白魔法
私が砂時計を横に倒したことに、ラズベリーさんは声にならない悲鳴を上げていた。
「だ、大丈夫なの? そういうことをして……」
ラズベリーさんは恐る恐る、私に聞いてきた。
「今日はラズベリーさんと話さなければ、しばらく機会はないと思うので」
「あ、フローラ・フラワーの、こと」
私の言葉に、ラズベリーさんが緊張したことが伝わってきた。
現在もフローラ嬢は見つかっていない。
王城にいると目されているのに、一向に見つからない。
ベイリーフ王国屈指の魔法を使える人たちが多数いるにもかかわらず。
確かに王城は狭くはない。
だけど、こんな長時間フローラ嬢が見つからないなんて、明らかに何かある。
「……メリッサ。ひとつ、聞いても良い?」
「私で答えられることであるのならば」
ラズベリーさんの質問に、私は笑顔で応じる。
「メリッサも、転生者なの?」
あまりにもストレートな物言いに、私は苦笑してしまう。
時間がないから、ありがたくはあるけど。
「先ほど、私は答えられることであるなら、と申しましたよね。これは明言しない方が良い事案かと思います。知ることで、ラズベリーさんの立場を危うくしたくありません」
この回答で十分だと思う。
ラズベリーさんは、シトラールお兄様の大事な人なのだから。
「っ!」
「ただ、バウム子爵家について少しだけ触れておきます。血統魔法が少し特殊でして、その中でも私は特に直感力に優れているそうです。それをラズベリーさんが覚えていてくださると幸いです」
予防線は張った。
もし、この部屋での私たちの会話が漏れたとしても、最悪の事態は避けられるはず。
少し堅苦しい言い方になってしまったけど、ラズベリーさんには伝わったようだ。
顔を青ざめさせて、何度も大きく頷いている。
怖がらせたいわけではないけど、これもラズベリーさんを守るため。
あとはシトラールお兄様に任せれば良いだろう。
「ラズベリーさんは鋭い分析力をお持ちのようですね。ぜひ、あなたの分析したフローラ・フラワー嬢について伺いたいと思い、今日はこの場を設けてもらいました」
念のため、言い訳をもう一つ作るために言った。
一応、ラズベリーさんも実力主義の魔法学園で最上位クラスに入れた人なのだから、意味は伝わるはず。
ラズベリーさんって、才能はあるけど努力は嫌いというタイプだと思ったから。
現在も王宮魔法師団の研究所所属。
ベイリーフ王国屈指のエリートなのだ。
「あ、あの……私の考察で恐縮ですが、フローラ・フラワーはメンヘラ気質があるかと……」
私はラズベリーさんの言葉に目を丸くする。
ちょっと、それ。
めちゃくちゃ厄介なタイプでは?
なんでそんなのが、乙女ゲームのヒロインになるのよ。
設定がおかしいでしょ。
あ、その前に確認しなくてはいけないことがあったんだった。
「聞き忘れていました。ラズベリーさんは乙女の遊びをご存じ?」
「はい。その遊びの主軸を務めたことがあります」
ラズベリーさんの返答に、私は思わず目を丸くしてしまう。
上手い言い方だと感心してしまった。
彼女は地頭が良いみたい。
即答してきたのが、その証拠だろう。
羨ましい。
「そうなのですね。私はその遊びを一度もしたことがないの。今度詳しく教えてくださる?」
「ええ? 嘘、メリッサは一度も乙女ゲームやったことないの?」
驚きすぎて、ラズベリーさんは乙女ゲームとはっきり言ってしまった。
その言葉自体は問題ないから良いと思うけど。
まぁ、びっくりするよね。
本当に、ただ前世の記憶があるだけのモブ令嬢だったのよ、私は。
でも確認は取れた。
その上で、ラズベリーさんはフローラ嬢のことをメンヘラと言った。
メンヘラがヒロインの乙女ゲーム……。
病みそうで、やりたくない。
売れたのかな、メンヘラがヒロインなのに。
話題にはなる気はするけど。
多種多様と言われていたし、少しは需要があるかもしれない。
けれど、売り上げは伸びなさそう。
そんな余計なことを考えてしまった。
「もしフローラ嬢が乙女の遊びをなさるなら、場所はどこだと思われます?」
かなり無理のある聞き方をしてしまった感は否めない。
フローラ嬢が貴族牢から逃亡した際、人が一人亡くなっている。
これ以上、犠牲者を出すわけにはいかない。
内通者がいるかもしれないから、表立って私は動けない。
「場所までは分かりません。……メリッサ妃殿下は白魔法をご存じですか?」
ラズベリーさんの私への呼び方が変わった。
きっと大事なことを私に伝えたいのが分かる。
表情も至極真面目で、少し思い詰めているように感じた。
「白魔法……古の魔法の一つですね。病を治したり、民衆を導くことができると言われていることくらいしか……民衆を、導く、魔法」
言いながら、私は同じことを繰り返してしまっていた。
だって、大事なことだから。
白魔法は現在、失われた魔法だと言われている。
文献もそんなに多くは残っていないはずだ。
以前、気になって調べたことがある。
病を治すことができて、民衆を導くことができるらしい。
それは民衆の病を魔法で治したことで、神のように慕われるからそのように表現されているのだと思い込んでいた。
今だって、病を治療できる魔法はあるのに。
なぜ、その白魔法と呼ばれる魔法だけ現在に受け継がれなかったのか。
不思議に思うべきだった。
受け継がれなかったのではない。
受け継ぐべきではない魔法として認定されていたとしたら。
文献が少ししかないことも納得できる。
故意に文献を残さなかったことになる。
古の時代。
白魔法があったとされる時代には、大きな戦争があったことが示唆されている。
そして、その戦争の終焉を以て、古の時代は終わりを告げていた。
もしかして、白魔法を使う人たちを絶滅させるような、例えば魔女狩りのような戦争だった?
神話のような言い伝えに近いものかと思っていたけど。
もう二千年以上も昔のこととされている。
古の時代から間違いなく魔法は存在していた。
民衆を導く、か。
少し魅了魔法に似ている魔法なのかもしれない。
「白魔法は精神を操る魔法。そう記述されている文献が去年見つかっています」
「見つかった? どこで……」
ラズベリーさんの説明に、嫌な予感しかしない。
「フラワー男爵家の所有する地域で、です。先月、その文献は本物であると認められました」
今までで一番当たってほしくなかった予感が当たってしまった。
もう泣きたい。
最悪すぎる。
「まだ発表はされていません。混乱が予想されるので」
「……正しい判断だと思います」
ラズベリーさんの説明に、私は同意する。
「つまり、これは王宮魔法師団と王宮の一部上層部が知っているのですね」
「そうです」
「私も、その文献を見ることは可能でしょうか?」
私は頭を抱えながら、ラズベリーさんに尋ねた。
「……ローレル殿下にお願いなされば可能かと」
ラズベリーさんは言いにくそうに答える。
まぁ、そうなるよね。
思わず大きなため息を吐いてしまった。
「白魔法も血統魔法の一種かしら?」
「そのようなニュアンスで書いてありました。ですが、フラワー男爵にその血統魔法は認められませんでした」
「……そうなのですね」
じゃあ、母方の血筋かもしれない。
二千年も前に失われたはずの魔法。
「厄介ね……」
「ただ、白魔法は万能ではありません。その時々で、一人しか精神を操れないそうです。そして、他人を操っている時、白魔法を使っている者は身体が動かなくなるそうです」
ラズベリーさんの説明を聞く限り、精神を操るというより、精神の乗っ取りに近いのかもしれない。
誰がフローラ嬢に精神を乗っ取られているのかも分からないのが恐怖だ。
疑心暗鬼になりそう。
「メリッサ妃殿下。私の魅了魔法も、古の時代の王族のもののようです。お力に立てるかもしれません」
ラズベリーさんの真剣な表情。
頼もしい。
「ありがとうございます」
私の口から、自然にお礼の言葉が漏れていた。
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