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憧れと本当の恋心(ラズベリー・ハーブ視点)



三年前、私は魅了魔法事件を起こした。


確かに、色々なところでたくさんの人に迷惑をかけてしまった。


私は転生者で、乙女ゲームのヒロインであるラズベリー・ハーブとして生まれ変わった。

大好きだった乙女ゲームの世界。

そりゃあ、テンションも上がりまくるでしょう。


ピンクの髪に金の瞳。

魔力量も多く、色んな魔法が使える。


そして私は、乙女ゲームのヒロインらしく、とても可愛かったのだ。

世界は私を中心に回っていると、本気で思っていた。


ローレル殿下も私のことを好きになると信じて疑わなかった。

私はヒロインなのだから。


でも、違った。

私はヒロインではなかった。


いきなり近衛兵に捕まり、世間から隔離された。

でも、魅了魔法が使えていたなんて本当に知らなかったのだ。


私は危険人物として扱われることになった。


今考えれば、ヒロインである自分に酔っていたのだと思う。


ヒロインハイ。

ヒロインになったことで、ハイテンションになってしまう状態。

もちろん私の造語である。


私は貴族令嬢でもなく、ただの平民。

平民としては確かに裕福だったけれど、現実も見えていたはずだった。


同年代の平民の友人たちの中には、物心つく頃には働いている子もいた。

裕福ではなく、今日食べ物にありつけるかも分からないという子もいた。


当時は、それを大変そうだな、と他人事のように見ているだけだった。


乙女ゲームの私は、平民としては裕福な暮らしをしている。

そして、いずれ王太子妃になるのだから関係ない。

そう思ってしまっていた。


でも、ここは現実だった。


私はヒロインではなかったし、本来なら乙女ゲームで悪役令嬢だったはずのローズマリー・トスカナ公爵令嬢も、悪役令嬢ではなかった。


そして、乙女ゲームには名前さえ出てこなかったモブ令嬢――メリッサ・バウムが、魔法学園を卒業した翌日、ローレル殿下と結婚した。


二人が結婚した日の夕方、王宮から発表があった。


王宮内で暮らしている私には、すぐに上司から知らされた。

周囲は騒然としていた。


……。


婚約ではなく、結婚?

最初に聞いた時、私は言葉の意味が分からなかった。


聞き間違いかと思って、思わず上司に聞き返してしまった。

周りの同僚も同じだった。


どういうこと?

あと、断罪イベントも行われなかったらしい。


そもそも、メリッサは目立たないタイプだった。

目立つことが嫌だから、目立たない。


そう言えば、メリッサは魔法学園の卒業パーティーにも参加しなかったらしい。

メリッサの兄であるシトラールも参加しないとは聞いていたけれど。


本当に参加しなかったの?

魔法学園の卒業パーティーと言えば、一大イベント。


誰もが憧れるパーティーのはず。


え?

え?


モブ令嬢がヒロインになってしまった系の展開ではなかったの?

断罪イベント的なものは絶対にあると思っていたのに。


魔法学園の卒業パーティーに参加したい。

イベントを見たいと思っていたのに。


それなのに、メリッサはパーティーにも参加せず、何も起こらなかった。

そんな終わり方ってあり?


なのに、婚約をすっ飛ばして結婚?

意味が分からない。


どうして婚約をすっ飛ばして結婚に至ったのか、想像さえできない。


ローレル殿下が、とてつもなくメリッサに執着していたのは知っていた。

でも、あれは三年も前の話だ。


恋をしていることも知っていた。

ローレル殿下は、メリッサの位置を特定する魔法を無意識に使ってしまうほどだったけれど。


十代の、しかも十五歳から十八歳までの三年間は、色んな意味で大きい。


それなのに、心変わりもせず、ローレル殿下はメリッサと結婚したのだ。

婚約をすっ飛ばしてまで。


……やっぱり、この世界は乙女ゲームの世界ではなかったのだと、改めて感じた。


私は無意識に、自分の耳に触れる。


最近、これは癖になってしまっている。

気がつけば、ピアスを触っているのだ。


特に不安な時は、ピアスを触っているらしい。

同僚に言われるまで気がつかなかった。


シトラールに会いたいな。


最近、会えていない。

忙しいのは分かっているけれど。


私は現在、王宮魔法師団の研究員として働いている。

魔力量が多く、他者を害する可能性は低いと判断されたから、あの隔離部屋から出ることができた。


もちろん、制限はある。

だけど、私が許容できる範囲の制限だった。


王宮暮らしではあるけれど、普通の生活ができている。

お給金もちゃんともらっていて、実家とハーブ男爵家に仕送りできるほどに。


私が仕送りしたお金を使って、両親は王宮まで会いに来てくれた。

嬉しかった。

もう二度と両親には会えないと思っていたから。


シトラールが尽力してくれたと聞いている。


このピアスも、シトラールが私の位置特定と魔法制御のために作ってくれた魔法具だ。


私のために作ってくれた。


それだけで嬉しかった。

魔法具と思われないように、ピアスにしてくれたのもありがたい。


可愛らしいデザインで、私はとても気に入っている。


これは自分では外すことができない。

外す気もない。


このピアスを外したら最後、また隔離部屋に逆戻りになってしまう。

それだけは嫌だ。


あの隔離部屋にずっといて、気が狂うかと思った。

何もなく、ひたすらぼうっとするしかない状態。


でも、それほどのことをしてしまったのだという自覚もあった。

魅了魔法は無意識だったけれど。


どれほど魔法が怖いものなのか、シトラールは教えてくれた。

そして、私が魅了魔法をかけてしまった人々が、どれだけ時間をかけて魅了魔法を解いたのかも。


私は、シトラールの説明を大人しく聞いていた。

泣きながら聞いていた。


それから、やっと自分がとんでもないことをしたのだと理解した。

彼から詳しく話を聞き、考え方を変えなければ、私は今もあの隔離部屋の中にいたままだっただろう。


シトラールには感謝している。


隔離部屋にいて時間を持て余している私に、本を差し入れてくれたこともあった。

後で聞いたら、それはシトラールの妹が書いた小説だった。


驚いた。

モブ令嬢のメリッサに、こんな才能があったとは!


作者の名前がエリッサ・バウムだったから、シトラールの親類が書いた小説かもとは思っていたけれど。

メリッサの書いた小説は、とても緻密で複雑な人間模様を描いた作品なのに、ペンネームを考えるのを面倒くさがったことは一目瞭然だった。


そして絵本。

こちらはメリー・バウム名義。


とことん、自分のペンネームを適当につけた感が否めない。

本当に変な令嬢だと思う。


あの冷静で生真面目なシトラールの妹とは思えないほどだった。

外見も恐ろしく似ていないし。

同じ年なのもおかしいのではないかと、疑問が浮かんだ。


もしかして、血の繋がりはないのではないか。

そう聞いたことがあった。

彼の側に、妹ではない異性がいるなんて耐えられなかったから。


『正真正銘、実の妹。同じ両親のもとに生まれている』


シトラールらしく、至極真面目な表情で返答された。


それを聞いて、とても安堵した。

この時、私はシトラールへの恋心を自覚したのだ。


ローレル殿下の時とは違う。

憧れではなく、本当の恋だと気づいた。


……確かに顔は好みのど真ん中ですが。

外見だけではなく、内面もどうしようもないほど愛おしい。


あと、メリッサの絵本には、魔法の強さと、その使い方について書いてあるものもあった。

こうすれば良かったのかと、その絵本を読みながら泣いてしまった。


絵本を読んで泣いたのは初めてだった。


今夜も何気なく、メリッサの絵本を読んでいた。

初心を忘れてはいけない。

だから、定期的にその絵本を見返すことにしている。


部屋の扉がノックされた。

現在は夜。


私の部屋を訪ねてくる人なんて、ほとんどいない。


夜は、この結界を張ってある建物から出てはいけないことになっている。

なるべく自分の部屋からも出ないようにしているのだ。


「……シトラール?」


私は閉じたままの扉に向かって声をかけた。


「こんばんは」


シトラールの声で挨拶が返ってくる。


私を訪ねてくれることはたまにあるけれど、こんな時間は初めてだった。


何かあったのかな?

私は部屋の鍵を開けて、扉を開いた。


そこには、疲れた顔をしたシトラールが立っていた。

読んでいただきありがとうございます。少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。

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