嫌そうだ。
「私はメリッサ以外に用はない」
はっきりとローレル殿下は答えた。
しかも即答である。
この調子だと、ローレル殿下はフローラ・フラワーを見つけた時点で始末してしまうのではないか。
白魔法を解明するためにも、多少は生かしておいてもらわなければ困る。
これは国としての意見なだけで、その後なら好きにしてもらって構わない。
結婚式前のこの重要な時期に水を差されているのだ。
怒りは相当なものだろう。
ローレル殿下の気持ちはよく分かる。
でも、メリッサは殺傷沙汰を酷く嫌がるのを、ローレル殿下もご存じのはずだ。
あのメリッサに気づかれずに事を運ぶのは、きっと難しい。
直感の鋭さと優しさが、メリッサの中で混在しているのだから。
これはメリッサの美点であり、欠点だと思う。
しかしローレル殿下の妃としては、メリッサくらい優しい心根を持っていた方が釣り合いは取れるのではないか。
時には非情な決断をしなくてはならないローレル殿下を、メリッサは支えてくれるだろう。
メリッサは優しいだけではない。
芯の強さを持っている。
「あと、ハーツ」
「はい」
ローレル殿下が僕へと振り返った。
「アレックスとトスカナ公爵令嬢に、メリッサが会いたがっている。忙しいだろうが調整を頼む」
「は? アレックス様はともかく……トスカナ公爵令嬢は危ないのでは?」
アレックス様は筆頭公爵家嫡男らしく魔力量も多いし、剣術の腕も良いと聞いている。
でも、トスカナ公爵令嬢は魔力量は少なくないが、魔法を操ることに関しては得意ではない。
ほんの二か月前まで、同じクラスで三年間学んでいたのだ。
それはローレル殿下もご存じのはず。
「そうだな。その時はハーツとマレインで、メリッサとトスカナ公爵令嬢の護衛についてくれ。トスカナ公爵家とこれ以上揉めるのは得策ではないしね」
ローレル殿下は苦笑していた。
笑い事ではない。
現公爵がこの執務室へ、二か月前に怒鳴り込んできたではないか。
娘の気持ちを弄んだのかと、怒り心頭だった。
ローレル殿下がメリッサと結婚するまで、トスカナ公爵令嬢を王太子妃筆頭候補と故意に思わせていたのだから当然だ。
今回のフローラ・フラワーの件で、現在は文句を言えない立場になってしまった。
仕事が中断させられるので、これ以上は勘弁してもらいたい。
トスカナ公爵も娘を危険な目には遭わせたくはないだろう。
ローレル殿下も分かっているはず。
それでもローレル殿下は、メリッサをどこまでも優先する。
清々しいほどに。
ここは僕とマレイン、そしてアレックス様が頑張るしかないのか。
……戦闘魔法は得意ではないが、仕方ない。
「承知いたしました」
僕はローレル殿下に一礼した。
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『メリッサ嬢に決めたよ!』
六年前のあの日。
ローレル殿下がメリッサとの顔合わせのあと、言われた言葉は忘れられない。
あの時は、最初何を言われたのか理解できなかった。
イーズ侯爵家から王城に向かう馬車の中での発言だった。
しかも来た時とは違い、とても興奮していらっしゃった。
こんなローレル殿下を見たのは初めてだった。
そのことにも驚いていた。
『何をお決めになられたのですか?』
『もちろん私の妃だよ。あんなに可愛くて博識な令嬢なんて他にはいない!』
ローレル殿下の口から矢継ぎ早に出てくる賛美の言葉に、僕はますます首を傾げてしまう。
可愛い?
博識?
誰のことを言っているのか、最初は理解できなかったのだ。
もしかして、ローレル殿下はメリッサのことを言っているのか?
可愛い……と言えなくはないかもしれない。
博識……興味のあることだけ、なんだけど。
でも、今日のメリッサを見て、妃候補から外れたと思っていたのに。
まさかローレル殿下がメリッサを気に入るなんて、誰が思うのだろうか。
『私の妃はメリッサ嬢しかいない!』
ローレル殿下は宣言するように言った。
まだ陛下にもお伝えしていないのに、簡単に断言して良いのか。
ローレル殿下の意思だけで決められるものなのか。
疑問はたくさんあった。
それでも、この時はなんとなく、メリッサがローレル殿下の妃になることに疑問を持たなかった。
メリッサがローレル殿下の妃になることに、違和感を覚えなかった。
反対に、とても自然なことだとさえ思ってしまった。
そして、ローレル殿下の真剣な表情を改めて見た。
間違いないと、なぜか自分で確信を持ってしまっていた。
とても不思議な感覚だった。
その未来は、希望に溢れていたのだ。
『お二人に誠心誠意、一生お仕えします』
僕は自然と、そう言っていた。
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