油断できない
私は大きく深呼吸した。
気を取り直して、ラズベリーさんへと視線を向ける。
時間は無限ではないのだから。
「では、ラズベリーさん。こちらに」
私は先程まで自分が座っていた椅子へと、ラズベリーさんを誘導する。
躊躇いながらも、ラズベリーさんは頷いた。
今日は何と言ってここへ連れてこられたのか、私は知らない。
とにかく、ラズベリーさんが話しやすいように笑顔を浮かべる。
先程から、ローレル様とアンジェリカを怖がっているのは明白で。
ローレル様の笑顔の圧も怖いよね。
めちゃくちゃ気持ちが分かる。
現にラズベリーさんは、ローレル様を避けるように遠回りしながら、私が誘導した椅子へ向かってくれた。
良かった。
私と会話する意思はあるようで安心した。
もしラズベリーさんが私を警戒していたら、きっと何も話してはくれない。
私への警戒を完全に解いているとは言い難いけど。
アンジェリカは私の専属侍女。
そして私はローレル様の妃。
全く警戒しない方が、こちらが心配してしまうレベルだよね。
いくら私がシトラールお兄様の妹でも。
「メリッサ、一時間だ。それ以上は許容できない」
ローレル様は、テーブルの上に用意してある砂時計を指差す。
最初、この砂時計を見た時は、準備が万全すぎて驚いた。
どこまで用意周到なのか、と。
「はい、ローレル様」
私の返事を聞いて、ローレル様たちは部屋から退出した。
ローレル様が心配しているのは伝わってきた。
そして、シトラールお兄様も。
扉が閉まると同時に、私は魔法を発動させた。
一瞬で、天井、壁、床が真っ白になる。
「え? え? 何これ?」
ラズベリーさんは、真っ白になった部分へと忙しく首を動かしている。
しかも全体的に発光しているしね。
ラズベリーさんが驚くのは普通の反応だと思う。
「もう少し、待ってくださいね」
私はそう言いながら、室内の私たちと同じ空間にある、ありとあらゆる家具をチェックした。
心配性のローレル様が、何か仕込んでいるかもしれない。
こういう時に、バウム子爵家の血統魔法は役に立つ。
「え? 風?」
室内に暖かい風が吹く。
またもやラズベリーさんは驚いている。
密封された部屋に風が吹くなんて、何事かと思うよね。
一応、風の流れで魔力チェックしてみた。
どうやら大丈夫のようだ。
そして、ローレル様が用意した砂時計。
これからも魔力は感じられない。
そのことに驚きながら手に取って、改めて見る。
本当に普通の砂時計だった。
盗聴系の魔法も付与されていない。
ローレル様のことだから、何かしら仕込んでくると思っていたのに。
私が下手に魔力を消費してしまうのを危惧した可能性も考えられた。
一度、ローレル様の前で魔力切れを起こして倒れてしまったし。
ローレル様は本当にどこまで予測しているのか、私には判断もつかない。
砂の中も魔法で調べてみたけれど、怪しいところはない。
振ったりしてみたが、違和感もない。
「お待たせして、ごめんなさい」
私は改めて、ラズベリーさんの方を向く。
「改めまして、メリッサです。一応、はじめまして、ですよね?」
先程、ラズベリーさんは私のことを知っているようで驚いたけど。
何度記憶を探っても、私は彼女と会話したことはない。
「はじめまして、で合ってます。ラズベリー・ハーブです。今は王宮魔法師団の研究員をしています」
「え! そうなのですか?」
私が驚愕してしまったのも、無理はないと思う。
だって、王宮魔法師団の研究員なんて、エリート中のエリートである。
シトラールお兄様は真面目で優秀なのに、いきなり王宮魔法師団の研究員になったことには驚いたけど。
ラズベリーさんは、本来なら乙女ゲームのヒロイン。
スペックが高いことには納得する。
つい、淡いピンクの髪へ無意識に視線が行ってしまう。
どう見ても、ラズベリーさんの魔力量はとても多いはず。
「え? 何? 私、失礼なこと言った?」
「いいえ、綺麗な髪だな、と思って。魔法学園の時より髪を伸ばされたのね。とても似合っていらっしゃいます」
「……髪? ピアスを見ているのかと思った……」
ラズベリーさんは自分の髪を一房取りながら、言った。
ピアス?
私はラズベリーさんの耳へと視線を移す。
バウム領で採掘されている翡翠のピアスを、ラズベリーさんは着けていた。
残念なことに、バウム領で採れる翡翠は、あまり質の良いものではない。
最近では、恋のお守りとして販売している。
多少の魔法付与を施して、土産品として売ったら予想外に売れているらしい。
バウム領で採れたからか、バウム子爵家の魔法と相性が良いらしく、魔法付与しやすいとのこと。
ラズベリーさんのピアスに使っている石は、間違いなくバウム領で採れた翡翠である。
こういう使い方も良い。
デザインもお洒落だし。
「よくお似合いです」
私の言葉に、ラズベリーさんは嬉しそうに笑う。
「これ、シトラールが作ってくれたピアスなの」
「え? シトラールお兄様が?」
またもや、驚きである。
もしかしたら、今日一番驚いた。
あの堅物のシトラールお兄様が、アクセサリーをプレゼントしていたなんて。
しかも手作り?
私なんて、貰ったことさえない。
そんな気が利く人だとは思ってもいなかった。
今度、お母様とお姉様に会った時に必ず知らせねば。
でも、よく見ると魔法付与してある。
「私の魔法制御装置。あと、位置特定の魔法付与もしてあるの」
「ええ?」
ラズベリーさんは嬉しそうに話してくれるけど、それは良いことなの?
「これを作ってもらえなければ、今でも隔離部屋にいたかも。本当にシトラールには感謝してる」
私の驚きを見て、ラズベリーさんは説明してくれた。
知らなかった。
ラズベリーさんが、そんなことになっていたなんて。
あの時、私は魔力切れを起こして三日も意識不明に陥り、回復するのにも時間がかかった。
自分のことで精一杯だった。
あれ?
よく思い返してみれば、私とシトラールお兄様は魔法学園時代の週末、イーズ侯爵家でお世話になっていた。
そして私がヴィオレ様とお茶をしたり、小説の執筆をしている時、シトラールお兄様はハーツ様とよく王宮へ行っていた。
あれって、ラズベリーさんに会いに行ってたのか!
そして、私が一人で魔法改良したりしないために、イーズ侯爵家に押しつけていたのだと今なら分かる。
ハーツ様の手伝いと言っていたけど、王宮魔法師団の研究所で研究していたのか。
自分自身の実力で王宮魔法師団の研究所に入れたのだ。
結構凄いことなのでは?
シトラールお兄様は、研究しているのは魅了魔法。
魅了魔法の研究のため、ラズベリーさんに協力してもらっていると言っていた。
本当は逆だった。
シトラールお兄様は、ラズベリーさんのためにも魅了魔法の研究をしていたのだ。
彼女のピアスは、最近プレゼントしたものではないと見て分かる。
そんな行動力がシトラールお兄様にあったとは、意外だった。
このことも、お母様とお姉様に教えなきゃ。
シトラールお兄様には、お母様とお姉様の質問攻めに遭ってもらう。
私を利用した報いは、きっちり受けていただきます。
本当は私が全てを聞きたいけど、きっとローレル様が嫌がるだろうしね。
先程のローレル様を見る限り、兄離れしてもらいたいと言っていたけど。
私はブラコンではない。
……周りからは、そう見られているのかもしれない。
それは凄く嫌なんですが。
私はあることに気がつき、はっとした。
室内の魔法チェックした時、ラズベリーさんのピアスは私のチェックを通り抜けた。
身内の魔力だったからか。
それとも、人が身に着けていたからか。
「最近、シトラールお兄様から渡された石などありますか? 魔法付与ができそうなものとか」
「ないけど」
ラズベリーさんは即答する。
だったら、私の方だ。
私は無意識にネックレスに触れた。
「あ、これだ」
私はネックレスを外し、改めて触る。
ブルーダイヤモンドに魔法付与されていた。
しかもローレル様の魔力を感じる。
私のドレスやアクセサリーは、全てローレル様が用意しているものだ。
疑うことさえなかった。
ちなみにこのブルーダイヤモンドのネックレスは、今日初めて身に着けたものだった。
「盗聴ではなく、録画機能ね」
「盗聴? 録画?」
ラズベリーさんは、かなり引いている。
そうだよね。
それが普通の反応。
私はネックレスに傷をつけると怖いので、ハンカチに包み、壁際に置いてあったチェストの中に入れて魔法を発動させる。
チェストの中だけ別の空間へと飛ばした。
「これで、ラズベリーさんとの会話を聞かれることはないかな」
「メリッサも苦労しているのね」
ラズベリーさんに、しみじみと言われてしまった。
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