執務室で留守番(ハーツ・イーズ視点)
今日、メリッサはラズベリー・ハーブと会談する予定が急遽設けられた。
この忙しい時期に勘弁してほしい、というのが本音だ。
王太子殿下の結婚式までは、あと十日しかない。
仕事が立て込んでいる。
しかも結婚式後、しばらくローレル殿下はメリッサを連れて、地方にある王家の離宮に滞在する予定だ。
その間の公務を、現在かなり無理をして前倒しで処理している。
ローレル殿下が長いことメリッサに片想いをしていたことを知っている僕としては、その気持ちを理解しているつもりだ。
メリッサと二人きりで過ごしたいのだろう。
そんな忙しい中で起こった、今回のフローラ・フラワーの事件。
そして、フラワー領から見つかったという白魔法に関する文献。
嫌な予感しかしない。
間違いなく、この二つは連動している。
新情報はまだ入らない。
だから、前倒しの仕事を処理している。
ローレル殿下はメリッサから離れないと言い張るし、シトラールは婚約者のラズベリー・ハーブに付き添うと言うし。
マレインは護衛のために同行すると言ってついて行った。
絶対にマレインは興味本位だ。
見え見えである。
でも、メリッサが言い出したのだから、必要なことだったのだとは思う。
結婚式の準備は大丈夫なのだろうか。
心配になる。
ラヴィンドは身内に不幸があったらしく、昨日から出勤していない。
リンシードは警備の確認のために、王宮騎士団と王宮魔法師団へ向かった。
……王宮魔法師団には、マレインが確認に行けば良かったのでは?
今更そんなことに気がつくとは。
少し落ち込む。
ここ数日は、イーズ侯爵家に帰宅できていない。
王宮に泊まり込みである。
仕事のし過ぎだ。
分かっているけど、仕事をしないわけにもいかない。
ローレル殿下は、側近を増やすことを考えていないのだろうか。
今はシトラールがいてくれるが、今後を考えるなら人数を増やすべきだ。
僕はいずれ、宰相の仕事を手伝う予定になっている。
宰相になるために。
だからこそ、新しい側近を入れて仕事を分担しなくてはいけない。
でも、人材がいないのも事実。
王太子の側近だから、爵位持ちか高位貴族の令息でなければならない。
しかも政治バランスも大事だ。
限られた人間から選ばなければならない。
そうなると、優秀な人材は多くない。
あと、人格も重視される。
大国であるベイリーフ王国の政を担うことになるのだから、人格者でないと話にならない。
レーモン兄さん、早くバウム子爵家を継いでくれないかな。
そうしたら、レーモン兄さんには絶対にローレル殿下の側近になってもらうのに。
バウム子爵家の嫡男であるレーモン兄さんは、本当に優秀で、そして人としても尊敬できる。
王太子妃の兄という立場になるし、問題はないはずだ。
でも……無理だろうな。
バウム子爵家でメリッサから引き継いだ魔法改良の研究が、生き甲斐になったと言っていたし。
何より目立つことを好まない。
これはバウム子爵家の特徴だ。
アレックス卿を引っ張ることができなかったことは、本当に痛かった。
あの人は優秀だから。
宰相に気に入られるのも無理はない。
僕は思わずため息を吐いてしまっていた。
「ただいま」
マレインがそう言いながら、執務室に入ってきた。
何やら上機嫌だ。
僕は時計を見る。
思った以上に仕事に熱中していたようで、ここまで時間が経っていたとは思わなかった。
「遅かったですね」
僕は視線だけマレインに向けた。
本来なら、メリッサとラズベリー・ハーブとの会談はとっくに終わっていたはずだ。
こんなに時間を押したなんて、何かあったのだろうか。
「お一人ですか?」
僕はマレインに聞いた。
ローレル殿下とシトラールがいない。
一緒に戻ってくると思っていたのに。
「ローレル殿下はメリッサちゃんに付き添って王太子宮殿へ。シトラールはラズベリーちゃんから引き止められてた」
「それで、マレインが遅くなった理由は?」
「アンジェリカちゃんを王太子宮殿に送ってきた」
マレインは何でもないことのように、自分の執務机へと向かっていた。
「……メリッサに何かあったのですか?」
ローレル殿下がメリッサを送って行ったことには疑問を持たない。
でも、メリッサがパトーキ侯爵令嬢と一緒に王太子宮殿に戻らなかったのが気になる。
別行動しなくてはいけない理由でもできたのだろうか。
「少なくとも、ラズベリーちゃんとの会談の時は何もなかったと思うよ。メリッサちゃんはラズベリーちゃんに気を許していたみたいだし」
マレインの返答を聞いて、視線を書類へと戻す。
なるほど。
メリッサはラズベリー・ハーブを身内だと認めたのか。
ラズベリー・ハーブをそこまで警戒しなくても良さそうだ。
まぁ、シトラールが選んだ女性なのだから間違いないのだけど。
シトラールがすぐに戻ってこないのも気になる。
多分、メリッサはラズベリー・ハーブから何らかの情報を得た。
そしてラズベリー・ハーブもメリッサから何かを聞き、まずはシトラールに報告しているといったところか。
シトラールが執務室の仕事が山積みなのを分かっていても、ラズベリー・ハーブから話を聞く必要があると判断したのだろう。
そこをバウム子爵家の人間が読み間違えることは絶対にない。
「メリッサちゃん、凄く周りを警戒していたよ。多分、王太子宮殿までは持たないと思う」
「……持たない、とは?」
僕はマレインの言葉に疑問を持ち、顔を上げた。
「魔力量。メリッサちゃんの警戒は魔力を消費している。多分、間違いない」
「え?」
「お茶会でも魔力切れを起こしてただろ? あれもフローラ・フラワーへ過度に警戒して、魔力を使っていたみたいだし」
「……」
マレインの説明に、納得する自分がいる。
僕はメリッサを思い浮かべた。
能天気で、とても変わった幼馴染。
メリッサは身内にはとても甘い。
『身内』だと、メリッサが認識している人たちにも。
無意識に、そして徹底的に守ろうとしているのは昔からだ。
とてもメリッサらしい。
僕も何度、彼女に守られたことか。
……巻き込まれもしたけど。
「でも、あれは自分でも気がついていないかも。ちゃんとメリッサちゃん自身に魔力調整してほしいけど、無理かな」
「……無意識に魔法を発動している、と?」
「そう。魔法の開発や改良をしながら、無意識に使えるようになった魔法だと思う」
マレインの説明を聞く限り、自分でも知らずに開発した魔法を使っていることになる。
なんだ、その才能の多さは。
腹が立つ、を通り越して呆れる。
「それで、アンジェリカちゃんと王太子宮殿に着いたら、ローレル殿下がメリッサちゃんを連れて寝室に籠もったって」
「……」
これは間違いなく何かあった。
緊急事態が起こり、メリッサがローレル殿下に何か報告しているのだろう。
しかも、内密に知らせなければいけない事案ができたと推察できる。
もしかして、白魔法に関してか。
まぁ、情報を共有してくれるのは、とてもありがたいことだ。
しかもメリッサからの情報なら、有力なものだろうし。
誤報ではない。
僕たちは助かるが、メリッサは大丈夫なのだろうか。
結婚式まで、あと十日。
メリッサにとって人生で一番幸せな日になってほしいのに。
こんなことが起こるなんて。
僕がもっと優秀だったら、メリッサの手を煩わせることもなかったのに。
「っ!」
その時、魔法の気配がして、僕とマレインは身構えた。
一瞬、マレインより出遅れた。
僕が考え事をしていたせいか。
それとも、魔力量の差か。
「すまない、遅くなった」
執務室に突如現れたのは、この部屋の主であるローレル殿下。
そして、シトラールも一緒だった。
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