対策準備
私は砂時計を立てる。
これ以上の時間稼ぎは難しい。
ローレル様の機嫌を損ねるわけにはいかない。
この件に関して協力してもらわないと、私が身動きできない。
現状、悲しいことに動く方向さえ分からないのだから。
動けない、が正しい。
「ラズベリーさん、シトラールお兄様は大丈夫よ」
私はラズベリーさんに言った。
「これもバウム子爵家の血統魔法なのだけど、精神を操られたりはしない。だから、シトラールお兄様には頼ってください」
「分かった」
少し安堵したように、ラズベリーさんは笑った。
シトラールお兄様が精神を乗っ取られることはないだろう。
その耐性があると感じた。
理由は分からない。
毒耐性もあるのだから、不思議なことではない。
これがバウム子爵家の血筋なのだ、きっと。
私はフローラ・フラワー嬢を思い浮かべる。
お披露目の夜会で、凄く睨まれたことは忘れられない。
「あと、私はフローラ・フラワー嬢に嫌われているみたいなのですが……何か心当たりはありませんか?」
「あー、ローレル殿下のことがお好きなのかもしれないですね……」
ラズベリーさんは私から視線を逸らしながら、躊躇いがちに言った。
やっぱり、それが理由か……。
私はフローラ嬢と直接会ったことがないから、個人的な恨みは買っていないと思ってはいたけど。
「ん? ローレル様はどこでフローラ嬢と会ったのかしら?」
私は首を傾げた。
ローレル様とフローラ嬢の接点はないはずである。
物理的にも、無理なはず。
「フローラ・フラワー嬢も乙女の遊びをご存じだと思われますか?」
「いいえ」
私の問いに、ラズベリーさんは即答した。
「……理由を伺っても?」
「フローラ・フラワーが最短でゲームを攻略したいなら、魔法学園に残るのが一番だからです」
「?」
私は首を傾げた。
意味が分からない。
ラズベリーさんは、何を言いたいのだろうか。
「本来、フローラ・フラワーのゲーム開始時期は三年後なんだよね」
「三年後?」
「魔法学園を首席で卒業して、王宮の文官として勤めるのが出会い」
なるほど。
それでローレル様とお会いすることができるのか。
王太子であるローレル様と出会うなんて、普通はない。
「でも、舞台は王城で間違いはない、と」
私の呟きに、ラズベリーさんは頷く。
これでは転生者かどうかは判断が微妙なところだと感じる。
「フローラ・フラワーは大人向けのゲームなの」
ラズベリーさんの言葉に、私は顔を引きつらせてしまった。
そうなの?
そういうのもあるのね。
知らなかった。
「遊びのお相手は?」
「ローレル殿下、殿下の側近、トスカナ公爵家の嫡男、シベリアン・ジンセンに、あとはサフラン王国のクロード殿下」
ベタな設定ですね。
思わず声に出してしまうところだった。
トスカナ公爵家の嫡男と言えば、ローズマリー様のお兄様のアレックス様か。
私の記憶が正しければ、彼は宰相補佐の仕事に就かれているはず。
もしかしたら、アレックス様の部下という立場になるのかもしれない。
……サフラン王国。
他国を巻き込むのはやめていただきたい。
あれ、でもサフラン王国の王族なら私の血縁者でもあるのかな。
会ったことはないけど。
シベリアン・ジンセン先生。
やはり攻略対象だったのか……。
元教え子でも完全にアウトと思うのは私だけかな。
「王弟殿下は?」
私は疑問に思ったことを、ラズベリーさんに尋ねた。
王弟でローレル殿下の叔父であるノビリス殿下。
シベリアン・ジンセン先生より年下のはず。
ちょっと待って。
私は王太子妃になってから、ノビリス殿下と直接お会いしていない気がする。
今更だけど、挨拶をしなくても良いのかな?
不安になった。
「……もしかしたら、隠れキャラかも」
そういうのもあるのか。
乙女ゲームには隠れキャラは付き物なのかな。
よく分からないけど。
「そう言えば、シトラールお兄様は違ったのですか?」
「あ、シトラールの名前だけは知ってたんだ。幻の隠れキャラと騒がれていたけど、都市伝説かと思ってた」
「……もしかして、難易度が高い遊びなのでしょうか?」
「どうだろう、普通かな?」
乙女ゲームのことに疎い私は、分からないことばかりだと思い知る。
それにしても、シトラールお兄様は隠れキャラだったのか。
顔が良いから、攻略対象者だろうなとは思っていたけど。
しかも、優秀だし。
シトラールお兄様は自分に認識阻害の魔法を使っているし、発見されなさそう。
魔力量も多いし、簡単に魔法を解くこともできないだろうし。
そして、なんと言ってもバウム子爵家の資質が加わるのだから、隠れることには特化している。
幻と言われても仕方がないのかもしれない。
「そろそろ、砂時計の砂がすべて落ちてしまいますね。もし良ければ、フローラ嬢のイベント場所を思い出したら教えてくださいませんか?」
私は椅子から立ち上がりながら言った。
「うん、分かった」
ラズベリーさんの同意を得て、私は扉へと向かう。
「今日はラズベリーさんとお話できて良かったです」
私はそれだけ言って、部屋の扉を開いた。
と、同時にローレル様が私を抱きしめる。
あまりに早い動きに驚いてしまった。
「心配したよ」
「苦しいです、ローレル様」
それに人前で抱きしめられると、本当に恥ずかしいのでやめてください。
そんな私とローレル様をすり抜けて、シトラールお兄様はラズベリーさんへと向かった。
「約束、守りましたよ」
私はローレル様に言う。
「メリッサ……」
「あ、ローレル様。今日、私が身に着けていたネックレス、そこのチェストに入っています」
ローレル様が口を開く前に、私はチェストを指差しながら早口で言った。
これでお互い様だと納得していただく。
微妙な表情のローレル様に、私はにっこりと微笑んだ。
きっと、あのネックレスに録画機能がついていると、私が気づくことも織り込み済みだろうし。
私はローレル様の抱擁から解放されて、チェストに向かい、ネックレスを回収する。
「このネックレス、とても気に入りました。着けていただけますか」
「分かった」
少し驚きながらも、ローレル様は答える。
まだ、私の意図を掴みかねているのが伝わってきた。
ここでは話せない。
ローレル様とシトラールお兄様は大丈夫。
精神を乗っ取られることは絶対にない。
多分、マレイン様も大丈夫な気がする。
アンジェリカは、少し不安が残るかなと思っていた。
でも、実際のアンジェリカの顔を見て、私は自分が何を心配していたのかと疑問視してしまった。
アンジェリカは、精神支配なんかに負ける想像ができないのだ。
うん、大丈夫。
「メリッサ、少し疲れた表情をしている。王太子宮殿に帰ろうか」
ローレル様が優しく声をかけてくださる。
「そうですね。では、ラズベリーさん、今日はありがとうございました。これからもどうぞ、よろしくお願いいたします」
「うん、じゃなくて、はい。また……」
「またお会いいたしましょう」
それだけ言うと、ローレル様が私をエスコートしながら歩き出す。
ローレル様、早いって。
「シトラールお兄様、良い方をお選びになられましたね」
私は本心から、シトラールお兄様に言った。
「ありがとう」
少し視線を逸らしながら、シトラールお兄様は小声で答えた。
照れてる!
今日は、この場を設けてもらって本当に良かった。
ラズベリーさんの人となりも分かったし。
フローラ・フラワー嬢の件は、有益な情報を得ることができた。
そこは満足している。
私はエスコートしてくださっているローレル様をちらりと見つめた。
これから、ローレル様に納得してもらわなければならない。
きっと大変な作業になる。
私はため息を吐きたいのを、必死に堪えた。
読んでいただきありがとうございます。少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。




