最適な密談場所
ローレル様は私がお願いしなくても、王宮魔法師団の本部から王太子宮殿へ一緒に向かった。
「寝室にお茶の用意を」
王太子宮殿に戻るなり、ローレル様はネリーさんに告げた。
「畏まりました」
ネリーさんは少しだけ驚いたようだけど、すぐに平静に答えた。
他の侍女やメイドは凄く驚いている。
そうだよね。
日中から寝室に向かうなんて、かなり恥ずかしくて、私は顔が赤くなるのが止められない。
確かに王太子宮殿の中でも、ローレル様と二人だけで話せる場所は限られているし。
その中でも寝室は結界魔法と防音魔法、そして一番守りが固い場所でもある。
ローレル様と内密の話をするには、とても理に適っているとは思うけど。
恥ずかしいものは恥ずかしい。
よくよく考えれば、ローレル様と私って新婚なんだよね。
結婚式はまだ挙げていないけど、婚姻はしている。
新婚ならば不思議なことではないのかもしれない。
……ローレル様は誰もが尊敬する王太子。
評判が悪くならない?
大丈夫かな。
心配になる。
婚約をすっ飛ばして結婚したから、少し変わった方だと思われてないと良いけど。
しかも相手は貧乏子爵家の末娘だし。
ここは王太子宮殿。
使用人は普段から、ローレル様と私が別々の寝室を使っていることを知っている。
何度か同じベッドで眠った日もあるけど。
そういうことはしていないということを知っているはず。
今更ながら私生活を知られてしまう生活に慣れなければいけないのかな。
仕方がないことなのは、分かっている。
私はローレル様をチラリと見た。
平然となさっている。
馬車の中で、私は何も口を開かなかった。
ローレル様も何も聞いてこなかった。
ただ黙って、私を抱きしめているだけだった。
「それで、収穫はあったみたいだね」
お茶だけ用意してもらい、人払いを命じてから、ローレル様は私に尋ねた。
確信めいた言い方だった。
私の表情から汲み取ったのだろうけど。
「はい、ありました。ご報告の前に、お茶をいただいても良ろしいですか?」
喉が渇いて仕方がなかった。
緊張しているのが自分でも分かる。
やっと一息つける安堵感も大きい。
王宮魔法師団の本部から今まで、魔力も気力も使っていたのだ。
魔力切れを起こさなかったのは、本当に良かった。
馬車の中という密閉空間でローレル様と二人きり。
しかも抱きしめられているという状況。
気疲れの原因は、間違いなくローレル様である。
でもローレル様は、ただ私を抱きしめていたのではなかった。
周りを警戒して魔力を使い続けている私に、微量ではあるけど魔力を与えてくれていた。
ローレル様から魔力を供給してもらえなかったら、絶対に魔力切れを起こしてしまっていたのだ。
確実に。
それにしても、他者に魔力を供給するなんて。
かなりの上級魔法をさらっと使うなんて、さすがローレル様。
どんな仕組みになっているのか、ぜひ魔法解析をしてみたい。
今はそんな状況ではないから、詳しく聞かせてもらいたいと思ってしまった。
とてもお忙しいしね。
そこは難しいかな。
でも、駄目元でいつか聞いてみよう。
ローレル様から渡されたカップのお茶を一気に飲み干す。
生き返る。
あれ、このお茶、初めて飲んだものだ。
魔力回復と体力回復の成分が入っている。
どうして?
それから、私たちは王太子夫婦の寝室にいることを思い出した。
しかも、私は今、ベッドの上に座っている。
きっと、これから体力を消耗するだろうからってことか。
違う……そうじゃないのに。
恥ずかしい。
「もう一杯飲む?」
「いえ、もう大丈夫です」
私の返事を聞いて、ローレル様は私からカップを受け取り、脇のテーブルに置く。
当然のように、ローレル様は私の隣に座った。
そして、改めて私を見る。
「有益な情報を得ました。今日はラズベリーさんに会えて本当に良かったです。わがままを聞いていただき感謝します」
「……普通に抱きついてきて、ありがとうで良いんだけどな」
ローレル様は、私を抱きしめながら言った。
私も言い方が堅苦しいな、とは思ったけど。
ここ、ベッドの上ですからね?
抱きしめられると、余計に緊張してしまうのですが……。
しかも寝室の窓には、全てカーテンが引かれているし。
天蓋ベッドの帷も下ろされている。
密談には本当に、これ以上の場所はないのだろうけど。
ここでローレル様と二人きりなんて……慣れていない。
間接照明も控えめだし、ローレル様の顔がまともに見られない。
ここまであからさまだと緊張する。
「メリッサが、私のことを異性として見てくれるのは本当に嬉しいよ」
ローレル様は私を抱きしめたまま言った。
そう言えば、数時間前に私はローレル様へ自分の気持ちを伝えたんだった。
忘れていた。
心臓の音がうるさい。
きっと私の現在の心情は、ローレル様に伝わっている。
私のことなんて全てお見通しなのだろうけど。
単純すぎるもんね、私。
「ローレル様、お話させてください」
私の言葉を聞いても、ローレル様は抱きしめている腕を動かす様子はない。
「このままでも、話はできるよ」
「え? このまま?」
「座っているのがつらいなら、横になろう」
気がついた時には、ローレル様は私を抱きしめたまま、ベッドに寝転ぶ形になっていた。
そして、もぞもぞと手を動かしているし。
え、ローレル様は何をしているの?
「コルセットを外した方が身体は楽だよね」
大したことでもないように、ローレル様は言う。
確かにそうですが。
普段はあまりコルセットは着用しないから、少し苦しい。
……ローレル様。
え、ドレスを脱がせようとしているの?
「大丈夫、結婚式が終わるまではしないよ」
身体を硬直させてしまっている私に、ローレル様は小声で言い放つ。
しないって、何を?
ローレル様はコルセットの紐を解いた。
一瞬で身体が楽になる。
「な、慣れていますね?」
「メリッサが身に着けるものは、全て把握しているよ。私が用意したしね」
ローレル様は当然のように答えた。
そうだった!
私は王宮に着の身着のままで来たのだ。
まさか国王陛下に呼び出されて、ローレル様と婚姻することになるなんて思ってもいなかった。
そして、そのまま王宮で暮らすことになるなんて、想像さえしていなかった。
その日から私が使うものは全て揃っていた。
不足は何一つなかった。
ドレスも下着も……。
下着も?
しかもサイズはどれもぴったりで。
……もしかして、ローレル様に私の身体のサイズは知られている?
なんか、これは今更だと思うことにした。
うん、そう思うことが一番な気がする。
「ありがとうございます」
「何のこと?」
「全てを用意していただいたこと。お礼を言っていなかったので……」
私の言葉に、ローレル様が笑っているのが伝わってくる。
お礼を言っただけなのに。
おかしなこと、言ってないよね……?
「そこは無理強いしたからね。メリッサに恨まれているのかと思っていた」
ローレル様の言葉に、私はここで暮らした二か月を思い出す。
恨んだことなんてない。
多少、戸惑っていただけで。
そうかと、自分で納得する。
私は最初から、ローレル様との結婚は嫌ではなかった。
初めてお会いした時から、今まで一度も嫌と思ったことはない。
これが答えだった。
この婚姻は、間違っていない。
「私、ローレル様のこと大好きです」
最初から嫌いではなかった。
素敵な人だと思っていたし。
ただ、雲の上の人だと思っていただけで……。
「メリッサ……今、私たちがどこにいるか分かっている?」
「王太子夫婦の寝室のベッドの上ですね」
私は即答した。
「それなのに、そういうことを言うなんて……全く、メリッサは……」
「ローレル様はお約束は守ってくださる方なので、信用しています」
私はローレル様を抱きしめながら答えた。
嫌なんて思わない。
幸せだと感じる。
ローレル様は深く息を吐いた。
「メリッサ……最後までしないだけなら、色々と手段はあるからね?」
「ぴょっ!?」
私はローレル様の言葉に、驚きすぎて変な声を上げてしまった。
そんな私に、ローレル様は笑っていた。
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