言葉足らず
ラズベリーさんとは、じっくり話してみたかったので、とりあえず私は赤薔薇のフレーバーティーを淹れた。
薔薇の香りが室内に一気に広がる。
私がお茶を用意しているところを、ラズベリーさんが見ていた。
見ていたと言うか、凝視している。
私の顔を。
「王太子妃っぽくない顔でしょう?」
私は自分で言って笑えてきた。
「自分でも思うもの。なんで、こんな私が王太子妃なのかって」
「ローレル殿下がメリッサのことを好きだからじゃない?」
何事もないように、ラズベリーさんが答えた。
先程の短い時間だけで、ラズベリーさんにさえ気づかれたのか。
ローレル様は、私への気持ちを隠すことがない。
少しは隠して欲しい。
恥ずかしいから。
「三年前から凄い執着だったし。私がメリッサのことを知っていたのは、ローレル殿下がメリッサのことを位置特定の魔法で追っていたからだし」
「……は?」
ラズベリーさんの言葉に、私は彼女の前に置いたカップからお茶をこぼしそうになってしまった。
あぶない。
位置特定の魔法?
え?
私、その魔法をずっとローレル様に使われていたの?
もしかして今も使われている?
疑問が溢れてきた。
私はよろめきながらも自分の椅子に座り、お茶を一口飲む。
美味しい。
香りと味は全く違うけど。
位置特定か。
そう言えば、前触れもなくローレル様の執務室に行った時、私がそこにいるのが分かっているような足取りで駆け込んできた。
誰かが、私がローレル様の執務室にいると連絡したのかと思っていたけど。
ローレル様は最初から、私がそこにいることが分かっていたんだ。
位置特定の魔法で。
まぁ、便利な魔法は使わなくては勿体ないよね。
そういうことにしておく。
気を取り直して、私はラズベリーさんの方を見た。
「ごめんなさい。バウム領の特産のフレーバーティーなの。ラズベリーさんに気に入っていただけると嬉しいのだけど」
言いながら、好みもあるから、ラズベリーさんが気に入らないようなら次回から違うお茶にしようと思う。
なんたって、義理の姉になる人なのだから。
これからも会うことになる。
きっと、何度も。
「ありがとう、メリッサ」
お礼を言いながらも、ラズベリーさんは私の顔をまだ見ている。
何か気になることでもあるのかな。
顔に何かついてる?
思わず右手を頬に当てる。
「ご、ごめんなさい。近くで見ても、本当にシトラールと似てないね」
「お姉様とシトラールお兄様はお母様似で、一番上のお兄様と私は父似なのです」
苦笑しながら答えた。
王都をシトラールお兄様と歩いていても、兄妹と言われたことは一度もない。
なぜか恋人に間違われたことはある。
その時は、二人とも思わず心底嫌な顔をしてしまっていた。
同じことを思ってしまった……こういうところは似ているよね。
そんな会話をしていたことを思い出す。
「じろじろ見ちゃってごめんなさい。双子でも全く似てないのに驚いて」
「……?」
最初、私はラズベリーさんが何を言っているのか分からず、首を傾げてしまった。
「双子、とは?」
とりあえず、疑問に思ったことをラズベリーさんに聞いてみる。
「シトラールとメリッサ」
「え?」
私とシトラールお兄様が双子?
ラズベリーさんはなぜそんな誤解をしているのか分からず、私は考え込んでしまった。
言葉が出ない。
今まで、そんなことを言われたことがなく、どう答えれば良いのかと悩む。
普通の兄妹にも間違われないのに、双子と言われたことなんてない。
たとえレーモンお兄様とリモネンお姉様のお下がりの双子コーデを着ていた時でさえ、兄妹に見られることはなかった。
さすがにバウム領では、私とシトラールお兄様は兄妹と認知されていたけど。
「え? やっぱり血の繋がりはないの?」
ラズベリーさんは大きな声で聞いてきた。
しかも、テーブルに前のめりになりながら。
やっぱり?
やっぱりって何?
え?
ラズベリーさんって、シトラールお兄様と婚約したのよね?
婚約までしたのに、相手の家族構成をここまで知らないなんてあるのだろうか。
あ、私のせい……私とローレル様のせいで、二人の関係は急ぐことになってしまったのだった。
本当に申し訳ないことをしちゃった。
今は、ラズベリーさんの勘違いをなんとかしないと。
目の前の謎を解かないと先には進めない。
「……シトラールお兄様が、私たちは双子だとおっしゃったの?」
「あれ? 双子、とは言ってないかも。正真正銘、メリッサは実の妹。同じ両親のもとに生まれている、って言ってたかな?」
私はラズベリーさんの言葉に、こくこくと何度も頷いた。
同じ両親のもとに生まれている。
確かにその通り。
ラズベリーさんが勘違いしている理由が、やっと分かった。
完全にシトラールお兄様の言葉足らずである。
あの兄ならやりかねない。
「一番上のお兄様とお姉様は双子です。でも、シトラールお兄様と私は一つ違いなの」
「えっ、と?」
「私と同じ学年だったのは、シトラールお兄様が学年を一つ落としていたから……」
「留年? あの優秀なシトラールが?」
信じられないと、ラズベリーさんは声を上げた。
良かった。
一応、ラズベリーさんの中では、お兄様は顔だけが取り柄ではないと知っているようで安心する。
真面目だから、勉強や研究が好きなんだよね、シトラールお兄様は。
ラズベリーさんとの会話の中で、前世の記憶があるなら尚更誤解してしまうと感じる。
「魔法学園は十五歳にならないと入学できない。でも、それ以降なら魔力があれば、いつでも入学できるの」
「シトラールは、わざと学年を落として入学したってこと?」
「そうです。先程いらしたマレイン様は二つ年上なのですが、ご存じですか?」
「そうなの? マレインって二つも年上なの?」
どうやら、ラズベリーさんはマレイン様のことも知らなかったらしい。
「……二十歳の高校三年生だったのか」
ラズベリーさんの呟きに、思わず吹き出しそうになってしまった。
確かにその通りである。
前世でも、そういう人たちが全くいなかったわけではない。
それぞれ、都合というものがあるのだから。
「あ、そっか。ローレル殿下の側近だから、二人は学年を落として魔法学園に入学したのか」
「マレイン様はそうですが、シトラールお兄様は違います。私のお目付け役です」
ラズベリーさんは私の言葉に吹き出していた。
「メリッサって、そんなに問題児だったの?」
笑いながら聞いてくるラズベリーさんに、ちょっとモヤモヤする。
「違いますよ……多分」
「多分?」
わざと私は咳払いして、口を開く。
「バウム子爵家の中で、私だけ極端に魔力量が少ないのです」
私は自分を指差す。
見れば誰だって分かる。
外見だけで、魔力量が少ないって。
髪と瞳の色が、それを物語っている。
「そう言えば、魔力量と髪と瞳の色が連動している設定だったな」
何かを思い出すように、ラズベリーさんは自身に言い聞かせていた。
設定。
この世界で、魔力量のことを言い表す時に、その言葉は使わない。
間違いなく、ラズベリーさんはこの世界のことを知っている。
今の発言で確定である。
「でも、メリッサも魔法学園で最上位クラスにいたよね? 魔法の実技も込みの実力主義のクラス編成でしょ」
「私は独自で魔法改良をして、自分の魔力量以上の魔法が使えます」
「凄いじゃん! シトラールが、メリッサは規格外だって、そう言えば言ってた」
シトラールお兄様、規格外は絶対に褒め言葉ではないですよね。
今度、じっくり話し合わなければいけない。
「兄が言葉足らずで、本当にごめんなさい。多分、絶対他にもあると思う。シトラールお兄様が言っていないこと。昔から無口なの」
私はラズベリーさんに頭を下げた。
シトラールお兄様に、きっと悪気はない。
だからって、伝えないで良いわけではないのは事実である。
ましてや婚約者なんだから、知っておいてもらわないといけないことは、たくさんあるはずだ。
シトラールお兄様は、ラズベリーさんのことを知っているのだろうけど。
だからこそ、ちゃんと話し合ってほしい。
私はラズベリーさんに聞きたいことが、まだ聞けていない。
砂時計は勝手に進んでいく。
仕方ないと、私は砂時計を横に倒すことにした。
読んでいただきありがとうございます。少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。




