いくつもの爆弾(マレイン・ウズイカ視点)
「そこは大丈夫です、ローレル殿下」
確信のある口調でシトラールが言い切った。
「メリッサはその思考にはなりません。子供の頃から去年まで、バウム領の子爵邸から抜け出す時は必ず物理的でしたから。魔力量が少ないので、魔法を使って抜け出すという発想がないのです」
シトラールがローレル殿下に、真面目な顔で伝えた。
それはそれで、どうなんだろう。
凄く優秀なのに、屋敷を抜け出す時は物理的なんだ。
……物理的って、どんな意味で言っているのだろうか。
玄関から普通に外出するのでは駄目なの?
「あと、メリッサは体術も得意です」
「そうなのか!」
シトラールの言葉を聞いて、ローレル殿下の表情に安堵が浮かぶ。
ローレル殿下、忘れてますね?
何事も控えめに表現するシトラールが、得意と言い切ってしまうほどですよ。
きっと規格外の体術をメリッサちゃんは使いますよ。
俺は内心、思わず突っ込む。
リンシードとラヴィンドは訳が分からないという表情をしていた。
でも、ハーツはとても嫌な表情を浮かべている。
出来ればその話は聞きたくないと、ハーツの顔が物語っていた。
俺も聞きたくないけど、これは聞いておいた方が良い案件だ。
「被害者ぶりながら徹底的に反撃の暇を与えず、相手の急所を潰します。そして、命の危険に晒された場合は、事故に見せかけて始末できます。その手の体術をメリッサは、リモネン姉上に叩き込まれています」
「……」
これ、無理にローレル殿下がメリッサちゃんに手を出さなくて良かったのでは?
大変なことになっていた可能性もある。
というか、それは体術?
殺人術の間違いじゃないか?
怖すぎる。
リモネン嬢って、凄く儚げな美人令嬢のイメージなんだけど。
アレックスがリモネン嬢のことを好きだと言っていたな。
大丈夫かな。
幼馴染が心配になってきた。
きっとそれでも、ローレル殿下はメリッサちゃんがお好きなのだろう。
この程度では、メリッサちゃんを手放さないのは確実だ。
でも、本当にそんなことが起きたら国家の一大事レベルの案件だからな。
ご令嬢が体術……。
これも普通ではない。
護身術ならまだ分かるけど。
しかも、被害者ぶりながらって。
どういうこと?
怖くて聞けない。
聞いてはいけない事柄なのは分かる。
普通の令嬢は、ドレスや髪型が崩れることを嫌がるはずなのに。
確かにメリッサちゃんは、そのことにはあまり頓着していなさそうではある。
やっぱり、かなり変わっているのかも。
まぁ、今更か。
シトラールの説明に、ローレル殿下は安堵している。
メリッサちゃんが王太子宮殿を抜け出すことより、今は連れ去られないように対策するべきだ。
現段階でも、セキュリティは万全にしている。
ローレル殿下が、安々とメリッサちゃんを他人に連れ去らせるはずはない。
王太子宮殿は外からの侵入が極端に難しい。
ただし、メリッサちゃんの安全を考えて、中から外へ出ることは容易くなっている。
今回のメリッサちゃんの功績を知れば、攫おうとする愚か者が現れる可能性は出てくる。
本当に価値のある人なのだから。
俺は無意識にシトラールへ視線を向けた。
きっと他にも、メリッサちゃんは爆弾を抱えている気がする。
機密保持のためにも、これ以上は俺も聞かない方が良いだろうと判断した。
知らなければ、口外することもできないのだから。
現に今、執務室にいるローレル殿下の側近たちは、そのことに触れないようにしている。
俺と同じことを考えているはずだ。
シトラールが現在、ローレル殿下の側近でいることは案外、理に適っている。
メリッサちゃんへの対策がすぐに取れる。
これからもシトラールには、たまに魔法師団の研究所へ通う形にしてもらいたい。
本人は魔法研究に心血を注ぎたいのだろうけど。
以前、ローレル殿下がシトラールに仰った言葉を思い出す。
『シトラールが優秀なのが悪いんだよ』
確かに、ローレル殿下の仰った通りだ。
シトラールが優秀なのは、全員の認識として一致している。
でも、シトラールは本人が思っている以上に優秀なのだ。
これもメリッサちゃんと一緒に育ってきたことが大きいと思う。
一緒にいたからこそ、優秀になってしまった。
シトラールは俺のことを天才タイプと言っていたが、お前も相当だと思うよ。
そして、シトラールの才能をここまで引き出したのは、間違いなくメリッサちゃんだ。
直接話したことはないが、シトラールの双子の兄と姉も凄いのは間違いない。
優秀だとは聞いているけど、そこまで表には出ていない。
シトラールもそうだ。
本来なら、彼の優秀さを知っている人間が多くても不思議ではない。
それを最小限に抑えているのが凄い。
俺はシトラールに魔法で負けることはない。
魔力量のおかげで。
でも、剣術込みの魔法対決したなら、俺はシトラールに勝てるイメージが湧かない。
そう言えば以前、シトラールは剣術だけなら兄であるレーモン卿より上らしいと、アレックスから聞いたことがあった。
だから本人に確認したら、「そうです」とあっさり答えた。
魔力量もレーモン卿よりシトラールが上らしい。
しかし、剣術込みの魔法対決では兄には勝てないと言っていた。
メリッサちゃんを知らなかったら、理解できなかっただろう。
レーモン卿もメリッサちゃんのように、発想とセンスに優れている。
間違いない。
メリッサちゃんより魔力量も多く、剣術の腕も素晴らしいと聞くレーモン卿。
バウム子爵家がこれまで存続してきたのは、優秀な人材が多いから。
ただ、それを表に出すことをしないだけで。
俺の実家であるウズイカ公爵家は、バウム子爵家を甘く見ている。
下手に手を出したら、潰されるのは間違いなくウズイカ公爵家だろう。
早めに実家とは手を切っておくべきだな、なんて思う。
妹のブランシュも、ウズイカ公爵家から早めに出した方が良い。
可愛い妹を、ウズイカ公爵家の犠牲にはしたくない。
バウム子爵家は、ベイリーフ王国に間違いなく必要な家門だ。
でも、ウズイカ公爵家はそうではない。
ウズイカ公爵家には代わりがある。
今度はハーツへ視線を向けた。
ハーツの実家であるイーズ侯爵家は、バウム子爵家の遠縁だ。
しかも数代前、バウム子爵家の娘がイーズ侯爵家の嫡男に嫁いだらしい。
逆かと思っていたから驚いた。
ブランシュの話では、ハーツの妹のヴィオレ嬢は直感が凄いらしい。
話を聞く限り、メリッサちゃんに通じるものが多い。
隔世遺伝で、バウム子爵家の特性が出ているのではないかと俺は思った。
そして先日、ブランシュから自分に良い嫁ぎ先はないかと聞かれ、俺はレーモン卿の名前を出した。
ウズイカ公爵家が手出しできない家門が良い。
そう考えて真っ先に浮かんだのが、バウム子爵家だった。
レーモン卿ご本人を知っているわけではないし、軽口のつもりだった。
するとブランシュは顔を青ざめさせ、首を大きく横に振った。
『ヴィオレ様に敵うはずがありませんし、絶対に敵対したくありません!』
驚くほど大きな声で、ブランシュが即答した。
ブランシュは普段大人しいから驚いた。
それよりも、ヴィオレ嬢がレーモン卿に嫁ぐ話にも驚愕した。
イーズ侯爵家がウズイカ公爵家の立場に成り代わるのも、時間の問題かもしれない。
「バウム子爵家は揉め事を好みませんよ」
考え込んでいる俺に、シトラールが声をかけてきた。
「マレインを切り捨てることはないから安心していい。あと、ウズイカ公爵令嬢のことをメリッサが気に入ったみたいだから、彼女にも手を出さない。そこは心配しなくて良いよ」
ローレル殿下が続けて言った。
恐る恐る、俺はローレル殿下の方を向く。
この上ない笑顔である。
怖い。
俺の考えなど、全てお見通しのようだ。
上司も同僚も、俺の周りは本当に優秀な人間が多い。
置いていかれないようにしなくては。
日々の努力を怠れない。
その日、俺は改めて肝に銘じた。
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