告白
少しローレル様の機嫌が悪い。
なんとなく居心地が悪い。
こんなにもご機嫌斜めなローレル様を見るのは初めてで、私は戸惑っている。
ラズベリーさんとの面会直前。
王宮魔法師団本部の三階にある、使われていない狭い倉庫を面談場所にしてもらった。
置いてあった道具を別の場所に移動してもらい、テーブルと椅子を二脚用意してもらった。
あと、ラズベリーさんが少しでも萎縮しないように、お茶とお菓子も用意した。
今はその部屋で、ローレル様と二人きりの状態だった。
フローラ・フラワー嬢が貴族牢から逃走して、三日が経った。
彼女の足取りは、未だに掴めていない。
王城の敷地内から出た形跡はない。
いくら莫大な広さを誇る王城とはいえ、城内への出入りは厳重だ。
簡単に出入りできない。
警備がしっかりしている。
城内は高い城壁で囲まれていて、出入りできる門には優秀な門番が待機している。
門番のための詰所も各所に用意されているし、近衛騎士も詰めているのだ。
ベイリーフ王国は、世界の均衡を守る役割も担っているため、簡単に王宮が占拠できないよう工夫が施されている。
当たり前だ。
この世界で一番大きく、軍事力もあり、経済の中心でもある国なのだから。
ベイリーフ王国の城が攻め落とされるわけにはいかない。
そんなことになれば、世界の混乱へと繋がるのだから。
つまり、フローラ・フラワー嬢が城外へ出た形跡がないのなら、まだ城内に潜伏しているということになる。
現在、城内を必死で捜索しているのだ。
「ローレル様」
「……分かっている」
私がローレル様の名前を呼ぶと、憮然とした返事が返ってくる。
ローレル様と私の結婚式までは、あと十日ほど。
これ以上、フローラ・フラワー嬢の件を放置はできない。
だから今日、やっとラズベリーさんと私の面会が許された。
ローレル様はまだ納得していないようだけど。
私だって、分かっている。
ローレル様が誰よりも私の身を心配してくださっていることは。
ラズベリーさんとさえ、私を会わせたくないのだ。
彼女が以前、魅了魔法の事件を起こしている危険人物だから。
「ラズベリーさんは大丈夫ですよ」
「……分かっている」
私の言葉に、ローレル様は同じ言葉しか返さない。
「私が信用できませんか?」
この質問は卑怯だな、ということは承知で尋ねた。
「誰よりも信用している! しかし、嫌なものは嫌なんだ」
ローレル様は即答した。
まるで子供のような言い訳に、私は思わず笑ってしまう。
ローレル様の意外な一面を見た気がした。
もしかしたら、これは意外でも何でもないのかもしれない。
ただ、私がローレル様のことを知らなかっただけで。
まだローレル様と婚姻関係になって、二か月しか経っていない。
それまでは、まともな会話なんてしたこともなかったのだから。
きっと、まだ私の知らないローレル様がたくさんいるのだと思う。
ローレル様も、私のことを全部知っているわけではない。
お互いさま……と言うには、私の方が不利な気もする。
ローレル様は私を王太子妃にしようと思っていたのなら、私のことを調べていたはずだし。
私の好みを押さえられている感じは否めない。
反対に、私自身が気づいていなかったことさえ、ローレル様は知っていることもあるし。
これは、私がもっとローレル様のことを知らなければいけない。
婚姻直後は、少しずつ知っていけば良いかな、なんて思っていたけど。
「私、もっとローレル様のことを知りたいです」
思ったことを、そのまま口に出した。
「いきなりだね。何かあった?」
私の言葉に驚いたローレル様は、目を見開いている。
ローレル様が驚くのも無理はない。
私自身も驚いている。
こんな気持ちになるなんて、考えたこともなかった。
「私は平民になって、結婚なんてせず生きていこうと思っていました。このこと、ローレル様はご存じでしたよね?」
疑問形にしたけれど、確信に近い気持ちで私はローレル様に尋ねた。
「……うん、知っていたよ」
少し間はあったけれど、ローレル様は私へ正直に答えてくれた。
しっかりと私を見据えて。
バウム子爵家の資質をご存じなのだから、私に偽りの言葉なんて意味がない。
きっと、ローレル様はこのことも知っている。
「それで、婚約をすっ飛ばして結婚ですか?」
「すっ飛ばして、か」
私の言葉に、ローレル様は可笑しそうに笑う。
「平民になるのは、まだ先でしたよ?」
私はローレル様に言った。
貴族が平民になるには多少時間がかかる。
手続きは国が管理しているのだから、私のことを気にしていたら、必ずローレル様の耳に入る。
書類手続きは少し面倒だし、ローレル様の権限なら、私が平民になることを簡単に阻止できたはずだ。
だから、分からない。
ローレル様が、私と性急に婚姻を結んだ理由が。
「バウム領に戻られたら、ベイリーフ王家でも簡単には手が出ない」
「?」
私は意味が分からず、首を傾げた。
「それほど、バウム領は守りが固い。バウム子爵家の資質は、バウム領全体のものだ」
「え?」
ローレル様の説明に、私は声を上げた。
バウム子爵家がベイリーフ王国の中でも特殊なのは分かっていた。
でも、バウム領も?
確かに、バウム領民はバウム子爵家の考え方を支持している。
もしかして、ただ支持しているだけではなく、領民一人一人がバウム子爵家の考え方に心から同意していたということかもしれない。
「だから、婚姻を急いだ。婚約なんて破棄してしまえば、それで終わってしまうからね」
ローレル様の説明を聞いて、私は納得した。
リモネンお姉様が、そうだったから。
結局、私は一度もリモネンお姉様の婚約者とお会いすることはなかった。
四年も婚約期間があったのに。
「猶予期間なんて与えてしまったら、メリッサは簡単に逃げ出してしまうのが目に見えていた」
苦笑しながら、ローレル様が続けた。
どれだけローレル様の中で、私はお転婆認定されているのか気になる。
それ以前に、簡単に逃げ出せるとは思わない。
ローレル様はベイリーフ王家の人間で、私はしがない子爵家の末娘だし。
普通に考えたら無理なのでは?
そんな疑問が浮かぶ。
「ソレイユ夫人はサフラン王国の王女だよ。メリッサには逃げ道がたくさんあった」
そう言えば、お母様はサフラン王国の王女だったんだった。
でも、私は知らなかった。
その選択肢は私にはなかった。
だけど、家族はその助言を私にしてくれることは間違いない。
逃げ道がたくさんあったなんて、思えない。
それでも、可能性がなかったわけではない。
そこをローレル様は危惧していたのだ。
「……メリッサには分からないよ、私の気持ちなんて」
ローレル様は自嘲しているようだった。
「ローレル様だって、私の気持ちは分からないでしょう?」
「まぁ……そうだね。メリッサは破天荒すぎて、次にどんな行動を取るか分からないことは多い」
私の質問に、ローレル様は苦笑いを浮かべている。
破天荒……。
これ、褒め言葉じゃない。
ローレル様は本当に私のことがお好きなのだろうか、と疑問に思う。
でも、ローレル様のお気持ちが私に向いているのは間違いない。
だけど、一体、私のどこがそんなにお気に召したのか分からない。
第一、ローレル様に気に入られるようなことをした記憶がない。
もしかして、顔?
それはない、とすぐに脳が否定した。
私の顔が普通であることは、自分が一番分かっている。
いくら考えても答えは出ない。
今となっては、どうでも良いことなのかもしれない。
ローレル様と私は、もう婚姻を結んでいる関係なのだから。
この関係が崩れることは絶対にない。
私は大きく深呼吸をした。
自分を落ち着けるために。
ちゃんと言わなければ、伝わらないのだから。
私は真っ直ぐにローレル様を見つめた。
「私はローレル様のことが好きです。だから、ローレル様のことを知りたいのです」
この気持ちも、間違いなく事実である。
真正面からの私の言葉に、ローレル様はとても驚いているようだった。
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